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9話 ブレイズ王国の火竜様ですから

「まさか、自分を殺そうとしていた人間を助けに行くとはな」


 完全に茜色へと染まった空中で、火竜がククッと喉を鳴らす。

 ヴァネッサは火竜の首元から突き出る一際大きい鱗から片手を離し、風に吹かれる髪を抑えた。次いで、気恥ずかしげに唇を尖らせる。


「身内にあれほど落ち込まれていては、アヴァランシェで思うままに過ごせませんもの」


 これは少し強がった答えである。あれだけケネスとブレイズ王国から離れると言っておきながら、情に絆された自分が少し恥ずかしいのだ。

 そんなヴァネッサの心境を悟ってのことなのか、火竜はフン、と小馬鹿にしたような声を出した。


「やはり人間は甘いな。我らなら自身を攻撃した時点で相手を殺し尽くすぞ」

「こ、殺し尽くす……」

「ああ。例え自分と血が繋がっていたとしてもな」


 火竜は当たり前と言った様子。やはり人間と竜では考え方に大きな違いがあるらしい。

 反応に困っていたその時、ある疑問が頭に浮かんだ。


「それより、どうしてあそこにいらっしゃったんですか?」


 おかげでケネスがヴァネッサの後ろに引っ付くことになったのだ。これでもかと強い力で引き寄せられ、肩やら腰やらがギチリと音を立てたものである。彼を宥めるのにどれだけ時間がかかったことか。(火竜が愉快そうに眼光鋭く中に入ってくるものだから、余計に怯えてしまったのである)。

 ケネスの様子、または、彼を宥めることと火竜の歩みを止めさせることでいっぱいのヴァネッサを思い出したのか、また火竜はクツクツと笑った。


「なに、あの人間に頼まれただけよ」

「あの人間……ダリウス殿下のことですか?」

「そうだ。面白いことに、貴様を心配するあまり仕事が手につかないみたいでな、彼奴を含む三人に見守るよう頼まれたのだ」


 あの三人とはダリウス、スチュワート、ミアのことだろう。


「そんなにも私はか弱く見えるのでしょうか」


 そんじょそこらの御令嬢やお姫様よりかは筋肉量も武力もあると思うのだが。

 髪から手を離し、ムキーンと呟きながら筋肉の山をつくる。


(……まぁ、前よりは落ちているけれど)


 帰ったらやはり鍛えようかと思いながら、ヴァネッサは手を鱗へと戻した。すると、またもや火竜が笑みをこぼした。


「人間の貴様の方がよっぽど鈍感だな」

「えっ」


 呆れに愉快さが混ざったような火竜の声とセリフにヴァネッサは思わず顔を動かした。チラリと琥珀色の瞳と合い、フッと白い牙が見えたかと思うと前へとそらされてしまう。

 ふと、思い出したかのように火竜が頭を傾けた。


「そういえば、まだ殺気が消えぬようだな」


 今度はヴァネッサが頭を傾ける。流石のケネスでも、今回は殺気を放っていなかったように思える。

 第一、ここはもうアヴァランシェの上空だ。王城の姿もはっきりと見えている今、ケネスがいるとは思えない。


「どういうことで――」

「――回るぞ」


 突然、火竜がグルリと旋回した。

 ぐわんぐわんと揺れる視界の先で微かに認識できたのは、雷光のような速さで飛んでいった物体。


「ほう。振り落とされなかったか」

「振り落とすつもりでしたの!?」


 体勢が戻り、余裕たっぷりの笑みを浮かべる火竜にツッコむ。――その時、微かに揺れた翼の隙間、自身の顔の横から、何かが風を切る音が聞こえた。

 咄嗟に顔を逸らして見えたのは――


「弓矢? って!」


 見上げた視線の先から、小さな鋭い光が放たれた。反射に近い速度でパシリと掴む。


「……これは!」

「見覚えがあるのか」

「は、はい」


 頷いて、ヴァネッサは喉を上下させる。掴んだのは、ブレイズ王国原産の弓矢だった。それも、王国の騎士団が使うような量産型でありつつも品質が確かでよく飛ぶものが。


(しかも、先端が変色してる……毒かしら)


 下を見るも、高度が高すぎるため人間の姿は確認できなかった。


(いったい誰が――)


「また来るぞ」

「きゃっ!?」


 手短に火竜が呟いたかと思うと、またもや視界が回転した。グッと力を込めた彼の喉元から、愉快そうな笑い声が響いてくる。

 それはさながら、人間を絶望の淵に突き落とす魔王のよう(ただし、いい感じに低いイケメンボイスである)。


(むりよ、むりよ、むり!)


 揺れ続けて焦点の合わない視界、四方八方から時間差で飛んでくる毒矢、ヴァネッサを叩き落とさんとする勢いの風圧。

 そして、あたりに響く笑い声。


「はっはっはっはっ! このまま王城まで遊ぼうではないか!」

「やめてくださいませーー!!!!」


 初めて火竜に乗ったことを後悔した瞬間だった。



★★★



「それで、こんな姿になったと」

「はい」

「ああ」


 帰城直後、外の空気が吹き抜け、ガラスが飛び散る執務室にて。ヴァネッサと火竜はダリウスの前でちょこんと椅子に座っていた。


 ヴァネッサの髪はぐちゃぐちゃに乱れ、ところどころに葉っぱやガラスの破片が刺さっている。その乱れ具合は、鳥に啄まれてもこうはならないであろうほど。

 対する火竜はというと、無傷ではあるものの、ヴァネッサを"無事に"見守ることができれば得られたであろう温泉饅頭(重箱詰め)を取り上げられて項垂れていた。しかし落ち込んでいる一方で、どこか楽しげに口角を上げている。


「我は悪くないぞ。弓矢を打ってきた人間が悪い」


 ブスリとした表情で、火竜がそっぽを向く。


「弓矢か……実物はあるか?」

「えぇと、ここに……ありますわ」


 眉間に皺が寄ったままのダリウスに、ヴァネッサは恐る恐る弓矢 (だったもの)を手渡した。


「……(やじり)しかないが、何があった?」

「その……怖くて力んだら、つい」


 叫んだ拍子に手中でバキバキと割ってしまったのである。鏃が飛んでいく前に掴んだだけましだろう。


「そうか」


 聞こえてきた声は、静かだった。

 ヴァネッサはほっと胸を撫で下ろす。その時、ダリウスがヴァネッサの腕を掴んだ。


「で、殿下!?」


 ヴァネッサの掌をじっと見つめるダリウス。ほんの少し間があって、彼はふぅ、と安堵の息をついた。眉間の皺は取れたようだ。


「よかった。毒には触れていないようだな。スチュワート、成分を調べてきてくれ」

「かしこまりました」


 ダリウスから鏃を受け取り、一礼した後でスチュワートが部屋から出て行く。


(毒に気付いて、心配してくださったのね)


 スチュワートを目で見送り、ヴァネッサは小さくため息をついた。


「どうした。疲れたか?」


 心配そうに眉を下げて尋ねるダリウス。普段は表情筋が死んでいるが、意外にも動く時は動くのだ。

 ヴァネッサはそっと首を横に振った。


「いえ。それもありますが……怒っていらっしゃると思っていたので、少し安心したと言いますか……」

「怒る?」


 ダリウスは心底不思議そうに首を傾げた。


「はい。つい先程まで眉間に皺を寄せて睨んでいらしたので」

「睨んでなどいない」


 ほんの少し目を見開いたのち、ダリウスは焦りの見える表情で否定した。


「ですが、窓ガラスを割ってしまいましたし……」


 チラリと後ろを見ると、小体化が間に合わなかった火竜の形にくり抜かれた壁が。

 視線を前へと戻すと、ダリウスは難しそうな顔をして眉間に指先を当てていた。

 ギュッと閉じられた目が開かれる。


「俺は怒っても、睨んでもいない。君を心配していただけだ」

「し、心配……ですか」

「……ああ」


 ほんの少し耳を赤くさせて、ダリウスは小さく頷いた。


(ブレイズでは誰にも言われたことがないのに……殿下といい、ミアといい、この国の人たちはよく心配してくれるのね)


「湯浴みの準備が整いました」


 なんとも言えない沈黙を破ったのはミアだった。到着してすぐさま部屋を出て行った彼女が戻ってきたのだ。


「行ってくるといい。ガラスの破片が細かいから気をつけて取り除いてくれ」

「ピンセットの準備は完璧です」


 シャキーンとミアの指の隙間から、大小様々なピンセットが現れる。そこ様子を見てダリウスが頷いた。


「ああ、そうだ」


 暴れる火竜を抱き抱えるミアの後ろへとつくと、背後からダリウスが声をかけてきた。


「終わったら食事にしよう。疲れに効くハーブティーも用意させる。……その時に身分、いや、国王陛下と何を話したのか教えてくれ。もちろん、無理にとは言わない」


 ハーブティーが好きなのだな、とヴァネッサは笑みをこぼした。そして彼へと振り向く。


「身分剥奪はやめました」


 どこかあっさりとしたヴァネッサの声と表情に、ダリウスは珍しく目をパチクリとさせた。


「陛下が冷静な時に、また話をしに行きます」


 ほんの少し間があって、ダリウスはそうかと頷いた。彼の真顔がほんの少し、温かかったような気がした。

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