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31話 炎の側で追いかけっこをしましょう

 予想に反する声に、ヴァネッサは口を開けて火竜を見上げていた。


「おい人間。なんだと聞いている」


(やっぱりイケメン、いや、ハンサム? 自ら地に伏したくなるような声だわ!)


「聞いているのか人間」

「わぶっ!?」


 突如、火竜がヴァネッサの真横に火を噴いた。巻き起こる熱風がスカートをめくり、顔面に直撃する。


(苦しくて熱いわ! でも、どこか嫌じゃない)


 それは、火竜の力を持っているからなのだろうか。

 とにかく、これ以上イケメンボイスに聞き入る暇も安全もないため、スカートを戻して交渉を始めることにした。とはいえ、ヴァネッサは交渉術を学んだことがない。ゲームの知識も役立ちそうにない。


「(なら――)あの、お願いをしに来たのですが」

「人間ごときが、願いを聞き入れてもらえると」


 ギロリと火竜が眼光鋭くヴァネッサを睨んだ。思わず身震いをしてしまう。


「失礼であることは承知しております。ですが、このまま町を燃やされるわけにはいきません」

「ほう。では、我を止めに来たということか」

「そ、そういうことに、なりますわね」

「貴様のような、脆弱な人間の小娘が、か」


 これは愉快だと、火竜は空を仰いで高笑いをした。その声まで憎ましいほどイケメンである。


「!」


 突然、火竜がヴァネッサへと顔を寄せた。じりじりと頬を焼くような熱を感じる。体温が人間よりはるかに高いのだ。


「随分となめられたものだな」

「うっ!?」


 ボウッと音をたて、ヴァネッサの体は火竜の吐いた炎に包まれた。暴走した自身が出したよりもはるかに熱く、赤黒く、キラキラとしていて、それでいて――


「気持ちいいですわ」

「なに?」


 例えるならば、サウナにいるような感覚がする。

 だが、それだけではない。炎の側面から体の芯へと、生命のエネルギーのようなものが駆け巡っていくのだ。


(それに、体が軽くなった気がするわ)


 試しにその場で屈伸運動をしてみる。やはり、今朝ストレッチとして行った時よりも、格段に動きやすくなっていた。


「そうか。人間、貴様は王家の血を継いでいるのか」

「あっ」


 火竜の声が炎の壁越しに聞こえたかと思うと、目の前には火竜と森が広がっていた。一瞬にしてエネルギーが外へ抜け出る感覚がし、ヴァネッサはその場にしゃがみ込んだ。どくどくと波打つ胸を抑え、火竜を見やる。


「また答えぬつもりか」

「えっ、あ、はい! 私は王族ですわ。元ですけれど」

「元? まぁいい。なら、貴様が我を起こしたのだな」

「いえ、私は起こしていませんわ。ん? 火竜……様を目覚めさせたのは、王族なのですね?」

「嘘をつくでない。貴様と同じ力を火山で感じたのだ」

「私がここへ来たのは初めてですわ」


 そう伝えるも。火竜は信じていないようで。


(火竜覚醒に力持ちの誰かが関わっているのなら、それは恐らくケネスね。私は記憶にないし、事なかれ主義の陛下が危険だとわかっていることをするはずがないもの。お兄様はゲームに登場してすらいないし)


 だが、同じ力を持っている、とはどういうことなのだろうか。血のつながっているケネスと兄の力が似ているのならわかるが。


「次に我を無視すれば、この辺り一帯を燃やし尽くすぞ」

「も、申し訳ございません! ちゃんと答えますわ!」


 火竜に脅され、ヴァネッサは下がりかけていた頭を慌てて上げた。火竜は呆れたように鼻から息を出した。


「眠りから覚めて、我は非常に機嫌が悪い。だが、それに見合う理由を述べることができたなら、多少配慮してやらんでもない」

「その、まず、火竜様を目覚めさせたのは私ではなく、弟だと思います」

「また嘘をつくつもりか」

「本当なのです!」

「なら、その弟を呼んで見せろ」

「それは」


 言葉に詰まるヴァネッサを見下ろす目が、三日月形に細められた。


「火竜様にお見せする前に、私が彼に殺されてしまうかと。だから私は王女の身分を捨て、平民として他国へ移り住むことにしたのです」

「ではなぜここにいる」

「町に被害が及ばないか、心配したからですわ」

「戯けたことを。貴様のような弱い人間にはどうすることもできまいというのに」


 火竜の言うとおりである。だが、なにもせずにやられるつもりはない。

 ゲームでは火竜を倒すことはできなかった。しかし、数分間戦ったその武力と勇気を湛え、国への攻撃を止めてくれるのだ。その時に火竜が何かを質問し、カレンとケネスが答えるシーンがあったが、そこの記憶はない。もしかしたら、そこに行きつくまでに攻略をあきらめてしまったのかもしれない。

 ヴァネッサは膝をつき、首を垂れた。


「お願いいたします。どうか、もう一度お眠りになっていただけませんか? 私の命でいいのであれば、差し出してもかまいません」


 このようなこと、高慢ちきなヴァネッサはしたこともなかった。ましてや、自分だけでなく他人のために動くことさえも。ゲームの記憶を取り戻しただけで、人はここまで変われるのだなと、自分でも少し驚いてしまう。

 頭を下げたままでいると、頭上からまたもや笑い声が聞こえてきた。


「お人好しとはまさにこのことだな。それとも、心の奥で何かを企んでいるか」

「企んでなど――」

「いいだろう」

「えっ?」


 バサリと音をたて、旋風がヴァネッサの頬に切り傷を付けた。咄嗟に顔を上げると、火竜がギラギラとした瞳で空に舞い上がっている姿が見えた。


「一つ追いかけっこをしよう。さすれば、疲れて眠りにつくかもしれん」


 ヴァネッサの額に冷や汗が垂れた。


「我を楽しませてみせよ、人間」


 赤い翼に炎が灯る。踵を返して走り出したヴァネッサを、バサバサと音をたてながら熱風が追い立ててくる。

 火竜と追いかけっこなど、冗談じゃない。


(でも、やってやるわ!)


 ヴァネッサは炎の力を持つだけでなく、他の令嬢たちに比べて、力も体力もあるのだから。



★★★



「って、これのどこが追いかけっこなのよーー!!」


 火炎にえぐれていく地面、ぶすぶすと音をたてながら黒焦げになる木々たち。

 ヴァネッサは火山の周囲を駆けまわっていた。もちろん、火竜の吐く炎に襲われながら。

 服の端々は焼けて焦げ臭いにおいを放っている。後ろを振り向く余裕がなく、勘で避けてきたためだろう。

 すくなくとも追いかけ「っこ」ではない。わかってはいたが。


「どうした。足の運びが遅くなってきたのではないか?」

「くっ」


 ギッと空を睨むと、愉快だとでもいうのか、火竜は口の端を吊り上げた。次いで炎のブレスが飛んでくる。

 ヴァネッサはさっと隣の穴へと飛び降り、そのまま反対側へと転がり立ち上がる。


(っと! だんだん狙いを定めてきたわね)


 それもそうだ。もし本気を出していたら、すでにヴァネッサは骨となっていただろう。いや、もしかしたら灰すら残らないかもしれない。

 炎の力を持っているとはいえ、その元となる火竜の本気の力に耐えることはできないだろう。


(私が死ぬか、火竜が飽きるまで続けるつもりかも。なにか、なにかないかしら?)


 その時、ふとヴァネッサはミアから袋をもらったことを思い出した。逃げながらも紐を引き、中を確認してみる。


(確か、傷薬と回復薬は入っているって言っていたわね。まずはそれを使って延長を――あっ!)


 睡眠薬の文字が見え、ヴァネッサは袋に手を突っ込んだ。

 足を止め、火竜へと体を向ける。様子がおかしいと思ったのか、火竜自ら地面に降りてくれた。


「どうした。もう終わ、モガッ」


 ヴァネッサは意を決し、開かれた火竜の口へと睡眠薬を入れた。噛みちぎられないよう、すぐさま腕を引く。

 火竜はヴァネッサを睨んだ。その目は怒りに染まっている。


「貴様、何を……なに、を……?」


(やったわ! だんだんと話す速度が遅く――ん?)


 火竜は何故か、首を傾け、黙って口をもぐもぐとさせている。その様子にヴァネッサの首も傾いていく。

 一向に眠る様子がなく、ヴァネッサは袋の中を見た。そこには睡眠薬が入っている。


(あれ!? 私、何をいれたの!?)

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