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12話 一人アピール合戦を開始します

「この教会は約六百年前に建てられました。氷狼様の伝説が生まれる少し前のことですね。改修と増築を繰り返し、今は孤児院としても機能しています」

「そうだったのね。外から見るよりもずっと広いはずだわ」


 ステンドグラスの光をのせ、純白のリボンを揺らしているシェールの髪から目を離す。

 教会の規模は、もしかすると辺境の貴族が持つ別荘に匹敵するかもしれない。内部は外観よりも朽ちていなく、家具はところどころ新しい。手入れが行き届いているのか、カーテンはシミ一つなく、辺りにほこりも舞っていなかった。スチルで見た教会の内部よりも清潔なように見えるのは、それほどシェールが教会の仕事に勤しんできたということだろう。

 ヴァネッサたちは、夕食には早すぎるからと町へ向かう前に教会を案内してもらっていた。ちなみに、スチュワートは荷物を近くの別荘へと移すために出ている。ダリウスはもちろん残っている。これは計画通りのことで、あらかじめシェールには教会をみたいと伝えていたためか神父も快く出迎えてくれた。今は気を使ってか、執務室や他の来客の対応へと向かってくれている。


「とても手入れが行き届いているように見えるのだけれど、誰が掃除をしているのかしら? ねぇ、殿下」

「そうだな」


 あえてシェールに質問をし、隣を歩くダリウスへと同意を促す。壁に飾られた子どもたちの絵を見ていた彼は、ヴァネッサへと振り向いた。

 シェールはこちらへと顔を向け、ほんの少し目じりを細める。


「教会のみんなで毎日掃除をしています。みんな、ヴァネッサ様たちが来ると聞いて張り切って掃除をしていたので、そう言っていただけて嬉しいです」

「あら。そんな気を使わなくてもよかったのに」

「いえ、気を使ったというよりも――」

「シェールおねぇちゃん! その女の人が言っていたお友達―?」


 突如、幼い子どもの声が横から聞こえてきた。元気のあるその声へと顔を向ける。すると、十歳ぐらいだろうか、中性的な幼さの残る黒髪の少年が庭にてこちらへと指を指していた。彼の言葉が耳に入ったのか、子どもたちがわらわらと男の子の元へと集まってくる。


「こら、ゼン。人に指を指してはだめって、いつも言っているでしょう?」


 シェールが少し低くした声で指摘すると、ゼンと呼ばれた黒髪の少年は「あっ」と声を出し、指を引っ込めた。


「ご、ごめんなさい」


 そう視線を泳がせるゼンに、シェールは仕方がないとでも言うように笑みを零した。と、その時、ヴァネッサのドレスの裾を誰かが引っ張った。下を向いていると、幼子が数人、ヴァネッサやダリウス、ライル、ミアたちをかこっていた。


「ねぇねぇ、あそぼうよ」

「おにいちゃんの剣、かっこいいね」

「えのぐのにおいがするー」


(あらあら。どんどん出てくるわね)


 無邪気な目に見上げられ、ヴァネッサは温かな微笑みを浮かべた。子どもはうるさく、いても問題を起こすだけだと関わらないでいたが、こうして冷静になった今はかわいく見えて、ただただ微笑ましい。

 ふと、ダリウスに剣を振って見せろとせがんでいる姉弟に目がいった。はつらつとした目で服を引っ張る姉に、彼女の後ろから緊張しながらもダリウスを見上げる弟の姿が。髪色も、目の色も自身と違うはずなのに、幼い頃の記憶がフラッシュバックする。

 そんな中、シェールがヴァネッサの服の袖を引いていた少女を抱き上げた。


「すみません。服は汚れていませんか?」

「大丈夫よ。それに、元気なのはいいことだわ」

「ありがとうございます」


 シェールはほっと胸を撫で下ろした。


「これだけの人数を貴女と神父様だけでお世話しているの?」

「基本的にはそうです。でも、最近はゼンも手伝ってくれるんですよ」


 庭へと目を向けるシェール。その視線を追うと、ゼンが子どもに肩車をしたり、話を聞いたりしていた。


「確かに、みんなに慕われていそうね」

「そうなんです」

「でも、貴女もそうでしょう? これだけの人数を三人でなんて少し無理があると思うの」


 そう、ゼンから視線を戻して言うと、シェールはほんの少し眉を下げて、次いで、穏やかに微笑んだ。


「確かに、大変だと感じることは多々あります。でも、私はお世話になったこの教会の力になりたいんです。なので、ここで働けて嬉しく思っていますよ」

「そう。ならいいのだけれ――」

「ヴァネッサ」

「あら、殿下。どうし……あら」


 背後から名前を呼ばれて振り向いたヴァネッサの目に映ったのは、両腕や腰に子どもが垂れさがったり引っ付いたりしているダリウスの姿だった。しかめっ面をしているようにみえるが、本当はどうしていいかわからず困惑しているのだろう。唇をキュッとしめて、こちらを見つめてくる。

 隣のシェールが顔を真っ青にさせて、ダリウスから子どもを抱き受けた。


「も、申し訳ございません! いきなり人に抱き着いてはいけないでしょう」

「はぁーい」

「でもこのお兄ちゃん、強かったよ」

「剣術も見せてくれるって!」

「でも、この方は……」

「構わない。子どもとこうして向き合うのは初めてで、少し反応に困っただけだ」

「じゃあはやく見せてー!」

「あっ!」


 腕から降ろされた子どもの一人が、ダリウスの手を引っ張り庭へと駆けて行く。


(はっ! 今のは、シェールの努力家な面や子供想いな面をアピールするチャンスだったんじゃ?)


 ダリウスはヴァネッサとシェールの会話を聞いていただろうか。だとしたら、まだアピールはできたと思うのだが、如何せん、ずっと子どもへの対応に悩んでいたようなので望みは薄い。

 シェールに教会を案内してもらうことにした理由は二つ。一つ目は、スチルで見た景色をこの目で見て楽しむこと。二つ目は、教会や子どもたちと関わるシェールの姿をダリウスに見せることで、トゥンクと本人にとっては謎の胸の高鳴りを感じさせることである。どうにかして、ダリウスにシェールが子どもへと微笑む聖母のような姿をみせたい。

 さて、どうしようか。「ふむ」と息を零すと、シェールがこちらへと目を向けた。

 先程までダリウスの元へと向かおうとして体を前のめりにさせていたのだが、どうしたのだろうか。


(もしかして、本当に止めていいのか迷っているの?)


 ヴァネッサは、側にある机で絵本を読み聞かせ始めたミア、頬杖をついているがどこか楽しそうに子どもの絵にアドバイスをしているライルを交互に見た。そして、シェールへと微笑む。


「殿下も嫌そうではなさそうだし、私たちも庭で子どもたちと遊んでもいいかしら?」

「粗相をするかもしれませんが、本当にいいのですか?」


 恐る恐る尋ねるシェールに、ヴァネッサは頷く。


「ええ。殿下は子どもに怒るような方ではないわ。とても優しいの」


 だから、未来の旦那としてどうでしょうか。そんな思いも込めながら、さりげなく殿下のいいところをシェールへと伝える。


(今のはなかなか上手く話に盛り込めたんじゃないかしら)


 そう内心ウキウキとしながら、ヴァネッサはダリウスへと目を向け、次いで、またもやシェールへと微笑んだ。


「でも、困っているようだからサポートしてくれないかしら」

「わ、わかりました」

「ふふ。緊張しなくても大丈夫よ。殿下は素性の知らない人間に手を差し伸べるほど器の大きい人間だから」


 再度ヴァネッサによるダリウスのいいところアピールを受けて、シェールはダリウスの元へと向かっていった。

 これで、ダリウスとシェールの距離がグッと近づけばいいのだが。


(さて、私まで庭に出たらシェールを向かわせた意味がないわ。どうしようかしらね……)


 さりげなく殿下とヴァネッサの安全を確認しているミアの元に行き、子供に混ざって絵本を聞く。もしくは、ライルと共に子どもが絵を描く様子を見守るか。

 悩んでいたその時、後ろでバタンッと誰かがこける音がした。

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