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30話 乙女に優しくない乙女ゲームでした

 馬の蹄が地面を蹴飛ばす音が森の中に響く。舗装された道を使うより、森と山を越えた方が目的地にはるかに早く着くからだ。

 先を見据えるヴァネッサの胸は激しく波打っている。


――火竜の覚醒


 それは、ヴァネッサだけでなく数多くの人々の死を招くものであった。

 このイベントはどのルートでも起きるが、ヒロインの行動とヴァネッサの死因はその都度異なる。確定しているのは、火山のふもとに位置する町が焼けることだ。その時の人々が苦しむ描写が細かく、リアリティがあって、多くのプレイヤーにトラウマを植え付けたらしい。自身もそのうちの一人だ。

 あのような悲劇が起こるとわかっておきながら、何もせずにいるなどできなかった。


(だからノープランで走り出しちゃったのよね! あぁもう、どうしましょう!)


 頭を抑えたい衝動に駆られながらも、ヴァネッサは手綱を握り、記憶をより鮮明化させていく。

 火竜はまず、目を覚ましたのち、ウォームアップとして彼が眠っていた火山一帯を燃やし尽くす。ゲームでは、目を覚ましてから山を焼くまで、一週間も経っていなかった気がする。地響きが起こった日に目を覚ましたと仮定すれば、恐らく今日か明日には行動に移すだろう。急がねばならない。


(どうか、どうか間に合って……!)


 焦る鼓動を抑えようとギュッと胸元の服を握った。その時、蹄の音が複数に重なった。


「ヴァネッサ!」

「ダリウス殿下!? ミアまで!」


 振り返ると、そこにはダリウスとミアが馬を走らせる姿が見えた。ヴァネッサが乗っている馬は最も速く走ることが出来るため、なかなか距離は縮まらない。

 減速して並走する。


「なぜ追いかけてきたのですか」

「何も言わずに出ていくからだ。何をするつもりだ?」

「それは」


 ヴァネッサは言葉に詰まった。どう説明すれば彼に納得してもらえるだろうか。


(危険を冒すことになるとわかっているのに、彼をこのまま連れて行くようなこともしたくない。どうにか一人で行けるよう、伝え方を考えないと……そうだわ!)


「火竜に呼ばれた気がしたのです。きっと、私にしか彼を鎮めることはできませんわ。それに、ブレイズ王国の騎士団が向かったとして間に合わないでしょう。火竜が住む火山へはこの場所からの方が近いですし。急ぎますので、殿下は王城へ帰ってくださいな」

「なら、俺も同行しよう」

「大丈夫ですわ。殿下はこの国の唯一の王子ですから、命を落とすわけにはいかないでしょう?」

「誰だって、命を落とすわけにはいかないだろう」


 諭すような目で見つめられ、ヴァネッサはまたもや言葉に詰まった。


「そうですけれど、その……わかるのです。私一人で行かなければならないと。また、殿下は氷の力を持っていらっしゃるでしょう? そのことを火竜がどう思うかわからないではありませんか。刺激するような素材は少ない方がいいです」


 ヴァネッサの言葉に、今度はダリウスが言葉に詰まった。グッと唇を噛む。


「……わかった。だが、頼むから、自分の命を投げうつようなことだけは、しないでくれ」

「わかりました」


 何か言いたげなダリウスと視線を交わし、ヴァネッサは前を向いた。蹄の音が遠ざかっていく。


「ヴァネッサ様」

「どうしたの?」

「こちらを」


 ミアが背中から紐を外し、何かが入った袋を差し出した。受け取り、これはなんだと顔を上げる。


「回復薬や傷薬を、すぐに用意できるだけ詰め込んでおきました。使うとこが無ければいいのですが」

「ありがとう、ミア」


 そう言うと、ミアは頷いた。そして踵を返して走り去っていった。


「よし、急ぐわよ!」

「ヒヒィン!」

「いい返事ね」


 グッと手綱を引き、ヴァネッサは再び速度を上げた。


(でも、間に合ったとして、止められるかは別なのよね。どうしようかしら)


 ではまず、ゲームではどのようなことが起こったか。ハリーとケネスルートでのことを思い出してみることしよう。


 まずハリールートでは、町の状況把握と修繕のために、騎士団が駆り出される。その中にはもちろんハリーもいるわけで、「危ないから待っていて」と言われたにもかかわらず、カレンは荷台に隠れてついていく。そして、惨状を目の当たりにしてショックを受けながらも、懸命に治療を手伝う。その姿にハリーたちは胸を打たれ、社交界でもいい意味で注目を浴びるようになる。

 なお、火竜はその後、国中を暴れまわり、ヒロインの貢献度合いが低いとどさくさに紛れてヴァネッサは焼き尽くされる。文字通り飛び火である。なぜだ。

 次いでケネスルートは突っ込みどころが多く、ヒロイン、ヴァネッサ共に死亡フラグ祭りであった。まず、王子としてなぜか騎士団を率いることとなったケネスに、やはりカレンはついていく。だが、ここからがハリーとは違う。なんと、焼け落ちた街に火竜が戻ってくるのだ。


 そして、なぜか急にアクションバトルが始まる。


 操作方法は画面に提示されたボタンを押す、長押しする、連打するというもの。ボタンが複数現れることもあり、初見殺し要素がたっぷりと盛り込まれていた。

 その難易度はケネスルートを諦める者が続出したほど。

 倒せたと思った瞬間にボタンが表示され、間に合わずに火竜の咆哮に吹き飛ばされた瞬間の、あの絶望と言ったらない。なんせ、バトル中セーブなどなかったからだ。

 しかし、一度なら攻撃を受けてもカレンたちがやられることはない。ヴァネッサが代わりに犠牲になるからだ。嫁いだ家が近くにあり、たまたま逃げ遅れていた自身がカレンをかばうのだ。

『こうしたら、私は貴女に、永遠に残る傷跡をつけられるのかしら?』

 暗転した画面に流れるこのボイスを何度聞いたことか。

 ヴァネッサは孤独さからカレンを憎み、羨んでいた。しかし、彼女の死は望んでいなかったのだと、心の奥では友達になりたいとさえ思っていたのではないかと、考察用の掲示板を少し騒がせたセリフである。同じヴァネッサのことでも、過去が完全に吹っ切れた今の自分にはわからない。


(まぁ、今回はハリールートだし、事前に町が焼かれないよう止めに行くわけだから、こんなセリフを言うはずがないのだけれど)


 だが、戦う必要はあるかもしれない。

 穏便に話し合いで解決したいとは思うが、相手は永き時を生きる竜。しかもゲームでは「気の向くままに、虫を殺すかのように、火竜は町へと火を噴いた」などと書かれていた。


「私にできるかしら……ううん、やるしかないわよね」


 ヴァネッサはふぅと息を吐き、気かづいてくる熱気を感じながら意気込んだ。


(あ、そういえば)


 一つ引っかかることがある。

 イベント開始が早すぎるのだ。ゲームでは、ヴァネッサの力の暴走から約三か月後に起こっていたはずである。


(まさか、悪役である私がゲームの世界から離れたことで、なにか異変が起こっているの?)


「ううん……ん?」


 ふと、馬が減速した気がした。気付けば目的の火山の下に来ており、ヴァネッサは馬を止めた。降りて頭を撫でてやる。


「ご苦労様。ここからは私がーーキャッ!」


 突然、熱風がブワリとヴァネッサを撫でつけた。あまりの熱さと風圧に目を閉じる。それでもヴァネッサは片手を伸ばし、遠くへ走るよう馬の背を叩いた。


 ズシン、と不穏な音がヴァネッサの前で、地鳴りとともに響いた。


「ツッ!」


 目を開け、息を吞む。

 赤く艶めく、大きな鱗。隙間からは溶岩のような光が射す。黒曜石のような爪は地面をえぐり、象牙のように太く鋭い牙からは、熱い息が蒸気船のような音をたてて吐き出された。

 爛々と輝く琥珀色の瞳が、鋭くヴァネッサを見下ろす。


「火竜直々に出迎えてくれるなんてね」


 その姿は、スチルで見たよりもずっと禍々しく、恐ろしく、それでいて神々しかった。


(今にも逃げ出したいくらい怖いけれどね!!)


 ギュッとヴァネッサは服の袖を掴む。その時、火竜がスッと顔を引いた。


(今から燃やすつも――もしかして、私の存在に気付いていないの!?)


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 ピタリと火竜の動きが止まった。次いでキョロキョロと辺りを見回し始める。


「ここです、ここ! 貴方のすぐ下にいますわ!」

「…………」


 ゆっくりと火竜が下を向いた。鋭い眼光がヴァネッサを射抜く。あまりの恐怖に全身が粟立つ。

 すると、火竜が口を開いた。


(えっ、まさか燃やされ――)


「なんだ人間」


(しゃ、喋った!?)


 喉を震わせる火竜から出された声は、割といい低音&イケメンボイスであった。

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