33話 殿下は生き物に甘いのかもしれません
湯気がたっている温泉饅頭、餡子がぎっしりと詰まったあんパン(エディブルフラワーの塩漬けのせと、いりゴマのせの二種類)、蜂蜜入りでしっとりとしたどら焼き(試作品)。お菓子がたっぷりとのせられたお皿にがっつくミニ火竜を、遠くから見下ろしているのはダリウスだ。
ミアの策略にはまったヴァネッサは、彼女に連れられて執務室を訪れることとなった。そして、説明を終えた所である。
小さく息を落とし、ダリウスがヴァネッサへと振り向いた。
「君はいつも、俺の予想を超えてくるな」
ダリウスは安堵のため息をこぼしたのち、目を細くして言った。
言葉がゆっくりと紡がれ、どこか気恥ずかしさに似たものを感じてしまう。
とはいえ、申し訳なさは感じているため、ヴァネッサは目線をダリウスから床へ戻し、元から下を向いていた頭をより下げた。
「町が燃え落ちないよう行動した結果なのだから、謝る必要はない。火竜も一応は大人しくしていると約束したようだからな。だが」
ダリウスは火竜へと視線を向けた。今度はヴァネッサを真剣な表情で見つめた。
「ちゃんと、責任をもって飼えるのか?」
「我はペットではないぞ」
「きちんとお世話しますわ! 必要なら、皆さんへ協力してもらえるよう説得いたします」
「おい」
ダリウスと同じような表情をした自身の姿が、彼の瞳に映っている。
少しして、ダリウスはフッと微笑んだ。
「まずは小屋を建ててやらねばな」
「ダリウス殿下……!」
「ではペットボウルを用意してきます」
「ミア!」
ヴァネッサは手を組んで喜びを声にのせて二人を見た。ミアは頷いてへ執務室の外へと出ていく。
「我はペットではないと言っているであろう」
火竜がジトリと睨んできた。餡子やらゴマやら、口の周りに食べかすがついた状態のため、怖さが半減している。
「そうか。ちなみに、水浴びはできるのか?」
(そうかと言った割に、ペットらしい言葉選びだわ)
「入ったことがないが、雨に濡れる程度ではなんとも思わん」
(答えるのね)
ダリウスは火竜の返答にこくこくと頷いた。
「そうか。清潔面は大丈夫そうだな。エサの希望は?」
「エサと言うな」
火竜が不機嫌そうに尻尾を床に叩きつけた。ベチンッとかわいらしい音が響き、側に置いてあった棚が揺れた。
「あっ」
棚からインクの瓶が落ちた。みるみるうちに火竜が真っ黒に染まっていく。
火竜の目にインクが垂れ、目をつむって頭をぶんぶんと振っている。その度に小さな炎が当たりへ散っていく。
「失礼いたしますわ」
「何をする!」
ヴァネッサは手を伸ばして抱きかかえた。
「ミアが湯あみの準備をしてくれているので、一緒に入ってきますわ」
「わかった。終わったら食事にしよう」
「その前に、もう一度料理長に説明した方がよさそうですわね」
ヴァネッサとダリウスは扉の下部へと視線を向けた。
そこには、泡を吹いた状態で寝転んでいる料理長の姿があった。
「そうだな」
スチュワートに引き起こされ、部屋の外へと消えていく料理長の姿を眺めて、ダリウスは言った。
(まさか、料理を難なく渡した後にいきなり倒れるなんて)
倒れる間際、彼は「爬虫類はむり」と小さくこぼしていた。仲良くなる希望は薄いが、火竜にうろちょろしないよう伝えておけば、取り敢えずは平和に住んでもらうことができるだろう。
スチュワートが出て行った後、ヴァネッサも続くためにドアノブへと手をかけた。
ふと、あることを思い出す。
「殿下。あの子を私の愛馬にすることは可能ですか?」
「あの暴れ馬のことだな。君がいいのなら構わない」
「ありがとうございますわ!」
ブレイズ王国にいたころでさえ愛馬と呼べる子はいなかった。心が通い合うことが無かったのだ。ウキウキである。
「名前はどうするつもりだ?」
「名前……」
ヴァネッサは頭の中に愛馬を浮かべた。
真っ先に浮かんだのは、つぶらな黒い瞳だった。
「『くろまめ』にしますわ!」
「初めて聞くが、いい名だな」
「でしょう! いつか作りたいと思っている食べ物ですの」
「あやつも料理にしてしまえばいいのに」
火竜がフン、と嫌そうに言った。
「それはできないが、鹿肉なら用意できるだろう」
「悪くな、モゴッ」
火竜の口に、ついにインクが入り込んだ。苦しそうに吐き出そうとしている。
その様子を見て、ヴァネッサはダリウスと共に苦笑した。
★★★
「はぁ~。極楽、極楽!」
温泉がながれる音に、ヴァネッサの盛大な声が混ざる。湯船のふちに頭をかけ、目をつむる。緊張で固まっていた体がふやけていく心地がする。
目を開けると、黄昏の空が窓の外に広がっていた。いつもは夕食後にはいることが多いため、このような景色は新鮮である。
ぼぅ、と景色を眺めていると、隣からぱちゃりと湯が跳ねる音がした。
「ごくらくとはなんだ?」
火竜が湯の張った桶から尻尾を出し、湯船の水面を叩いて遊んでいた。
ヴァネッサは首を傾げる。
「うぅーん。私にもわかりません。何故か言いたくなってしまいますの」
「なんだそれは……む?」
火竜が身を乗り出した。桶がひっくり返らないよう、手を添えて支えてやる。
「何か気になるものがありましたか?」
「あれはなんだ?」
「あれ?」
火竜の視線を追うと、浴場の端に小さな四角い浴槽のようなものがあった。これでもかというほど白い湯気がたっている。
「温泉卵を作ってみているんです」
「温泉卵?」
「はい。その名の通り、卵を高い温度の温泉につけてつくるもので、とろっとした触感、ほんのり感じる温泉の香りと味が特徴ですわ」
「ほう。よさそうだな」
「えぇ! (ゲームに出てくるくらいだから)おいしいはずですわ。本当は醤油やめんつゆにつけて食べたいところなのですけれど、生憎、まだ開発できていなくって」
「貴様のそのアイデアは、どこから湧いてくるのだ」
「えっ? あー……イ、インスピレーション的なものですわ」
火竜は納得がいかないどころか「はぁ?」という顔でヴァネッサを見やった。
「あ、おい」
ヴァネッサは湯船から上がり、桶から火竜を抱き上げた。
「さっ。体が温まり、インクも落とせたことですし、そろそろ上がりましょう!」
「わかったが、いきなり我に触るでない」
「ああ、失礼しました」
「次はない。驚かされることには慣れていないのだ」
「えっ。理由がかわいい」
火竜に睨みつけられ、ヴァネッサはまたもや顔を逸らした。
のぼせたのだろうか。鏡に映る自身の顔は、いつもよりも赤い気がした。照れてなどいないはずなのに。むしろ温まり足りないくらいだ。
(それにしても、醤油ね……確か、大豆からできているのよね)
「はっ!」
「突然声を上げてどうしたのだ」
ふと、ヴァネッサの頭にまた、記憶が戻って来た。
ふんわりとした丸いボディ、もちもち、つぶつぶとした感触。
おはぎ。それも、餡子やきなこを使ったもの。
「またインスピレーションが降りてきました……絶対に美味しいと思います」
「ほう。なら早く上がれ」
「そうですね」
ヴァネッサは頷き、浴場からでた。
そういえば、思いだす記憶がミニゲーム(食べ物と温泉)に関する者ばかりなのは、なぜなのだろう。
(まぁ、火竜との死亡イベントは一応防げたことだし、よしとしましょう)
あとは引き続き、温泉天国と食べ物天国の再現に向けて、平和に行動するのみだ。




