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6話 カウンセラーではありません

――炎の国ブレイズ。この国の民は情熱的。彼らの熱い想いに身も心も燃えるような恋をする。


 これが、『Burn to Love』の決まり文句てある。しかし、情熱的と言えば聞こえがいいが、実際はただの激情型。ヒロインは心どころか体を物理的に燃やされてばかりだった。

 すべてのキャラクターが基本的に嫉妬しやすく、キレやすく、泣きやすい。あと、執念深い。そのくせ怒りが鎮められれば非常に落ち込み、ヒロインに謝り倒す。バッドエンド(ほぼ死亡エンド)のラストはヒーローが壊れるか延々と後悔するかの二択。……今思えば、とんだ地雷男ばかりではないか。中にはヒロインの灰をパンに混ぜたりワインに混ぜたり、毎夜ちびちび飲んだりする平たく言えばヤバいやつもいた(ケネスではない)。これはもちろんバッドエンドの話だが。よく続作を作れたものである。

 このように、ブレイズ王国の民は非常にめんどくさい。ケネスはまだ(表向きは)理性的な方で、国王も立場上マシではある。

 だが、血は変わらない。


 そうとはわかっていても、ヴァネッサは重鎮たちの静止の声を背にして国王の部屋の扉を開け放った。


「失礼いたします。陛下にお話が」


 ここまで言って、ヴァネッサは言葉を止めた。代わりにヒュッと喉が鳴る。

 顔を上げて見えた彼の姿が、あまりにもやつれていたからだ。火竜に助けられた時よりも頬は痩せこけ、髪は全体的にパサパサに。落ち窪んだままの虚な瞳は、何もない一点を見つめている。


「へ、陛下……」


 言葉を投げかけることもなく、代用が効くたった二文字の単語だけが溢れた。

 すると、ゆっくりと国王の頭が傾けられた。目があったかと感じたその時、彼のひび割れた唇が動く。


「マリー」


 今にも枯れ果てそうな声。

 かろうじて聞こえたフレーズにヴァネッサはため息をついた。その時、執事長がヴァネッサの斜め後ろへとついた。憐れむような目を国王へ向けている。


「まさかここまでひどい状態とは思っていなかったわ」

「食事も喉を通らず、ただ思い出すようにマリー様の名前を呼んでいらっしゃるのです」

「……そう」


 気の抜けた返事をして、ヴァネッサは執事長へと向けていた視線を国王へと戻した。


(これが、火竜様の言っていた紛い物を使った副作用なの?)


 命を繋ぐことはできたが、元に戻ることはできなかったらしい。


(でも、これはどちらかというと……精神面に問題がありそうね)


 何度も譫言を発する彼の姿には、流石のヴァネッサも憐れみを感じずにはいられなかった。しかし、どうにかできるのなら火竜が解決しているだろう。

 何もできないことを悟り、ヴァネッサは踵を返した。


「どこに行かれるのですか」


 ヴァネッサの背中を執事長の声が追いかけてくる。次いで足音も加わった。それでも気にせず深紅のカーペットを踏んでいく。


「陛下の執務室へ。剥奪に関する書類があるとしたらそこしかありませんもの」

「陛下を見捨てるおつもりですか」

「火竜様ができないのなら、私にできるはずがありませんわ」

「正気を取り戻せるよう、マリー様として――」

「私に、お母様の物真似をしろと?」


 カッと鋭い靴音が響いた。

 振り向いたヴァネッサの表情を見て、執事長が言葉に詰まる。


 マリー・フラヴィオ。男爵家の娘にして第二妃の地位を得た、貴族界のシンデレラ。数年前に亡くなったヴァネッサの産みの親だ。

 彼女は美しい金髪だけでなく、王族かと見紛うほどに鮮やかで深みのある赤い瞳を持っていた。

 そう、まるでヴァネッサのように。

 故に錯乱状態に陥った国王はマリーと見間違えたのだろう。こんなことは初めてだった。


(父親に母親の姿を重ねられるなんて)


 虫唾が走るような心地がする一方で、どこか悲しくも思う。

 ヴァネッサは執事長から目を逸らし、ザワつきを感じながら執務室へと足を速めた。少しして、後ろから革靴特有の足音が聞こえてくる。


(流石に何も言えないみたいね)



★★★



 執務室に着いて、ヴァネッサは執事長と共に書類が保管されているであろう引き出しの内一つを見つめていた。「勝手に探すのはいけない」と顔を青くさせながら止める執事長の手を振り切り、探せる場所は探した。しかし、身分剥奪に関する資料はゼロ。残されたのは、鍵のかかったこの引き出しのみ。


「鍵は?」

「流石にこれは許容できません」

「……そう」


 執事長が発した真剣な声色とは真逆に、ヴァネッサの声はひどくあっさりとしていた。執事長はホッと胸を撫で下ろす。――その時、ヴァネッサの人差し指からシュボッと小さな炎が上がった。

 それはさながら、バーナーのごとく。


「ヴァ、ヴァネッサ様!?」

「大丈夫、大丈夫」

「なにがですか!?」


 執事長が必死に肩を引くもヴァネッサはびくともしない。お姫様の脆弱な体とは訳が違う。

 ゴトン、と音がしたかと思うと、一瞬にして引き出しの中身が丸見えになっていた。


「よし、開いたわ!」

「あ、ああああーー!?」


 執事長が膝から崩れ落ちるも、気にせず中の書類を引っ張り出す。


(えぇと? あ)


 中から一枚の写真が舞い降りた。執事長の手の近くまで落ちたそれに、ヴァネッサはどこか脱力するような感覚に陥る。

 輝かんばかりの金髪に、幸せそうに細められた赤い瞳を持つ美女。隣に立つのは、若かりし頃の国王だろう。頭上で王冠が煌めいている。

 仲睦まじそうに向かい合っているということは、この女性はマリーなのだろう。

 ヴァネッサは窓へと目を向けた。緩くウェーブを描くゴールドの髪に、自我の強そうなガーネットの瞳。


(こうしてみると、本当に似ているわね)


 違うところを見つけ出すなら、ほんの少しヴァネッサの方が顔立ちがキツいかもしれない。身長も少し高いだろう。だが、言われなければ気づかない程度だ。


(この写真が入っていたということは、これらすべてはお母様に関することかしら)


 今にも泣き出しそうな執事長から写真を受け取り、ヴァネッサは書類の上へと重ねた。内容には目を通さずに、ペラペラと軽く捲っていく。


(やっぱり、ないわよね)


 となれば、どこに消えたのだろうか。まさか、用意すらしていないのだろうか。


「ねぇ、陛下は身分剥奪について何かい――」

「ヴァネッサ様!」

「騎士団長。突然どうし――」

「いいから来てくだされ!」

「えっ!? ちょっと、なんですか!」


 扉を吹き飛ばす勢いでやってきたかと思うと、なんの断り入れもなく騎士団長がヴァネッサの腕を引いた。鬼気迫る勢いに戸惑いつつも着いていく。


「失礼します!」

「えっ、今? おそ――きゃっ!?」


 突然ヒョイと持ち上げられ、丸太のように肩の上で抱えられてしまった。

 離すよう言うも、「すみません! 逃げられたくないので!」と大音量で返される。


(逃げられたくないって、いったいどこへ行く……まさか)


 道順には見覚えがあった。ヴァネッサの額に冷や汗が滲む。

 幼き頃に何度も行き来きしたのだから、忘れるはずがない。


「ねぇ、お願いだからおろ――」

「失礼します!」

「きゃっ!」


 騎士団長の動きが止まったかと思うと、願い通りと言えばいいのか、即座にヴァネッサは降ろされた――真っ暗な部屋の中へと。

 彼らの算段を認識するよりもはやく、ヴァネッサは扉へと手をかけた。

 しかし、目の前でガチャリと鍵のかかる音が無常にも響く。


「えっ? ちょっと? 騎士団長様?」


 ドアノブを捻り、扉を叩く。聞こえてきたのは、小さな「すみません」の一言と、「よろしくお願いします!」という無責任な捨て台詞だけだった。

 振り返ることもできずにただ扉にへばりつく。すると、バクバクと鳴る心臓の音に紛れて、衣服と肌が擦れる音がした気がした。


「あね……うえ……?」


 久しぶりに聞いたケネスの声は、国王と同様に弱々しく、吹き飛べば飛びそうなほどに脆くて。

 ヴァネッサは窓を割って逃げ出したいと思いながらも、後ろ髪が引かれるような思いがして振り向いた。

 そして、息を呑む。


 かつて太陽のように眩しいと令嬢たちにもてはやされた美男子の影はなく、それこそ、本当に影になってしまったのではないかと思うほどに暗く、じめじめとした、ただの金髪の青年が膝を抱えて丸くなっていた。

 髪の隙間から覗く彼の赤い瞳は、酸化した血のように黒くドロドロとしていて。あまりにも長い間見つめていれば、その深い闇に呑み込まれてしまいそうだ。


 どことなく視線を彷徨わせていたケネスの目が、ようやくヴァネッサへと向けられた。はっと目を見開くも、弱々しく頭を振り、次いで抱えた。


「幻覚……か」


(いやいやいや。本物よ、本物!)


 そう突っ込みたくなるも、勇気が出ない。

 しかし、どうにかするまで扉が開く気配はない。

 どうしようかと頭をかこうとしたその時、ケネスの腕の中、膝の奥で何か見覚えのあるものが見えた気がした。目を凝らして見てみる。


(えっ、嘘でしょ)


 正直に言って、ヴァネッサは引きかけていた。


(彼が抱きしめているあれ……私が婚約破棄の日に投げ捨てた靴じゃないの!)


 顔を引き攣らせる代わりにヴァネッサの喉がごクリと鳴る。


(これ……割とヤバい状況なんじゃ?)


 さて、どうすればいいだろうか。

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