26話 空腹のマネキンになりました
フリルとレースたっぷりのブラウスに、精巧なデザインの白いハンドウェアと、胸元で光るブルーサファイア。それらをドレスと共に身につけ、鏡の前に立つ自身の姿を見、ヴァネッサは小さくため息をついた。
視線の先では、ダリウスとブティックの女性オーナーが熱く議論しあっていた。
「やはり彼女の瞳に合わせ、暖色を使った方がいいのだろうか」
「ですが、今お召しになっている紺色は、星のように輝かしい金髪とマッチしているように思います」
「同感だ。ではこちらもいただこう。他には」
「殿下、こちらはいかがでしょうか?」
オーナーはサッと深紅のドレスを手に取り、ダリウスに見せた。
「少し首元が心許ないな」
ミアが試着室から出て行き、ダリウスの元へと近寄った。
「その分アクセサリーが映えるかと」
「なるほど。ヴァネッサ、君はどう思う。実際に着て考えてみてほしい」
ドレスがヴァネッサへと手渡された。
フリルは控えめになっているが、その分黒と金の刺繍が所々になされている。そして何より、ダリウスが言ったように胸元がガバリと開いている。
(ザ・悪役って感じね)
「殿下、お気持ちはありがたいのですが、これ以上は必要ありませんわ」
「あって困ることはないだろう。もしかして、このデザインが気に入らなかったか?」
「い、いえ。そういうわけでは……着ます」
少し不安そうなダリウスの表情に、ヴァネッサは言葉に詰まった。断りきれず、カーテンを閉めた。
(どうしてこんなことになったのかしら? レモンシャーベットを食べに行くんじゃなかったの?)
ブティックに来てマネキンになること約二時間。既に十着は購入している。
とりあえず、今朝の出来事を思い出してみることにした。睡眠不足のせいか何時もより遅く目を覚ましたヴァネッサは、ダリウスと共に朝食をとった。とはいえ、お昼時まで数刻ほどしかなかったため軽食を出されたのだが。とはいえ、牛肉の肉汁が染みたスープが美味しくてお代わりしてしまったのだが、まぁいいだろう。
(温泉でも出した――じゃなくて! どうしてこうなったかを思い出すのよ)
朝食後、残りの支度を終えたヴァネッサは、ダリウス、スチュワート、ミアと共に町へと繰り出した。そして、「まだ時間が早いから、先に連れて行きたいところがある」と言われ、このブティックへ着いた。
そして、ダリウスの服を買うのかと大人しく中へ入れば、テンション高めなオーナーに案内され、ドレスの入った箱を目の前に何個も置かれ、とりあえずと一つ選べばダリウスが「どうせならすべて着たらどうだ?」と言い、今に至る。
(私の服を買いに来たってこと? どうして?)
「王城に君用の服が五着しかなかったからだ」
カーテン越しにダリウスの声が聞こえ、ヴァネッサは袖を通す手を止めた。
「今の、声に出ていました?」
「私の服を〜辺りから」
「そ、そうでしたのね」
口調がやや愚痴っぽくなってしまったため、聞こえていたのが最後の部分で良かったと胸を撫で下ろした。
いつか出て行くのに服を用意してくれるとは、やはり殿下は優しく、懐が広い人物なのだろう。
着替え終わり、ミアがカーテンを引いた。
「やはり似合うな」
「とってもお美しいです!」
「あ、ありがとうございます」
胸元が空きすぎて少し恥ずかしいが、彼らの言う通り似合っている。自分で言うのもなんだが、ヒロインを虐める美しき悪役として生まれたからだろう。今のところ有効活用できた試しはないが、感謝である。
落ち着かない心地がしてソワソワとしていると、ダリウスが「ふむ」と頷いた。
「俺は似合っていると思うが、やはり胸元が空いているからな。君はどう思う?」
「ど、どう思うとは」
「欲しいか、欲しくないかだ」
「えぇと」
(素敵だとは思うけれど、やっぱり、多す――)
「まぁ悩むなら両方買えばいいだろう」
「えっ」
「かしこまりました! 次にこちらはいかがです?」
オーナーが指を鳴らすと、店員の一人がピンク色のドレスを持ってきた。ルビーの宝石が所々に飾られており、レースもたっぷりだ。それでも子供っぽくならないのは、フリルが少ないことと、シルエットがややタイトなおかげだろう。
だが、これ以上は(湯水のようにお金を浪費してきた)王女のヴァネッサでも申し訳なさを感じてしまう。
「あの!」
ヴァネッサは勇気を出して声を張り上げた。色違いのドレスをオーナーと共に物色していたダリウスが、顔をこちらへと向ける。
「どうした。やはり色違いは全種類揃えたいと、君も思うのか?」
「ち、違いますわ! もう充分なのです」
「だが、同じドレスをパーティーや茶会で着ては、冷やかされると聞いた。百着あっても足りないくらいだろう」
「ひゃく?! そんなに着られませんわ。それに、そのような社交場にはもう行きませんもの。それよりも私、お腹が空きましたわ」
そう言うと、ダリウスは時計へと目を移した。時計の針はちょうど十二時を指している。
「すまない、気が付かなかった。昼食にしよう」
(よかった)
「この色違いもすべて包んでおいてくれ」
「かしこまりました」
「んん?!」
驚くヴァネッサの目の前でカーテンが閉まった。ミアが背中のリボンを解いて行く。
「貰っておいて損はないと思いますよ」
「申し訳ないわ」
「着替えを待っている時も、ヴァネッサさまが出てこられた時も、殿下は終始幸せそうでした。今まで殿下の服はスチュワートさんに頼まれており、ましてや誰かとブティックを訪れることはしたことがありませんから」
それはヴァネッサも同じである。ドレスは買いに行くのではなく、売りに自身の元を訪れてくるものだったからだ。その時はいかに自身を飾り立てるかに夢中で、誰かと服を選び、相談し合うなど考えたこともなかった。
(私も一緒に楽しんだ方がよかったのかしら)
今になってほんの少し後悔。
友人と初めてショッピングをするのなら、テンションが上がって当然だ。今から楽しんでも遅くないだろう。
元の服へ着替え終わり、ヴァネッサは試着室から出た。ちょうどオーナーと話し終えたのか、ダリウスがヴァネッサの元へとやって来た。オーナーは扉を開けに行った。
ダリウスが差し出した手を取り、出口へと向かう。
「いくつか案を考えたんだが、先に君の意見が聞きたい。何か食べたいものはあるか?」
「食べたいもの……まだ町のことをよく知らないので、殿下の案を教えていただけますか」
「ローストビーフが有名な店、ビーフシチューにこだわりがある店、今朝獲れたばかりの魚使ったカルパッチョが美味しい店、濃厚なウニのクリームパスタが味わえる店があるんだが、気になる店はあるか」
予想以上に案が多い。そしてどれも美味しそうだ。
そういえば、今日の朝食はサンドウィッチだった。できればパン以外が食べたいところ。
「(となれば)クリームパスタ?……でもビーフシチューも気になる……」
なんならすべて食べてしまいたい。ヴァネッサが頭を抱えて悩んでいると、ダリウスが手を引いた。
「悩むのなら、昼はパスタにして夜はビーフシチューにしてみないか? 他の店もまた来ればいい」
「いいのですか!? あっ」
あまりの嬉しさに、ついはしゃいでしまった。そっと片手で顔を隠す。ふと、ダリウスが優しく微笑んだ。
「ああ、もちろんだ。君に喜んでほしくて連れて来たのだからな」
(やったー!!!!)
「では早く行きましょう! 私、もうお腹がぺこぺこです!」
「急がなくとも、席は取ってある」
ダリウスは慈悲の感じられる表情でヴァネッサを宥めた。




