27話 氷菓子は溶けると甘さを増すそうです
ウニをふんだんに使い、オレンジがかった濃厚なクリームパスタは絶品だった。上にかけられた黒コショウが、見た目と味ともによいアクセントになっており、食欲をかきたてた。肝心のウニは新鮮で、青臭さがなく、舌触りはなめらか。スプーンでクリームと共にすくって口に含むと、とろっと解れ、舌を動かさずとも一瞬にして溶けてしまった。そのままヴァネッサの舌まで溶けてしまいそうだった。
白ワインを使っているのか、フルーティーさもあった。濃厚なのにくどくない。故にどんどん食が進む。冬になれば蟹のクリームパスタも出すらしい。それもきっとおいしいのだろう。
(そして今は、お待ちかねのレモンシャーベットを待っている。 あぁ、幸せだわ!)
昼食後、食べ足りなさを感じたヴァネッサは、先にシャーベットを食べてしまうことにしたのだ。ヴァネッサたちが案内されたのは、ダリウスが予約をしてくれたというテラス席。ここでは広場を見下ろすことができ、色鮮やかな花々と澄んだ青空を眺めながら、シャーベットや会話を楽しむことができるようだ。
ワクワクとした心地で外を眺めていると、大衆浴場が目に入った。初日から大盛況のようで、町の人々が列を成していた。出てくる人はみな、顔をほてらせ、湯気をたたせ、笑顔を浮かべている。ほっこりとした穏やかな笑顔だ。
(ここに休憩所が加わることで、もっとリラックスしてもらいたいな。湯冷め防止にもなるだろうしね。美味しいものを食べて、もっと幸せな気持ちになってもらいたい)
ヴァネッサは微笑み、頷いた。次いでダリウスへと視線を向ける。
「私、大衆浴場の隣に休憩所を作ろうと思っていますの。温泉饅頭やコーヒー牛乳をはじめとして、様々な食べ物を提供しようと思っています」
「いいんじゃないか」
腕を組んでいたダリウスは、真顔で頷いた。
賛成してもらったことで、身の言ったことがいい案のように感じられた。よりやる気が出たヴァネッサは、もう一つ、質問をしてみることにした。
「おこがましいお願いであることは重々承知しているのですが、その、よろしければ、休憩所が完成するまで王城へ置いていただけませんか?」
「待ってくれ。出ていくつもりなのか?」
「えっ? はい」
恐る恐る尋ねたが、予想もしない質問が返ってきた。少し表情筋が動いたダリウスに、ヴァネッサは小首を傾げて頷いた。
気のせいだろうか。彼の側に置かれていた植木鉢に、ほんの一瞬、氷の結晶が張ったような気がした。今見ても何ともない。
「元々、仕事を見つけたら出ていく約束だったではありませんか」
「そうだったか?」
(えぇ!? どんなつもりで私を置かれていたのかしら)
「このまま殿下のすねをかじるつもりはありません。約束通り出ていきますわ」
「だが、この前のことはどう――いや、これはまだ早いよな」
「何がですか?」
そう尋ねると、ダリウスは「ふむ」と口元に手をやった。
「なにも王宮から出ずとも、取り敢えず温泉係として働けばいいのではないか」
「おっ、温泉係!?」
「ああ」
ダリウスはまた、真顔で頷いた。
(そんな係、聞いたことがないわ!)
「それに君は生活力がない」
「うっ!」
「王城にいれば、あ、いや、働けば、家事のすべてはみなが受け持ってくれる」
「ううっ」
「今まで食事の開発を手伝ってくれた料理長の料理を、これからも食べることができる」
「……」
「失礼いたします」
扉がノックされ、店員がバルコニーへと入って来た。
黙ってしまったヴァネッサの前に、レモンシャーベットが置かれた。
店員が出て行ったことを確認し、ダリウスはヴァネッサへと目を向けた。ヴァネッサはそっと目線を逸らす。
「考えておいてくれ」
「わかりましたわ」
(こんな提案をしてもらえるとは、夢にも思わなかったわ)
「食べないのか」
「あっ、いえ! いただきます!」
ヴァネッサは頭を振り、今はシャーベットへ集中することにした。
スプーンを差し込む前に、まずは観察してみる。きめ細やかな氷の粒にはレモンピールが混ざり、かわいらしい水玉模様を描いている。上にのせられたミントの葉はピンと張っており、小ぶりな姿がかわいらしい。色の組み合わせも爽やか。濃厚パスタの後に食べる、爽やかシャーベット。
(見ているだけでおいしさを感じてしまうわ!)
シャーベットに対する期待値が最大値へ達し、ヴァネッサはスプーンを手に取った。すくいやすいよう温められているのか、力を入れずともスッと入っていく。少し溶けたシャーベットが再び冷やされ、スプーンの下で盛り上がった。その表面はツヤツヤしている。
口元にスプーンを持っていくだけで、シャープで、夏の日の晴れた早朝を思わせる爽やかな酸味が鼻を通っていく。そして、かすかな苦さを残し、去っていく。切なさを感じさせるところまで、そっくりだった。
ようやく口に含むと、香りに反して甘く、まろやかな酸味が舌を撫でた。雪のようにふわりとした冷たさが心地いい。
ほぅ、とヴァネッサが息を零すと、クスリと小さな笑い声が前から聞こえてきた。再びシャーベットへとスプーンを突き刺した手をとめ、顔を上げる。
ダリウスは目を閉じ、優美にコーヒーカップを傾けていた。
「今、笑いませんでしたか?」
「君はいつも美味しそうに食べるなと思っただけだ」
「はあ」
「そうですか」とも「そんなことないです」とも言えず、ヴァネッサはただ相づちを打った。悪いことを言われていないことはわかるため、気にせずシャーベットを口に含んだ。
(んん~! やっぱり美味しい!)
ふと、目線を感じて、また顔を上げてみる。するとダリウスと目が合った。真顔である。
「どうしましたか?」
「なにがだ」
「(気のせいかしら)なんでもないです」
シャーベットへと顔を戻し、今度は大きめにすくってみた。レモンの酸っぱさと、シャーベットの冷たさがガツンと伝わり、思わず目を閉じる。
(刺激的だわ! でも美味しい! ん?)
またもや視線を感じ、ヴァネッサは目を開けた。そこではやはり、ダリウスが真顔でコーヒーカップを片手にこちらを見ていた。
(顔に何かついているのかしら?)
手鏡を取り出し、自身の顔をまじまじと見てみるも、それらしきものは見当たらない。
(んん~?)
「どうした、何か変な味でもしたか?」
「いえ、とっても美味しいですわ!」
「そうか」
そう言って、ダリウスはカップへと口づけた。ヴァネッサもシャーベットを口に含む。
(なんだか変な感じだわ)
ほんの少し溶けたシャーベットは、より甘さが感じられた。その絡みつくような甘さに、ヴァネッサは喉の渇きを覚えたのだった。




