4話 急ピッチで引き込みます
――お友達になってほしい。
これは、ヒロインであり、ダリウスをバッドエンドから救うための手がかりでもある、シェールとの繋がりを得るために出した言葉だった。それでも、彼女に了承されて嬉しかったのは事実である。
とはいえ、どうにか次に会う約束を取りつけなければならなかった。しかし、いい案が浮かばなかった。そのため、時間稼ぎをするために温泉に誘うことにしたのである。(なんとなくだが、温泉にハマってくれるであろう自身はあった)。
(やっぱり、ここ数年で筋肉が落ちているわね)
フルーツをシェールに渡したヴァネッサは、そっと自身の腕を摘んだ。
護身術を活かして男を投げ飛ばした際に、思っていたよりも苦戦してしまった。蹴り上げる速さも、かつて鍛錬を行っていた時より遅くなっている気がする。
これから体を鍛えようか、それよりもまずは、今目の前にいるシェールとダリウスを繋ぐ方法を考えようか。
そう、ヴァネッサがため息をこぼしかけた時だった。
「教会のみんなも連れてきたいな……」
シェールが嘆息にも近い呟きを発したのは。
彼女の発言にヴァネッサは頬を叩かれたような衝撃を受け、思わず彼女へと目を向けた。
ダリウスと彼女を繋げるいい誘い文句を思いついたからだ。
「ねぇ、教会の近くに山はある?」
「は、はい。ありますが……」
「なら、案内してもらえないかしら?」
どういうことかと頭を傾げるシェール。ヴァネッサは言葉を続けた。
「実は、新たな温泉をつくろうと思っていて、湯脈がありそうな山を探しているの。もし建設できれば教会付近に住む方々の新しい職としても使えるし……どうかしら?」
職の話を切り出したのは、シェールと教会の関係を知ってのことであった。
シェールは孤児であり、孤児院としても機能していた教会に拾われた。そのため、成長してからは教会で働いている。また、シェール以外にも子どもは沢山いる。将来の職の幅が広がるのは悪くない話ではないはずだ。
「あ、あと、地域の活性化にも繋がるわ。旅人の疲れを癒す場所にもなる。もちろん、費用はすべてこちらが持つわ」
「……わかりました。教会が山を管理しているわけではありませんから、断る理由はありません」
「ありがとう!」
微笑んで了承したシェールに、ヴァネッサも笑顔を向けた。
これでダリウスの許可を得られれば、あとは教会で引き合わせるだけだ。
「ところで、貴女はどれくらいの頻度で教会で働いているのかしら?」
「毎日です」
「毎日?」
ヴァネッサの胸がザワついた。
「すごいわね」
冷や汗を抑えながらもそう伝えると、シェールは少し微笑しながら首を横に振った。
「恩返しをしたくて」
「それでもすごいと思うわ。神父様とシスターの三人だけで十何人もの子どもたちのお世話をするなんて、大変だわ」
「そんな……あれ? わたし、ヴァネッサ様に教会でのお話をしましたか?」
ヴァネッサの額に、ついに冷や汗が垂れた。
「あー……山の……名前を教えてくれたじゃない?」
「そうでしたか?」
「ええ! フローズン山、エアバトゥ山、イエローボ山があるんでしょう? そこに教会があって、三人で子どもたちを育てていると聞いたことを思い出したのよ」
「そうでしたか……まさか噂になっているとは知りませんでした」
「たまたまその地域を調べていただけよ」
実際はゲームで見ただけだが。
嘘をついて悪いが、一応は誤魔化せたようでほっと胸を撫で下ろす。
その時、シェールの顔が赤くなっていることに気づいた。
「そろそろ上がらない? これ以上は湯当たりしてしまうわ」
「あ、はい」
ヴァネッサに続いてシェールは温泉から出た。足を滑らせてこけてしまわないよう、手を差し出す。
(よく見たら、腕が細いわね……ちゃんと食べているのかしら?)
そういえば、誰だったか忘れたが、攻略対象とお茶をするイベントがあった気がする。他にもこけかけたシェールを支え、「羽根のように軽いな」という耳が痒くなりそうなセリフもあったような。
(あと、忙しさに朝も昼も抜いたことで倒れたシーンもあったわね。あれは確か――)
ヴァネッサははっと息をのんだ。
冷や汗をかいた原因が、確信へと変わったからだった。
★★★
「こ、こんなにいっぱいいただけません…….!」
シェールはミアから受け取った箱を手に取り、首を振った。
中にはどら焼きが入っている。よかれと思って用意してもらったのだが、逆に気を使わせてしまったようだ。
彼女の手にヴァネッサは自身の手を重ねた。
「いいのよ。休憩所で販売するつもりだから、これも試作品だと思ってくれたらいいわ。それにね、私、自分が考えたものを誰かに食べてもらうことが好きなの」
無理に押し付けるつもりはないが、シェールの目がキラキラ輝いていることは一目瞭然だ。
シェールは一つ口を開閉して、微かに俯いた。温泉の熱が引いていないのか、耳たぶが赤い。
「あ、ありがとうございます……」
「こちらこそ。会えてよかったわ」
「わ、わたしも……会えてよかったです。同年代の、それもこんなに優しい人とお、お友達……になれたのは初めてなんです」
「うっ!」
「ヴァネッサ様!?」
恥ずかしげに、それでいて嬉しげに、ポツポツと言葉を紡ぐシェールの姿がヴァネッサの胸を射抜いた。
咄嗟に服の胸元を掴む。
(流石はヒロイン……かわいいわ!)
「だ、大丈夫ですか?」
「胸痛ですか?」
心配そうにヴァネッサの背を支えるシェールとミア。二人に大丈夫だと声をかけながら、ヴァネッサは丸めていた背筋を元に戻した。
「じゃあ、日程の目処が立ったら手紙を出すわね。またね」
「はい、また。失礼します」
頬を綻ばせ、照れ臭の残る動きで手を振って、シェールが去って行く。
後ろ姿が見えなくなり、ヴァネッサはミアと共に王城へと戻ることにした。
緊張が解けた拍子に、小さく息が吐き出される。
(完全にあの可能性を除外していたわ)
乙女ゲームであるにも関わらず、『Freeze to Love』には誰とも結ばれないルートがある。
――それが『教会ルート』だ。
ゲームでは比較的に行動を自由に選べ、「教会の仕事を手伝う」を選択すると聖力を上げることができる。こうすることで、慈悲深いキャラの好感度を上げやすくなり、また、国への貢献度も上昇する。ダリウスルートの攻略、要するに未来の王妃となるためには、貢献度が非常に重要となる。基準に達しなければバッドエンド(死亡エンド)へ直行だ。
しかし、バランスが非常に重要となっている。この行動を取りすぎると、イベントを逃したり、攻略に必要なその他能力が育たないことになってしまうのた。
そして、このルートに行く。ただし、誰とも結ばれないとはいえ、ヒロインを好きにならない攻略対象とヒロインに振られる攻略対象はいる。ダリウスは後者だ。
振られたショックで氷の力を暴走させ、死亡してしまう。このことに心を痛めたヒロインは、ダリウスが籠った山に行き、氷に巻き込まれて死亡する。
(どう考えても運営がひどすぎる!)
ヴァネッサは耐えきれず頭を抱えた。
「どうしましたか?」
「少し湯当たりしたみたい。大丈夫よ」
数メートル先に現れた王城の門へと目を向けてから、ヴァネッサはミアへと微笑んだ。
(シェールとダリウスが結ばれれば、とりあえず暴走だけは免れることができる。これを保険にして、彼が早死にする原因を見つけ、手を打つのよ)
ちなみに、ダリウスルートの(文字だけの)ハッピーエンドは二つ。前述した早死にエンドか、寿命を全うするが仕事人間と化すかのどちらかだ。
(どちらも原因は述べられていないのよね……また、ケネスが行った儀式のように、知られざる裏側があるというの? それに、寿命を全うしたと書かれていたけれど、短い方だったような……)
普段は楽観的な方のヴァネッサでも、あまりにも読めない未来と重すぎるダリウスの処遇に、不安を感じずにはいられなかった。
「あら?」
ふと、顔を上げて気づく。
もう日が降りかかっているというのに、応接室に明かりが灯っているのだ。
ヴァネッサは頭を捻った。
「来客はもう帰る時間よね?」
「実は――」
ミアが口を開いたその時、ダリウスが窓際へと姿を現した。
どこか呆れと疲れを滲ませた表情に、ヴァネッサは嫌な予感を覚えた。




