14話 誰でしょうか
「な、なんだか今日は疲れたわ」
殿下とライルに引いた顔を向けられたものの、ヴァネッサたちは問題なく町へと繰り出した。
しかし、どれほどダリウスとシェールをくっつけようとしても、それらしき反応が起こらない。
例えば、町に向かう馬車にてヴァネッサは二人っきりにしようと試みた。
「安全のために私も同行しますぞ」
と、スチュワートが乗ってしまい断念。これはまだ理由に共感できるのでいいだろう。
次に、町についてすぐのこと。ヴァネッサは前を歩き紹介をしてくれるシェールの後ろにいたのだが、ゆっくりと後退していき、隣を歩くダリウスを前に行かせようと試みた。
「どうした、疲れたか?」
「休みますか?」
「椅子もありますよ」
「体弱すぎ」
「近くにカフェがあるので、そこで休みますか?」
と、全員に心配されてしまった。存在感を消すためとはいえ、そろそろと猫背で下がってしまったから余計に勘違いさせてしまったのかもしれない。顔色はいつも通りなのに不思議である。
次に、レストランに着いた時。ヴァネッサは二人を向かい合わせに座らせようと試みた。それは成功したが、立場上、ヴァネッサはダリウスの隣に座ることとなった。シェールの隣にはライルが。要するに、ダリウスの向かいにはシェール、隣にはヴァネッサが座ることになったのである。
ヴァネッサはライルと会話を続けることにした。しかし、ちょうど話を切り替えようとしたところでシェールとダリウスに話題を振られてしまったのだ。
「このあとどうするおつもりですか?」
「この味付けは君の好みだと思うのだが、おかわりはいるか?」
「ヴァネッサ様は教会の子供たちのことをどう思いましたか?」
「デザートもあげよう」
などなど。どうして目の前にいる相手ではなく自身に話しかけてくるんだとヴァネッサは内心、頭を抱えたものだ。
とはいえ、二人は今日会ったばかり。人見知りをしない(むしろ初対面の相手にも横暴に振る舞っていた)ヴァネッサにはわからなかったが、もしかすると緊張しているのかもしれない。今更ながらに気付いた。
しかし、帰りはまだ二人とも話し合っていたような気がする。というのも、ヴァネッサはレストランを出て列をなす直後にライルを引っ張り、無理とに彼を自身の隣へと連れてきたのだ。
「あの家と、あの家、あとあのお店、噴水や家具など……建築様式やデザインについて教えていただけませんか?」
と、尋ねて。やや強引すぎたからか、ライルは訝しげな目をしていたが、ため息をついたのち頷いてくれた。これで二人っきりにできるとチラと見たダリウスの顔が不安げだったのだが、関わっていくうちに緊張しなくなっていくだろうから大丈夫だろう。
途中何度か様子を見ていたのだが、ぼそぼそと会話は続いていたように思う。時折り二人してこちらを見てくるのが気がかりだったが、「共通の知人」ということで緊張を解す助けを求めていたのかもしれない。そのことに気付いたのも今で、あの時はライルへ話しかけて気付かないふりをしていたが。そこは少し申し訳なさを感じたものである。
その後、ヴァネッサの目論見通りにシェールとダリウスを二人っきりにしたまま馬車に着くことができた。帰る場所が異なることは残念だが、ここはダリウスが彼女を招く時を待つしかないだろう。
こうして、二人をくっつけることに奔走した一日は終わった。
「気を張っていたから疲れたのね」
ふぅ、と息をついて椅子にもたれかかる。
到着した別荘は王城よりも小さかったが、それでも十分な広さだった。舞踏会が開けるようなダンスホール、伯爵家の者でも用意ができないかもしれないほどに広大な庭、外まで巡る様式美溢れる噴水。ヴァネッサが使用人だったなら白目を剥きそうなほどに連なる窓たち。
(別荘として使うにはもったいないくらいだわ)
割り当てられた寝室だって、王城と変わらないように思える。品のあるホワイトの壁に、夜風に揺れるロイヤルブルーのカーテン。使用している家具が同じだからか、不思議と安心感があった。
誰もいない部屋の中に、ヴァネッサが欠伸をする音が小さく鳴る。
そろそろ寝ましょう。思い立ったヴァネッサが、窓を閉めるべく片足を外へと向けた――その時、一筋の風がチリッと音を立てて横切った。
「いたっ」
頬に走ったほんの少しの痛み。咄嗟に頬に指をやる。すぐに指を見てみると、小さな赤い液体が付着していた。何かがぶつかる音がした壁へと目を向ける。
下には、壁に小さな点を残して落ちた弓矢と、それに括られた紙が。
「矢文……?」
窓の外へと目を凝らす。しかし、弓使いの姿は見当たらない。第一、今は夜だ。見えるはずがない。大きな月と満点の星々が輝いているだけだ。
警戒しながら窓へと近づき、そっと閉める。カーテンも忘れずに。
二本目が飛んでこなかったことで少し気が休まったヴァネッサは、深く息を吐き出した。次いで、矢文を拾い上げる。
「またブレイズ王国の矢だわ」
今度は毒が塗られていないようだが。緊迫した面持ちで矢文を開く。
「『彼女と関わるな、出ていけ』……なによこれ、脅迫のつもり?」
雑い字で、しかもなんらかの動物の血で書かれている。悪趣味極まりない。
「いったい誰が……」
ヴァネッサには目的を達成せずにこの地をさるつもりは毛頭ない。見慣れぬ文字を見下ろしながら、それらしき人物を予想してみる。このままダリウスたちに危害が及ぶのは避けたい。不安要素はさっさと取り除き、キューピッド作戦の遂行に集中したいのだ。
弓矢の産地はブレイズ王国。しかし、だからといって犯人がブレイズ王国の者とは限らない。あえて他国の物を仕入れた可能性もある。が、そう予想されることを見越してあえて自国の物を購入した可能性もある。
(産地からの予想は保留にしたほうがよさそうね)
となれば、次に人物像の予想だ。衛兵や使用人が目を見張っているであろう別荘へと矢を放てたのだから、相当の手練れと見受けられる。しかし、そのような人物シェールの周りにいな――
「あら? そういえば、他の攻略対象はどうしているのかしら」
本ルートでは登場すらしない者がほとんどとはいえ、ダリウスのように関わる者が数人いたはずだ。だとしたら、ダリウスとシェールをくっつけようとしているヴァネッサに牙を剥いてもおかしくない。
(でも、そんな危険人物いたかしら?)
うぅん、と唸りながら記憶を思い出そうとするも、出てこない。
ダリウスルート以外はざっくりとしか覚えていないのだ。見た目も思い出せない。「なんか背の低い年下系と、長身の首を痛めている系と、腰を痛めている系、肩を痛めている系、あとなんか髪が長い人……はいた気がする」という程度だ。ダリウスはその中に含まれていない。身長は高いが。
「どうしてこうも記憶が曖昧だったり、偏りがあったりするのかしら」
初めて記憶を思い出したのは、窓から落ちた時。ミニゲームや食べ物は不規則だが、「ミニ」に相応しく小出しで出てくる感じ。火竜は名前を聞いた時。儀式のことを思い出したのは、ケネスに捕らえられた上に生贄となった国王の姿を目の当たりにした時。ダリウスの暴走を思い出したのは、自身が氷の剣に当てられ気絶し、さらに暴走を仄めかす発言を受けた日のこと。
大きな記憶を思い出すのは、いつだって死の危険に晒された時だった。
つまり――
「ゲームに関係する単語を聞くか、強い衝撃を受けたら思い出すのでは?……と、いうことは……」
ヴァネッサは先ほど自分で閉めたカーテン、その先の窓へと目を向けた。ここは二階。死にはしないだろう。
ドキドキと鳴る胸で一歩ずつ窓へと歩いていく。
(この世界のことを知っているのは私だけ。彼女はわからない……なら、私がどうにかしないと)
カーテンに指先が触れたその時、誰かが扉をノックした。




