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11話 キューピッドとしてやってきました

 翌日、予定より遅めに馬車に乗り込んだヴァネッサとダリウス一行は、シェールが待つイエローボ山近くの教会へと向かっていた。深緑の針葉樹と赤褐色の煉瓦造りの家々が並ぶ城下町と打って変わり、若葉色の平野が広がっているその景色は壮観。近くに流れる川はエメラルドグリーンで、時折り白いヴェールのような小波が立っている。

 窓越しではなく、直でこの流れゆく景色を見てみたい。澄んだ青空と同じように爽やかな風を感じてみたい。はしたないと分かっていても、ウズウズして仕方がないヴァネッサはついに窓から頭を乗り出した。森林の清香をのせた風がブワリと駆け抜ける。


「風が気持ちいいですわー!」


 嬉々とした表情で率直な感想を告げる。すると、ヴァネッサの少し後ろからフッと微笑する声が聞こえたような気がした。


「それはよかった。だが、あともう数分で着くはずだから程々にした方がいい。対向車がいつ来るかわからないからな」

「わかりましたわ……」

「あと一分なら大丈夫だろう」

「わかりましたわ!」


 しょんぼりと頭を下げ、中へ戻ろうとしていたヴァネッサは再び外へ頭を突き出した。クスリと笑みが溢れる音が聞こえてきたが、気にせず風に当たる。次いでダリウスが「スチュワート」と低く名を呼んだことから、先程の笑い声の主はスチュワートなのだろう。


「なんだその顔は」

「殿下は心配性なのに甘いですね」

「心配性ではない」

「そうでしたね、ヴァネッサ様にのみ発揮されるので心配"性"ではありませんね」


 無言になるダリウス。ヴァネッサは思わず後ろへと振り向いた。


(私、やっぱり心配されていたのね……そんなにも頼りないのかしら?)


 逆行前のこととはいえ、ダリウスには命を助けられた。アヴァランシェに連れて行ってもらい、王城に置いてもらえることにもなった。ヴァネッサが家事で壊した備品の数々も許してくれている。ケネスによる誘拐時にも助けに来てくれた。温泉施設の建設も多大な補助を与えてくれ、さらなる発展のために政務の合間を縫って能動的に動いてくれている。今だってそうだ。湯脈探しの旅の話を持ちかけてきたのは他でもないダリウス。確かに、彼には助けられてばかりだと思う。感謝しても仕切れないほどの恩情を感じている。

 しかし、彼が向ける心配というものが、どうも子どもに向けるようなものである気がしてならない。ミアやライルとの温泉に関する相談にのよって夜遅くに帰った時は、執務室から出てきて心配の色を滲ませた真顔で出迎えてくる。ほんのちょっと寝不足だった日は、わざわざ起きるまで待っていてくれる。そして大丈夫か聞いてくるまでが一連の流れで、今日もそうだ。ヴァネッサには集中していると周りが見えなくなるところがある。しかし、廊下で自身を見かける度にエスコートをしてくるのは過保護すぎだろう。支柱や扉にぶつかったのは片手……に指二本分足したぐらいだ。心配はいらない(その間に彼と談笑するのは楽しいが)。

 また、ヴァネッサは力を暴走させたダリウスを一人で救出した身。頼ってくれなくとも、少しくらい信頼してくれてもいいのではないだろうか。


「ヴァネッサ」


 ほんの少し不満を感じて唇を尖らせていると、ダリウスが腕を引いた。優しく椅子に座らされる。彼との距離がグッと近くなり、ヴァネッサは咄嗟に顔を逸らした。


「殿下、あの――」

「もう教会に着く。そろそろ中に入った方がいい」


 そう言った側から、窓の外で別の馬車が横切った。自身がまた思考の世界に入っていたと悟り、ヴァネッサの血の気が引いていく。その時、視界の先で薄いピーコックグリーンが揺れた。


「ねぇ、あれがその教会?」


 弾かれたように顔を上げると、今回の旅に無事同行することとなったライルが窓の外へ視線を向けていた。睫毛がスッと伸びた彼の瞳は気怠げで、口調もどこか素っ気ない。

 ライルの視線を追うと真っ白な教会が先に見えた。ステンドグラスが太陽の光を反射して輝いている。あまりにも強くて目を閉じ、中へと戻す。温かみを帯びた白塗りの壁に、七色のステンドグラス、紺色の天井……それは、かつてスチルで見た姿と瓜二つで。今からこの目で間近に見て観察できるのだと思うと胸が震えた。


「そうですわ。あれが、(これからダリウスが惚れるであろう)シェールさんのいる教会ですわ」

「へぇ……」


 ライルの視線が離れたばかりのダリウスの手へと向けられる。しかし、すぐに意地悪な目つきへと変わりヴァネッサへ。


「まるで過去に見たことがあるような口ぶりだね」

「えっ」


 体がピシリと固まる心地がした。最近ようやく一生懸命に使うようになった脳みそを回転させる。


「それは……シェールさんに予め外観を聞いていたからですわ!」

「ふぅん。そういえば、道中そのシェールって人のことを殿下に話してばかりだったけど、そんなに気に入ってるの?」

「もちろん。素敵な女の子ですわよ」

「でも、会ったばっかりなんでしょ?」


 ライルの指摘にまた言葉を詰まらせる。


「フィ、フィーリングで?」

「ふぅん」


 返ってきたのは心底興味がなさそうな、気の抜けた声だった。

 ふと、ダリウスの沈黙がなんとなく気になって、ヴァネッサは顔を隣に向けた。


(相変わらずの真顔……でも、ちょっと違和感があるような)


 感情が読めない真顔をしている、というよりも、固まっている、と言えばいいだろうか。


「どうしまたか?」


 そう尋ねると、ダリウスの目に光が戻ったような気がした。いつも通りのアイスブルーの瞳がヴァネッサへと向けられる。そして、ダリウスは頭を傾げた。


「何がだ?」

「ボーッとしていらっしゃる気がして、疲れているのかと思いましたの」

「俺は大丈夫だ。それより、君こそ寝不足で疲れてはいないか」

「殿下のお気遣いのお陰で安眠ですわ。ありがとうございます」

「そうか」


 満足気に頷くダリウス。すると、ヴァネッサの前からため息が聞こえてきた。顔を向けると、ライルが呆れたとでも言いたげな目でこちらを見つめていた。


「どうしましたか?」

「別に」


 頬に手を吐き、ライルは再び外を向いてしまった。馬車がガタリと音を揺れて止まる。

 無事に着いたようで、馬車の扉をミアが開けた。その後、スチュワートとライル、ダリウスが降りていく。

 最後に残されたヴァネッサに伸ばされたのは、二人の手だった。何故か二人して互いを見つめ合っている。


「ヴァネッサ」


 そして、同時にヴァネッサを見上げてきた。


(これは……)


 喉をゴクリと鳴らす。


(私がこけそうだから、二人して支えようとしてくれているのね!)


 よき上司と友人を持ったものである。「ありがとうございます」と言った後、ヴァネッサは二人の手を取り、馬車から降りた。

 次いで着地したヴァネッサは二人から手を離し、高くそびえる教会を見上げた。スチルよりずっと増した迫力に、思わず「わぁ……!」と声が漏れる。

 すると、荷物を抱えたスチュワートが後ろへやってきた。あたりの景色へと向けられた彼の瞳からは淡い哀愁を感じられる。


「綺麗な景色ね」

「ええ、本当に。昔と変わらない……」

「昔と? 前にここを訪れたことがあるの?」


 そう尋ねると、スチュワートは懐かしむような目つきで頷いた。


「この地域を訪れるのは久方ぶりのことでございます。殿下がお生まれになる前に、両陛下はアヴァランシェの一周旅行をされたのです。その時に私も同行したもので……つい、その時の記憶へと思いを馳せてしまいました」


 小さく会釈するスチュワート。ヴァネッサはその頭を上げさせた。


「素敵ですね。私もこの国をまわ――」


 ふと、過去の記憶が思い起こされて口を閉ざす。

 ダリウスも一周旅行をしたいと言っていた気がする。やはり親子どうしにた部分があるのかもしれない。

 微笑ましさを感じていると、スチュワートが紳士的な笑みを浮かべた。


「殿下とされてはいかがですか? 老いた身ではありますが、お供させていただきますぞ」


 彼の提案に目をパチクリとさせる。ちょうどそのことを思い出していたのだから。


「そうね……これから温泉地を増やしていくつもりだから、いいかもしれないわね」

「いえ――」

「なんの話をしているんだ?」

「シェールさん、もう来てるけど」

「えっ!?」

「ひゃっ!」


 突如沸いたダリウスとライル。思わぬ報告に二人へと体を向けると、緑色の瞳と目があった。後ろにいたのか。ヴァネッサは慌ててシェールと距離を取った。


「ごめんなさい。驚かせてしまったわね」

「い、いえ。こちらこそ申し訳ございません」


 二人してははは、と愛想笑いを浮かべる。


「そ、そういえば、もう挨拶は終わったのかしら?」

「はい。殿下とライル様、ミア様には既に」

「私はメイドですので、呼び捨てで大丈夫です」

「あっ、じゃあ……ミアさんで」


 そう言ってはにかんだシェールは、スチュワートへと挨拶をした。次いで、ヴァネッサへと向き直した。


「改めまして、これからよろしくお願いします」

「いいえ! こちらこそ、山への案内と教会、町の案内をよろしくね」


 二人して微笑み合う。

 彼女にはダリウスとの接触を増やすため(と、友人として遊ぶため)にできるだけ旅行に同行してもらうよう話をつけておいた。これで、ダリウスルートへの修正も、初の友人と遊ぶことも両方できるようになるのだ。一石二鳥である。


(そう。殿下は今ごろストーリー通りに、シェールへ困惑と愛しさが混ざったような目を――あら?)


 何故かダリウスと目が合うヴァネッサ。

 どうして。そこは「何故だろう……出会ったばかりだというのに、彼女の温かな笑顔が気になって仕方がない……」とシェールを見つめているシーンだろう。


「ダリウス殿下?」

「うん?」


 ダリウスはどこか嬉し気に微笑した。


「その……シェールさんを見て、何か感じませんでしたか?」

「何か……?」


 心底わからないといった様子のダリウス。一瞬にして眉間に皺を寄せてしまった。


「ないな」


 即答である。

 ここに来てヴァネッサは気付いた。


(ゲームでの出会いは、墓参りに来たダリウスが墓地の清掃に来たシェールと会うか、町に買い出しに来ていてトラブルに巻き込まれたシェールをダリウスが助けるかの二択……)


 その邪魔をした記憶はない。確かに、謎の男性二人に連れ込まれそうになっていた彼女を助けはした。しかし、ダリウスのエンカウントイベントは別の日だった上に、数はもっと多かったはず。


(そしてこれは、教会ルート……このルートでの出会いは確か墓参りだったはずよ。命日に行くわけではないから、シェールのステータスによって日程が変動するんだけど、幅があったはず。その幅に入っている日は……)


 ここに来て、ヴァネッサは自身の失態に気付いた。


(大衆浴場が完成する辺りだわ……その時、殿下は計画の最終チェックと日頃の政務処理で忙しかった)


 つまり、まだ行っていないということだ。もしイベントと同じ形で出会わないといけないのなら、ダリウスルートへの修正は不可能。


(いや、ダリウス殿下はシェールに一目惚れに近い形で恋していた。なら、同じ形で会わなくても大丈夫なはず)


 ヴァネッサはグッと拳に力を込めた。


(教会には着いたばかり。ここで過ごす中で、どうにかして二人をくっつけるのよ……!)

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