28話 殿下は時々いじわるです
「本当にシャーベットのお代わりをしなくてもよかったのか? ミアから以前、五杯食べたと聞いていたのだが」
「はい! あれ以上食べたら、体が冷えてしまいそうでしたもの」
「そうか」
シャーベットを食べ終え、店を出たヴァネッサたちはまた別のお店へ向かうべく歩いていた。ダリウスの質問に答えると、彼は真顔で頷いた。
「次はどこへ向かいますの?」
「宝石店へ行く。ドレスにはアクセサリーが必要だろう」
「えっ」
「どうした」
先ほどからヴァネッサ関連の買い物しかしていない。食事だって自身が選んだ場所だ。
(でも断ったら、それはそれで彼の気分を下げてしまうかも。私も楽しむって決めたのに)
アクセサリーまでいらない。そう伝えようとした口を閉じ、視線を移した。
その時、視線の先に小さなテント小屋が連なっている、マーケットのようなものが見えた。
ヴァネッサの視線に気づいたのか、ダリウスが足を止めた。
「気になるのか」
「はい。あれはなんですか?」
「ラヴィーネ・マーケットだ」
聞いたことがあるような、ないような気がして、ヴァネッサは小首を傾げた。
「この国は氷狼の――」
ダリウスはほんの一瞬、迷いを見せた。視線を向けるとすぐに話を続けた。
「氷狼の恩恵を受けているんだ」
「ブレイズ王国と同じですね。こちらは火竜ですけれど。だから殿下には氷の力があるのですね」
「ああ、君と似たようなものだ」
ダリウスは表情を変えずこくりと頷いた。
この国の名前はアヴァランシェであるのに、なぜマーケットの名前は違うのだろうか。前者が王家に関連する名前だとすると――
「ラヴィーネは氷狼の名前ですか?」
「いや、違う。ラヴィーネは氷狼と結ばれた少女の名前だ。二人の出逢いを祝し、毎月決まった日に彼女の名前を冠したマーケットが開催される」
「おぉ……!」
予想とは違い、ロマンチックな回答が返って来た。思わず小さな声を漏らしてしまう。
ちなみに、火竜にそのような逸話はない。人を殺めた記録ばかりである。今は火山の奥深くで眠っているのだとか。そのまま永遠に眠っていてほしいものである。
「お二人は結ばれた後どうなったのですか?」
「……気になるのなら、王城の図書室で調べてみるといい」
「わかりましたわ! ふふ、どんなお話か楽しみです。きっとロマンチックなのでしょうね」
「どうだろうな」
意味深な彼の言葉に、ヴァネッサはまた小首を傾げた。
異類婚姻譚のラストは悲しいものが多い。無事に結ばれたとしても、寿命の違いで人間が先立ち、悲しみに暮れることもある。
(そういえば、氷狼は今も生きているのかしら? 竜とは違い、狼だし――)
「あっ!」
「どうした」
ヴァネッサはマーケットの一角を指さした。そこには、拳よりやや大きめな丸いものが並んでいた。白色、茶色、ピンク色、黄色など、様々な色のものがある。届いてきたのは、こってりとした甘い香り。
駆けて行くと、さらに甘い香りが食欲を刺激した。
「美味しそうなお菓子がありますわ!」
振り向いた先にダリウスはいなかった。
「えっ、殿下!?」
ダリウスは既に隣に来ていた。驚いている店主の前でお菓子を眺めている。
「これはなんという菓子だ?」
「あ、えぇと、雪玉というお菓子で、クッキー生地を丸めて揚げています。最もポピュラーなものが、こちらの粉砂糖をまぶしたもので、一番人気です」
店主がさした雪玉は真っ白で、細かな雪を振りかけたような見た目をしていた。
「確かに雪玉に似ていますね。食べられる雪玉って、とっても夢がありますわ」
「では二つ頂こう」
「はい! ありがとうございます。食べ歩きは――されませんよね。箱に詰めさせていただきます」
「いや、いい。食べ歩けるよう紙に包んでくれ」
「えっ!?」
王族が食べ歩きをするのかと、店主は驚きの声を上げた。ヴァネッサも意外で、目をぱちくりとさせながらダリウスを見た。
視線に気づいたダリウスもまた、頭をかしげた。
「食べるつもりではなかったのか?」
「いいのですか?」
「何がだ?」
ヴァネッサに雪玉を渡し、ダリウスは彼の手に残された方の雪玉を食べた。
「甘いな」
「んふっ」
雪玉を離したダリウスの姿を見て、ヴァネッサは笑ってしまった。口の周りが粉砂糖で真っ白なのだ。
変に耐えようとしたせいか、鼻息で粉砂糖が飛んでいく。
「どうした?」
「失礼いたします」
スチュワートが手鏡をダリウスへと差し出した。その隣ではミアが雪玉を食べている。毒味をしているのかもしれない。
「む」
ダリウスの耳が微かに赤くなっていく。次いで口元を拭い、じっと雪玉を見つめた。どのようにして食べるか考えているのだろう。その姿が幼く見えて、ヴァネッサはくすりと笑みをこぼした。
「今日はこのままマーケットを回りませんか?」
「君が望むのなら」
そう言ってダリウスはまた、口を真っ白にさせた。ヴァネッサも雪玉にかぶりつく。すると、ミアがスッと二人の横に出てきた。
「ダリウス殿下、ヴァネッサ様。このようにしてお食べになられてはいかがですか」
ミアは紙に包んだ状態で雪玉を小さく割り、その内の一つを口の中へ入れた。白くなったのは彼女の親指と人差し指だけだ。
「もう少し早く言えばよかったですね」
ぺこりとお辞儀をしたミアの前に立っているダリウスの手には、粉砂糖が残された紙があるだけだった。
★★★
マーケットには個性豊かな商品が目白押しだった。日用品に食料品、雑貨や本まで。なんでもそろいそうな勢いだ。規模も広く、歩いても、歩いても先が見えない。
「あっ!」
ふと、ぬいぐるみが売っている店を見つけ、ヴァネッサは駆け寄った。そこにいた一匹のぬいぐるみ、黒い狼のようなぬいぐるみを手に取る。少し色が濃いが青い瞳をしている。
「それが気に入ったのか」
「ええ! 殿下そっくりですわ!」
「俺に?」
支払いをしているスチュワートの横で、ダリウスが眉根を寄せた。
ヴァネッサは彼の隣にぬいぐるみを並ばせてみた。二人(匹)してじーっとこちらを見つめてくる。
(か、かわいい!)
なんらかのご都合魔法薬でもかかって、彼に狼の耳でも生えないだろうか。据え置きはともかく、アプリタイプの乙女ゲームのイベントで何度も見てきた。美形とぬいぐるみ、美形とケモ耳の組み合わせは最高である。
「このキュッとしたお口と、宝石のように澄んだ瞳、落ち着いた黒い毛が特に似ていると思います」
よこしまな考えに萌える心を鎮めながら、ヴァネッサはぬいぐるみを抱き寄せた。すると、自身に抱かれるぬいぐるみを見つめたのち、ダリウスは視線を棚へと移した。
「なら……これは君だな」
ダリウスが棚から取り出したのは、赤い瞳を持つクリーム色のウサギのぬいぐるみだった。頭をむんずと掴まれているため、自分と似ていると言われてやや複雑な気持ちになってしまう。
「色が似ていますね」
「ああ。あとかわいいところも」
「かわっ!?」
(またそういうことを言って!)
恥ずかしくて口をパクパクとさせると、ダリウスは静かに目を細めた。そしてぬいぐるみへと視線を戻す。
「目を離すとすぐどこかに行くから犬に似ていると思うのだが、赤い目の犬はいなかったからな」
「犬」
「ああ」
真顔で頷くダリウスに、ヴァネッサは苦笑した。
いっそのこと、逆行するのではなく、犬に変われたらよかったのかもしれない。ケネスが大の犬嫌いだからだ。鳴き声が聞こえたら顔面を真っ青にさせて固まるほどに。
(あ、でも、それだとこうして殿下とお買い物をすることはできないのよね)
おいしいごはんだって、食べられなかっただろう。温泉は楽しむことができるかもしれないが、人間と共に入ることは難しいだろう。毛だらけになるからだ。
(なら、今のままでよかったのかも)
ぬいぐるみを抱く腕に力を込めた。その時、何かが光ったような気がした。
パッと顔を上げると、宝石を使った小物を扱うお店があった。犬のぬいぐるみを物色しだしたダリウスの側から離れる。
店の前に立つと、ひときわヴァネッサの目を引くものがあった。ダリウスの瞳と同じ色をした宝石がはめ込まれた万年筆だった。ポケットマネーを使い、購入してみる。
「何か気になるものはあったか?」
「でっ、殿下!?」
突如背後から声をかけられ、ヴァネッサは大きく背中をのけぞらせた。
「いえ、なんでもありませんわ! それより、あれを見に行きたいです」
「ゴーストハウスにか?」
「えっ」
自身がとっさに指した方向をみると、おどろおどろしい雰囲気を放つ小さな館が見えた。
「見間違えました。絶対に行きたくありません」
「そうか。君の怖がる姿も見てみたかったが」
そう、真顔でダリウスは言った。次いでマーケットの奥へとまた歩き出す。
やはり、ところどころ彼はいじわるだ。
★★★
夕食のビーフシチューを食べ終え、ヴァネッサは店の階段を降りていた。マーケットが思っていたよりもはるかに広く、また、目を引く者が多く、予定よりも遅くに店についてしまった。そのためか、返るころにはヴァネッサたち以外の客はほとんどいなくなっていた。
しかし、そのおかげで比較的リラックスして食事を楽しめた気がする。
「今日はありがとうございました。殿下のおかげで楽しかったですわ」
「ならよかった」
ヴァネッサに手を貸しながら先を行くダリウス。ふと、疑問を口にしてみることにした。
「殿下は他の使用人の方にも同じように接していらっしゃるのですか?」
ダリウスの方がピクリと揺れた。
「君は使用人とは違うだろう」
「では、何ですか?」
ここまでよくしてもらう理由も、あの夜の言葉の意味も聞けていない。
「……俺でもわからない。君のことをどう思っているのかも。だから、こうして君と過ごすことで解明しようとしている」
「か、解明」
「だが、君がここにいたくないと思ったら、俺と共にいる覚悟が持てないというのなら、いつでも出て行ってくれてかまわない」
「共にいる覚悟とは?」
またあやふやな物言いをするので、ヴァネッサは今度こそ尋ね返した。
「俺は恐らく、君を好ましく感じている」
ヴァネッサの胸がドクリと動いた。
「でも、この気持ちが君が教えてくれたようなものなのか、永遠に続くようなものなのかがわからない。だから、君と共に見極めたいんだ」
「そ――きゃっ!」
あまりにも頭が混乱して、ヴァネッサは足を踏み外してしまった。その腰をダリウスが引き寄せる。
鏡を見なくてもわかる。きっと、今の自身は顔を真っ赤にしているのだろう。
「も、申し訳ございません!」
このままでは水晶のような瞳に飲み込まれてしまいそうで、半ば乱暴にヴァネッサは体を押しのけた。
ふと、ダリウスが首を傾げた。
「おかしいな」
「な、何がですか」
「俺のこの難解な気持ちは、恋でも愛でもないのかもしれない。君が依然言っていた内容とは違った願望があることに、今、気付いた」
ヴァネッサの火照る頬に、ダリウスの冷えた手が触れた。
「君のことを、いじめてみたい」
ダリウスの小指が首筋に触れた。
「もっと、恥じらう姿を見てみたい」
羞恥と混乱で、ヴァネッサの頭は停止してしまっていた。
「その瞳から、涙をこぼす姿を見てみたい」
思考回路はショート寸前どころか完全に打ち切られてしまった。
「こんなひどい願望を抱くなんて、俺はやはり――ヴァネッサ?」
胸を抑えるヴァネッサの意識は、ここでフッと途切れた。




