13話 お姫様抱っこをねだられました
コケたのは、小さな女の子だった。周りには絵本が四冊落ちており、中心で彼女は顔を赤くして地面にへたり込んでいる。
ヴァネッサは慌てて彼女へと歩み寄り、しゃがんだ。
「こけてしまったのね、大丈夫?」
「……うん。お外がまぶしくて、ビックリしちゃったの。それでえほんをおとしたの」
「お外が?」
鼻を鳴らしながら話していた女の子は、こくんと頷いた。確かに、夕方が近づいているとはいえ外はまだ明るい。しかし、咄嗟に目を塞いでしまうほどではないだろう。実際に窓を見てみるが、特別明るくはない晴れた空と田舎独特の緑が広がっているだけ。
(もしかして、目が光に弱い子なのかしら?)
ヴァネッサは窓へと向けた目を女の子へと戻し、ひとまず起こすことにした。女の子へ手を差し伸べる。
「傷を洗いに行きましょう。立てるかしら?」
「まだいたい……」
女の子は膝をギュッと寄せ、その目を潤ませた。衛生の面からできるだけ早くに洗いたいのだが、無理して歩かせるのもどうなのだろう。本を拾い、机の上に移動させるヴァネッサ。ふと、絵本の表紙に目がいった。ふわふわとした茶髪に薄いピンク色のドレスを身に纏うお姫様と、サラサラとした銀髪に青い瞳が特徴的な王子様が描かれた、どこにでもあるような絵本。
「じゃあ、お姫様抱っこはどう?」
この表紙に描かれた二人みたいに。
ヴァネッサが微笑みながらそう言って抱き上げると、女の子は小さく「きゃっ」と声を上げた。これなら足を極力動かさずに済むと思ったのだが、痛かったのだろうか。
そう心配したのも一瞬で、女の子の顔は先ほどよりも赤くなっていた。恥ずかしげに口元へ手をやって。
「これなら水道まで行けそう?」
「う、うん」
「なら、このまま向かうわね。水道の場所はわかる?」
「えっと、こ、こっち!」
「わかったわ」
ヴァネッサは頷き、女の子が指を差した方へと歩き出した。念のためミアに場所を移動することを伝えておく。心配するかもしれないからだ。
(そういえば、お姫様抱っこってされたことないのよね。これでもお姫様なのに)
教会の外にある井戸につき、膝を洗う女の子を眺めながら思う。
お姫様抱っこ、というか、素敵な王子様と結ばれることに憧れを抱く少女は多いだろう。ヴァネッサもそうだったかは記憶がないが、同じように考えていたように思う。しかし、心のどこかで自分に自由な恋愛はできないと諦める気持ちもあった気がする。まぁ、その予感は的中するわけで。なんせ、ここはゲームの世界で、シナリオ通りに自分はハリーとくっついて振られるのだから。
もちろん、ハリーからお姫様抱っこをされたことはない。されそうな雰囲気も二人の間にはなかった。
(人生初のお姫様抱っこがされる側ではなくする側で、しかも相手がおんなの――違うわ、ダリウス殿下だったわ)
思い出したら恥ずかしくなってきた。あと、申し訳ない。空から降りてくるダリウスを受け止めるために最適な形だとはいえ、仮にも一国の王子をお姫様抱っこしたなど不遜もいいところである。
(それでも、なんのお咎めもないのだから、やっぱり殿下は懐が広いわ)
これがハリーだったなら、「女性であるにも関わらず男性を抱き上げるなど、品性が疑われますね」的なことを遠回しに言ってくるはずだ。
「おねえちゃん、あらえたよ」
「まぁ、偉いわね。じゃあ戻りましょうか」
安易に想像できるハリーの引いた顔に、ヴァネッサも引き笑いを浮かべていたその時、女の子がやってきた。引き笑いを本当の微笑みに変えて、少女の手を取る。
すると、庭の方角から女の子たちが数人、駆けてきた。
「わたしもおひめさまだっこしてほしいです!」
「おうじさまとおひめさまごっこがしたい〜」
「わたしもおひめさま役がいい!」
「わたしもー」
「あらあら」
キラキラとした目でこちらを見つめてくる女の子たち。その姿が可愛らしくて、ヴァネッサは眉を下げて笑みをこぼした。
「わかったわ。ちゃんとみんなをお姫様にするから、お行儀よく並んでくれる?」
「うん!」
「いい返事ね」
きゃあきゃあと黄色い声をあげながら仲良く順番を決め始めた女のことたちを、微笑ましい目で見守る。その時、一人だけ列決めの輪に加わらず、ヴァネッサを見つめている子がいることに気がついた。
「どうしたの?」
しゃがみ込み、尋ねてみる。
「おひめさまにしてくれるって、いっていたけど、おねえさんにはもうおうじさまがいるんでしょ?」
不思議そうに、かつ、さも当たり前かのように発せられた女の子の問いに、ヴァネッサは首を捻った。「おねえさんはお姫様なんでしょ?」と聞かれるのならまだわかるのだが。
もしかして、ケネスのことを言っているのだろうか。どこで彼とヴァネッサの話を聞いたのだろう。
「確かに、王子様の弟はいるわね。でも、お姫様抱っこはでき――」
「ううん、ちがうよ。くろいかみのおにいさんのことだよ」
「黒い髪のお兄さん……もしかして、今庭にいるダリウス殿下のこと?」
「そんななまえのひと」
そう言って女の子は頷いた。ヴァネッサはクスリと微笑んだあと、小さく首を振る。
(彼は王子、私はお姫様とも言える王女の地位についている。彼から説明を受けて、王子様とお姫様だから絵本のような関係だと思ったのね)
「私はお姫様で殿下は王子様だけど、絵本みたいに愛し合っているわけじゃないのよ」
「そうなの? でも――」
「おねえちゃん! 抱っこして!」
一番になったのだろう、女の子の一人がこちらへと駆けてきた。先程まで話していた子はというと、ハッと目を見開いたあと、そそくさと列の最後尾へと向かってしまった。
(何か話しかけていたと思うのだけれど……)
「おねえちゃん?」
声をかけられ、ヴァネッサははっとして眼下の女の子へと視線を移す。女の子は一冊の絵本を持ってこちらを見上げていた。
(まぁ、あの子の番が来た時に聞いてもいいでしょう)
「ごめんなさい。なんでもないのよ。ところで、その本はなにかしら?」
「ここ!」
絵本を開き、最後のページを開く女の子。そこではやはり、王子様が女の子を抱き上げている絵が載せられていた。
「このおうじさまがいい!」
「えーと……セリフも言えばいいってことかしら?」
「うん!」
ヴァネッサの言葉を受け、女の子は目を輝かせてニコッと笑った。その屈託のない笑顔とは裏腹に、ヴァネッサの唇が軽くヒクつく。
(ま、まさか……!)
ちらりと列へと目を向けると、他にも絵本を抱えている子がちらほらと見受けられた。
(え、演劇の経験なんてないのに……!)
絵本だって、いつも聴く側だったのだ。王子になりきる自信がない。あと、流石にセリフまで言うのは恥ずかしい。照れてしまう。
(でも……)
ヴァネッサは再び女の子へと目を向けた。ニッコニコのお日様のような可愛らしい笑顔に、母性がくすぐられる。
「わ、わかったわ。覚えるから見せてくれる?」
「やったー!」
結局、シェールがこちらにやってくるまで(列が二周目に突入した辺りまで)、この王子様ごっこは続いたのだった。
女の子は何を言おうとしていたのか忘れ、ヴァネッサの腕は悲鳴をあげ始め。大変ではあったが、彼女たちの笑顔が見れたのでよしとしよう。
(それより、シェールさんより遅れてやってきたダリウス殿下とライル様の顔が気になるわ)
特に、ダリウスのあの苦虫を噛み潰したような顔が。




