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17話 新人キューピッドは超有能でした

「まさかイエローボ山に繋がっているなんて……」


 フローズン山を登った日の夕方、ヴァネッサたちは教会に戻っていた。

 山ではライルが間髪入れず自身の横に張り付いてくれたおかげで、ダリウスとシェールを隣同士で登らせることができた。会話は無言か危険な場所を伝えるかの二択だったが、それでも小さな一歩は踏み出せたように思う。

 これは喜ばしいことである。しかし、温泉が問題だったのだ。

 机の上に突っ伏しながら息をついたヴァネッサの前にコトリとカップとソーサーが置かれる。顔を上げると、シェールが悲しげに眉を下げてこちらを見つめていた。


「お力になれず申し訳ございません」

「いえ、いいのよ。案内してくれただけありがたいし、湯脈を見つけられはしたもの」


 確かに、マグマ溜まりで温められた地下水によって湯脈はできていた。しかし、そのマグマ溜まりはフローズン山のものではなかった。イエローボ山のものだったのだ。フローズン山で見つけた湯脈は地下から流れてきたもので、量はほんの湧き水程度。とてもじゃないが温泉として使うことはできない。足湯としても足りないだろう。

 念のためと神父に確認を取ったのだが、やはりイエローボ山は王族以外立ち入り禁止らしい。どうやら、この教会が建つ地域は氷狼と、彼と結ばれたラヴィーネの伝承が生まれた有力地で、イエローボ山に今も氷狼がいるんだとか、いないんだとか……。ダリウス曰く生死の有無は王族でさえも把握していないらしく、もしかすると王位を継ぐ際に国王から直伝される話である可能性が高いそうだ。前国王はその前に亡くなってしまったのかもしれない。

 氷狼のことはさておき、入ることができるのはダリウスのみというのが今の現状だ。温泉施設なんてとてもじゃないが建てられない。

 ふと、地図を眺めていたダリウスが神父へと向き直した。


「立ち入り禁止を決めたのは王家なのだろう?」

「はい。先代神父からそのように聞いております」


 神父の言葉を聞き、ダリウスは「ふむ」と頷いた。


「なら、俺が解禁を許可しよう」

「ダリウス殿下!?」


 ヴァネッサ、シェール、スチュワートが叫んだのは同時だった。


「何百年も前から続くことなのですぞ。そうやすやすと解禁するべきではないかと」

「祟られるとか、本当に氷狼様がいらっしゃるとか、何か理由があるのかもしれませんし……」

「だが温泉建設ができないだろう」

「な、長い歴史を断ち切るほどのことではありませんわ」


 スチュワートとシェールの悩ましげな声に、さも当たり前かのように答えるダリウス。そんなにも温泉が好きな人だったかなとヴァネッサは内心首を傾げた。


「なら、今すぐにでも事実確認をしに行こう」

「大丈夫です! 大丈夫ですから!」


 立ち上がったダリウスの服の袖をヴァネッサは掴んだ。


「とりあえず冷静になりましょう。そしてお家に帰って休みませんか?」

「そうそう。行き詰まった時こそ息抜きしてみるものだよ、ねぇ?」

「へっ?」


 突然ライルがヴァネッサの腕を引いた。服の袖を掴んでいたはずのヴァネッサの手が絡め取られる。


「明日は休みにしない? で、俺たちは町へケーキを食べに行く。食べたいんでしょ?」


 言っていたよね、と微笑むライルにヴァネッサは頷いて応える。すると、今度はダリウスがヴァネッサの空いた方の手を取った。


「なら俺も行こう」

「二人で話したいことがあるんだよね」


 ライルがヴァネッサの腰を引き寄せた。驚いて小さな声を漏らすヴァネッサ。ダリウスの眉間にぐっと皺が寄る。


「でも、いいよ」

「えっ?」


 そう素っ頓狂な声を上げたのは、ダリウスではなくヴァネッサだ。ケーキを食べることはもちろんだが、ダリウスとシェールをくっつける作戦会議をするつもりなのだろうと思っていたのである。

 ライルはヴァネッサに触れたままシェールをチラと見た。


「どうせならシェールさんも来ない? 三人じゃバランスが悪いしさ」

「私が同行できます」


 何故かミアがずいと出てくる。


「それもいいんだけど、シェールさんと話したいんだって、ヴァネッサが」

「えっ……あぁ、そう、そうなのよ、ね」


 話を合わせるよう微笑みの圧をかけられ、ヴァネッサはこくこくと頷きながら同意した。

 いつも「あんた」と呼ばれてきたため落ち着かない。あまりの違和感に悪寒が走りかけたくらいである。


「ここは治安のいい田舎町だし、ミアさんやスチュワートさんは近くでお茶でもして待っていてよ。殿下もミアさんたちなしでこそ話せることもあるだろうしね」

「ミアたちがいないからこそ?」


 ダリウスはライル、ミア、スチュワート、そして最後にヴァネッサの顔を見た。眉間の皺が残っているものの、彼の表情は不思議そうで。

 しかし、すぐさま下を向いて考え込んでしまった。


「ミアもスチュワートも誕生日はまだ先だぞ」

「サプライズパーティーの計画じゃないから」

「そうなのか」


 ライルに真顔で突っ込まれ、ダリウスもまた真顔で頷いた。ヴァネッサは吹き出しそうになるのを抑え、代わりに肩を震わせる。

 どうしてこうも彼は抜けているのだろうか。物事を斜め上に捉えがちというか、世間離れしているというか。

 とはいえ、どこか不思議ちゃんなダリウスのことは嫌いではない。むしろ面白いとさえ思っていた。読み違えを指摘され、それを素直に受け入れるところも好感を持つことができる。王族にしては珍しいタイプだろう。……それとも、ブレイズの王族が怒りやすいだけなのだろうか。こちらも基本的には素直ではあるのが、これといったら聞かない頑固さがあるのだ。お互いが頑固になった際の喧嘩は長期かつ激戦になる。気が変われば突然終わるが。


(でも、ダリウス殿下のように、静かに考えることが少ないのは確かね)


 ダリウスは再び下を向いて考え始めていた。実は、ライルの言いたいことはヴァネッサも理解できていない。

 従者がいて困ることなど、そう思いつかないだろう。


(はっ! まさか、シェールさんへ告白するつもり? それとも、シェールさんを口説くとか!?)


 あれだろうか。彼女との手紙のやり取りを母親に見られてしまい、恥ずかしがる男の子のようなものなのだろうか。「出て行ってくだされ母上」的なものなのだろうか。

 そうと決まれば背中を押してあげねば。それが元悪役として、現キューピッドとしての務めだろう。


「殿下」


 ヴァネッサは先ほどから握られっぱなしのダリウスの手を解き、そっと彼の肩に触れた。


「行きましょう」


 ダリウスはパッと顔を上げてヴァネッサを見つめる。少しして、ヴァネッサの手を――取ろうとしたのか、既に引っ込んだ位置に彼の手が空振った。


「……わかった」


 遂にライルに取られたヴァネッサの両手を一睨みしながら、ダリウスはそう呟いた。



★★★



 翌日、まだ太陽が昇りきっていない青空の下で薄緑色のスカートがくるんと弧を描いた。同じ色の靴を鳴らすヴァネッサ。金髪を結いあげているエメラルドの髪飾り――かつてオープニングセレモニーにてライルがくれたものが煌めく。その時、ヴァネッサのつま先が小石を噛んでコツンと音を鳴らした。

 よろけた体を支えたのはライルである。ヴァネッサが顔を上げると、薄いピーコックグリーンの髪がため息と共に風に吹かれて揺れていた。


「到着してすぐにどこかへ行くんだから、本当に自由だよね」

「ご、ごめんなさい」


 呆れたように再度ため息を溢したライルに、ヴァネッサは上体を起こしながら謝る。


「別に怒ってないから、いちいち謝らないで。それより見てよあれ」

「あれ?……あっ」


 ライルの視線を追うと、先ほどまで自身たちが乗っていた馬車からシェールが降りていた。今度こそ、ダリウスの手を取りながら。


(スチルが今、私の目の前で!)


 元プレイヤーとして、二人の恋を応援する者として、ここは本来なら喜ぶべき場面だろう。あれほど二人が手を取り合うよう仕向けてきたのだから、なおさらだ。


(なのに、胸がザワザワして落ち着かない)


 何かが胸元で渦を巻き出している。それはどんどん深まっていって、いつしか飛び出してしまいそうだ。

 このような感覚がしたのは、いつだったか。

 遠い記憶の旅へと足を向け始めるヴァネッサ――その手を引いたのはライルだった。


「行くよ。目的地のカフェは逆でしょ」

「あっ!」


 顔を上げたのも束の間、ライルに引っ張られたヴァネッサは、キョロキョロとあたりを見渡しているダリウスたちの元へと向かったのだった。

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