幕間 二人の間に死亡フラグが挟まっています
海色の月の光が指す部屋の壁をそっとなぞる。洞窟のようにしっとりとした感覚に、ヴァネッサは人差し指と親指を擦り合わせた。
(なんとか夜には元に戻ったわね)
幸い、ダリウスにはなんの後遺症も残らずに済みそうだ。城が氷に包まれて間もなく目を覚ませたおかげだろう。今は部屋で眠っているとミアから聞いた。夕食は念のため部屋でとったらしいが、すべて食べ切れたそうだ。
懸念するべき要素はあるが、ひとまずはよかったと言ってもいいだろう。
(そう、ひとまずは、ね)
思い出されるのは、気絶する中で聞こえてきた声。
彼の暴走を自身に伝えたのは、恐らくカレンだ。もしかすると、城の中で見た人物も彼女かもしれない。
(彼女も、私と同じく転生者なの?)
しかも、ヴァネッサよりも多くの記憶を所持している。
氷剣を持ち出せたのも、ゲームの記憶があったからできたのだろう。
だが、だとすれば、なぜ力の暴走を自身に伝えたのだろうか。彼女はゲーム通りハリーと結ばれたのだから、わざわざ続編の攻略対象に絡む必要はないはずだ。表面的には悪役をやめた自身を殺そうとした(かもしれない)理由もわからない。
(……もし、彼女が今回の暴走を計画したのだとしたら)
その計画に、ケネスによるヴァネッサの誘拐も含まれていたとしたら。ハリーの落下事故が含まれていたとしたら。
(彼女の目的は、なに?)
「何か思うことがありそうだな」
火竜の眠たげな声にベッドへと目を向ける。彼は体を横たえたまま、目を半開きにしてヴァネッサへと顔を向けていた。気の抜けた表情に昨夜から張りっぱなしだった気が緩む。
そうだ。今考えたとして、彼女のことはわからない。
ヴァネッサは微笑みを浮かべた。
「なんでもありませんわ」
「そうか? なら早く寝るがいい。気になって眠れん」
「ふふ、わかりましたわ」
壁際から離れ、ベッドへと入った。
ダリウスにはミアたちの元へ戻った際に「これからよろしく頼む」と言われた。ヴァネッサは「もちろん。(ダリウス殿下に使える者の一人として)よろしくお願いいたしますわ」と答えていた。これからようやく、ゲームからも死亡フラグからも離れて過ご――せない。
ヴァネッサは勢いよく起き上がった。
「ダリウスルートはバッドエンドオンリーじゃないの!」
「なんだ!?」
「あっ、申し訳ございませんわ。なんでもありませんのよ」
叫んだため、火竜を驚かせてしまったらしい。謝ると彼はため息をついて再び目を閉じた。ヴァネッサは引き続き心の中で焦りを言葉にする。
前作はあまりにもヒロインの死亡率とバッド・メリーバッドエンドが多すぎた。そのためか、続作の『Freeze to Love』ではヒロインはほぼ死なない仕様になっていた。まさかのヒーローたちを犠牲にして。その最たる例がダリウスである。
彼はどのルートでも必ずヒロインのことを好きになった。
そして、ダリウスルート以外では失恋のショックで氷の力が暴走して死亡。ダリウスルートの一番いいエンドは何故か早死。
(結局ぜんぶ死亡エンドじゃないの! バッドエンド同然よ!)
ベッドの中であんまりだと首を振る。その時、重いものが腰に当たった。見下ろしてみると、寝返りを打ったのか、火竜がヴァネッサの腰へ背中を預けていた。スピスピと寝息が聞こえてくる。
(そうよね。私と火竜様がいる時点でゲームの設定から外れているんだから、もしかしたら、どうにかできるかもしれないわよね)
ヴァネッサはグッと拳を握り、空を見上げた。
悪役王女であるヴァネッサを助けた王子は、自身よりも死亡フラグにまみれたヒーローだった。
どうやら、これからも死亡フラグを折り続けなければならないらしい。
(まずはヒロインが現れるまで待つしかないわね)
必ずダリウスを助けてみせる。そう、鼻息を荒くしてヴァネッサはベッドの中へ再び戻ったのだった。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
これにて第一部完結となります。ブクマ、評価、いいねをいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!
次話からはすれ違いと(誰かの)不憫さが増す第二部開始です。死亡フラグと転生要素がついに本気を出してくるかと。




