18話 これが悪役王女と悪戯男子の流儀です
ダリウスと合流してわずか数秒。馬車から離れない彼に肩を掴まれたヴァネッサは、必死に腕を引き剥がそうとしていた。
眉を寄せてどこか儚さを感じられる物憂げな表情をしているのに、見た目は王子らしく凛とした美青年なのに、腕力がゴリラである。表情と力が一致していない。
「ダリウス殿下、離してくださいませ」
「少し目を離した隙に姿を消すから心配しただろう。怪我は?」
そう気落ちした声で尋ねられ、「確かに、なんの前触れもなく人が消えたら驚くか」と反省したヴァネッサは頭を下げた。
「申し訳ございませんわ。怪我はないです」
「過保護すぎない? 赤子じゃないんだからさ」
ライルと共にダリウスを宥め、カフェへと向かう。すると、彼はいつものようにヴァネッサの隣へとやってきた――が、既にライルがいるため不可能である。ライルはそのまま「王族の前に立つわけにはいかないので後ろにいますね」と主張する騎士(誰とは言わない)の如く、後ろへと下がっていく。あっという間にダリウスの隣にはシェールが立っていることになった。二人とも鳩が豆鉄砲を食ったような表情で歩いている。
しかし、面識があり、かつ互いにマイナスイメージを持っていないメンバー内で立ち位置を気にする人間は少ない。上下関係を気にする者が一人いるかもしれないが、表向きはお忍びということになっているため言えるはずがなく。
結果、このままカフェへと向かう形になったようだ。数分後には四人でぽつぽつと談笑しながら話すようになっていた。
そして今、ダリウスはシェールに向かって話をしている。そう、顔も声も彼女に。(ダリウスの話す内容が自身の家事失敗エピソードや、聞くからにはとんだ問題児のようなエピソードばかりであることには不満だが)ライルの提案した通り、ダリウスとシェールの参加を認めて正解だったようだ。
(その調子でどんどん話しかけていってちょうだい。そして好きになってちょうだい)
視線を向けていることがバレないよう気を配りながら、ダリウスとシェールを観察する。
すると、ライルがふっと笑みをこぼした。顔を隣に向けると、細められた彼の瞳と目があった。意地悪なくせに、奥で優しさが宿っている。そんな気がする瞳と。
「すごい顔してた」
「どんな顔ですか?」
「二人を呪いそうな顔」
「の、呪い……魔女みたいな?」
「詳しく説明されたい?」
ライルは意地悪く笑みを深めた。そういえば、彼は芸術品に詳しい。審美眼もある。となれば、例えを含む口語的表現にも優れているかもしれない。客観的に自身の表情を説明されるのは、恥ずかしくてたまらなくなりそうだ。
「遠慮しておきますわ」
「そう、残念」
(残念って……)
失礼な奴だとため息をつくヴァネッサ。どうしてこうも彼はどこか生意気で、意地悪で、悪戯好きなのだろう。彼が纏う雰囲気もすべて、勝手気ままに吹く風のようだ。激しくはない。だけど穏やかでもない春のいたずら風……といったところか。
(風に似ているからかしら、どこか憎めないのよね)
不思議な魅力があるのはきっと、彼が美しいからだけではないのだろう。
ヴァネッサはちらと隣を歩くライルへと視線だけを向けた。町の奥に広がっている青々とした山の景色を眺めている。景色を落とし込んだその瞳は本物の孔雀のように鮮やかな色彩を放っており、長い睫毛は緩やかなカーブを描いていた。こちらへと振り向き、げっと眉を顰める顔もうつく――
「へぶっ」
「ヴァネッサ!」
ゴイン、と鈍い音が顔面と木製扉との間から聞こえてきた。正確には顔の右側から。
どうやらカフェに着いたらしく、先に開かれていた扉に真横から激突してしまったようだった。先に中へ入っていたのだろうダリウスとシェールが慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫か? 頬や首の骨は折れていないか?」
「大丈夫です、折れていませんわ」
右頬に手をやりこくこくと頷く。
「病院はこの先です!」
「念のため連れて行こう」
「だから過保護過ぎるんだって。あと大袈裟」
ライルに冷たくあしらわれ、ダリウスとシェールは二人して「でも……」と呟いた。その姿がかわいらしくて思わずクスリと笑みをこぼす。いい加減この面食いな性格を直さなければならないと思いながら。
★★★
「いっぱい食べられて満足ですわ!」
「私も皆様と美味しいものが食べられて嬉しかったです」
「コーヒーもよかった。土産に買って帰りたいくらいだ」
「買って帰りたいくらいっていうか、買ってたよね」
ほくほくとした表情でヴァネッサは再び町を歩いていた。隣はもちろんライル、前にはダリウスとシェールの二人がいる。
シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテをホールで食べること。その夢は叶えることができた。ダリウスが言っていたようにコーヒーも絶品だった。洋酒の香りがする甘くて濃厚なケーキと、香りは華やかだけれども飲み口はスッキリとした苦くて爽やかなコーヒーの組み合わせは実によかった。相性抜群である。食べ切ることができたのはコーヒーのおかげかもしれない。
「ライル様?」
満腹になったお腹をさすりながら歩いていると、ライルがふっと笑みをこぼした。
「こうして四人で歩いていると、ダブルデートみたいだね」
「デート……か」
「そんなまさか」
「頭がいい……!」
ヴァネッサはそう、ダリウスとシェールには聞こえないほど小さく小さく呟いた。
(ダブルデートと言うことで、自ずとダリウスとシェールにカップル意識を芽生えさせることができるかもしれない。お互いを意識し始めた二人は……いける、いけるかもしれない)
例えダリウスがシェールを好きにならなくとも、シェールが振り向かなくとも大丈夫。きっと彼は彼女のことを好きになる。「そんなまさか」と言ったシェールの声がやけに低かったような気がしなくもないが、きっと気のせいだ。大丈夫、大丈夫。
なにせ、ゲームの記憶がある最高のキューピッドがいるのだから。いざというときはこの続編を新たな舞台とし、再び悪役として返り咲いてみせるつもりだ。
この世界ではなかったことだとしても、一度救われたこの命。悪役のまま何も為せず朽ちるはずだったこの存在。……自身を助けた者のために使えるのなら、きっと、心の底から彼らを祝福できるはずだ。
「ヴァネッサ」
「は、はい!」
突然、耳元でライルの声がした。慌てて背筋を伸ばす。
(いけない! 私ったらまた周りが見えなく――)
「ん?」
気付けば、ライルがヴァネッサの手を握っていた。場所も町中から少し離れた湖に移動してしまっている。確かに、次の目的地はここである。小舟の貸し出しがあり、ダリウスとシェールをペアにして小舟デートをさせるつもりだったのだ。
しかし、町の人や観光客らしき者の姿がちらほらと見られるものの、二人の姿はない。
「あの二人はどこへ行ったんですか?」
「あそこ」
ライルはすっと斜め前を指さした。湖のほとりである。
「はっ!」
視線の先には、不審なほどに頭をキョロキョロと動かしているダリウスとシェールの姿があった。シェールに至っては口元に手を当ててオロオロと悲壮な顔をしている。
「あっ、従業員の方に促されて断り切れずに船に乗りましたわ!」
そして変わらずキョロキョロしている。
ふと、ライルが手を引っ張り湖へと近づいた。ダリウスがこちらに気付いたらしく、彼と目が合う。ライルは繋いでいない方の手を振り、次いで手鏡を取り出して何やらピカピカと小舟を照らし出した。眩しいのかシェールは目を覆っている。
(心なしか殿下の表情が怖いような……むっとしているような……あっ、戻ったわ)
気のせいだったのかと安堵したその時、ライルが手鏡を懐へとしまった。
「今のはモールス信号ですか?」
「うん。『そのまま時間が来るまで遊んでて。用事が済んだら合流するから』って伝えておいた。声をかけても引っ張っても考え事に夢中で一向に意識が戻ってこないから、勝手に動かせてもらったよ」
「(あまりにも心配しているから罪悪感はあったけれど)ナイスですわ!」
「でしょ。――で、どうして俺を森の方に引っ張るわけ?」
ズンズンと歩みを進めていたヴァネッサはライルへと振り向いた。
「秘密裏に石を投げ、ラブハプニングを起こすのです!」
「はぁ?」
ライルに嫌な顔をされつつも、ヴァネッサは再び歩き始めたのだった。




