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24話 イメチェンするようです

「うう、お腹が空いたわ」

「朝食を抜くからですよ」


 晴天の下、大衆浴場の裏手でヴァネッサはお腹を押さえていた。隣で日傘を持っているミアが突っ込む。

 身支度を終えた後、ヴァネッサはお腹が空いていないからと朝食を断ったのだ。「恋によって身が細る」とは一理あるのかもしれない。


(オクラの花言葉だったかしら。ああ、オクラの和え物が食べたくなってきたわ。誰かがミニゲームで食べていたわよね)


 温泉に和と洋両方のデザインや料理を用意しているとは、なかなか遊び心のあるミニゲームであったなと思う。

 ヴァネッサは小さく息を零した。


(よかった。今朝、温泉に入った時はよこしまな想像を一瞬だけどしてしまったけれど、もう大丈夫そうね)


 まだ気にしすぎているような感じはするが、着実に冷静さを取り戻していっているようだ。


「昼食まで持たないでしょうから、こちらをどうぞ」


 ミアがバスケットを差し出した。受け取り蓋を開けてみると、中には丸いパンが入っていた。ふわりと甘い香りが広がった。


「サンドウィッチは中身が零れる可能性があるため、食べやすいものを料理長に頼んだのですが、これは何ですか? ヴァネッサ様ならわかると、料理長が仰っていましたが」

「ちょっと待ってね。ああ、やっぱり!」


 パンを半分にちぎると、中からキドニービーンズ餡子が姿を現した。


「これは『あんパン』よ」

「初めて聞きました。これもお二人で開発なさったのですか?」

「ええ! このパリッとした栗のような色の皮に、ふわふわでしっとりとした中身、たっぷりと詰まった餡子。私のイメージぴったりだわ!」


 流石は王家の料理人を束ねるだけある。実力がピカイチだ。

 あんパンは二つ入っていたようで、ヴァネッサはバスケットに残された方をミアへと差し出した。


「お腹がいっぱいでなかったらだけど、貴女も食べない?」

「……私はメイドです」

「ええ、そうね」


 ミアの言葉にヴァネッサは首を傾げた。それがどうしたというのだろう。もしかして、遠慮しているのだろうか。


「食事は誰かと一緒の方がおいしく感じるの。あくまで持論だけどね」

「……では」


 ヴァネッサが笑いかけると、少し悩むそぶりを見せ、ミアはあんパンを受け取った。ヴァネッサは満足げに微笑み、あんパンにかぶりついた。その様子をミアがまじまじと見つめてくる。そして、あんパンをつまもうとしていた手を、下から支えるように持ち替え、同じようにかぶりついた。


「!……おいしいです」


 そう呟いたミアの表情は柔らかく、どこか安心したようだった。


「うふふ。そう言ってもらえて嬉しいわ」

「何か飲み物がほしくなりますね」

「そこで冷えた牛乳が役に立つのよ」

「確かに、甘い餡子と合いそうですね」

「そうでしょう、そうでしょう!」


 ヴァネッサは再びあんパンにかぶりついた。

 やはり、おいしいものを食べると癒される。

温泉上がりにあんパンと冷えた牛乳を楽しむ日が待ち遠しい。



★★★



 あんパンを食べ終え、オープニングセレモニー開始まであと数分となった。鏡の前でミアと共に衣装チェックを行う。

 ふと、鏡の端で薄いピーコックグリーン色の髪が揺れたような気がした。


「へぇ。白いドレスなんて、気合が入っているね」


 振り向くと、いつもと変わらずラフな服装に身を包んだライルが立っていた。彼は表に出ないらしい。


「相変わらずの口ぶりですわね」

「似合ってないとは言ってないでしょ」


 ヴァネッサはあえて腕を組んだ。ヴァネッサがショックを受けていると取ったのか、取っていないのか、どちらなのかわからない言葉でライルは返す。


「それなら安心しましたわ。悪目立ちはしたくありませんもの」

「あ、そう。まぁ馬子にも衣装って感じじゃない」

「馬子」


 そう復唱すると、ライルはため息をついてそっぽを向いてしまった。


「悪くないってこと」


 本気で言っているのか、照れ隠しなのか。ライルのツンとした態度と表情からは読めない。だが、場になじんでいるようなので、取りあえずはよしとしよう。


「というかそれ、もしかして殿下とお揃いなの?」

「一応はそうみたいです」

「一応って……自分で決めたわけじゃないの?」

「はい。色を合わせた方がまとまるということで、メイドたちが選んでくれたのですわ」

「ふぅん。まぁ、デザインはいいけどさぁ」


 ライルはずいっと体を寄せ、ヴァネッサを上から下まで眺めた。


「優柔不断」

「えっ」


 ドレスぐらい自分で選べばいいのに、という気持ちは理解できるが、なにも優柔不断とまで言わなくてもいいと思う。選ぶ時間があまりなかったという理由もあるのに。


(次は自分で選んだドレス姿を見せるんだから)


 だとしたら、いつになるだろうか。意外と機会がないかもしれない。もう夜会や舞踏会に参加する必要がないのだから。


「ねぇ」

「なんですか?」


 顔を上げると、ライルがステージ前に集まっている民衆たちへと視線を送っていた。予想以上の入りに、緊張が走る。


「あそこにいるの、ブレイズ王国の記者じゃない?」

「えっ!?」


 ヴァネッサは目を細め、ライルが指をさした先を見やる。

 目深に帽子をかぶった男性の腕には、ブレイズ王国の新聞会社のロゴが入った腕章が。ハッキリと見えたわけではないが、間違いないだろう。

 ヴァネッサは慌てて建物の陰へと頭を引っ込めた。

あの会社は王族に関する記事も出していたはずだ。なら、ヴァネッサの顔を知っていてもおかしくない。


「あわわわわ」


 どうにかして顔を隠すものがないか、辺りを見回す。


(空き箱は怖がられるし、布を被ったら前が見えない。あぁもう、どうしましょう!)


「こっちむいて」

「ふむっ」


 突然、ライルがヴァネッサの顎先を掴んだ。至近距離で目と目が合う。


「目、つむって」

「へっ!?」

「はやく」

「は、はい!」


 苛立つような声に、ヴァネッサは思わず目を閉じた。何をするのかわからず、胸がドキドキと鳴りだす。


(こ、この流れでき、キ、あれはないわよね!?)


「うん、いいこ。そのままジッとしていて」


(キスじゃないわよねーー!?)


 ヴァネッサの顎先に添えられた指に、グッと力がこめられた。


「ん?」


 瞼に冷たい指が触れた。左右へ動いている。


(なんか頬も叩かれてる!?)


「まだ開けないで」

「は、はい」


 今度は唇に何かが当たった。

 つるつるとした柔らかい布のように感じる。ポンポンと唇を叩かれたかと思うと、今度は筆がなぞった。叩かれ、なぞられ、叩かれ、なぞられ。

 そして最後にポン、と軽く抑えられた。


「うん。これだけ重ねれば大丈夫かな。鏡はある?」

「こちらに」

「ありがとう。もう目を開けていいよ」


 ヴァネッサはそっと目を開けた。ライルがミアから受け取った鏡に、自身が映る。マットな桜貝のような唇に、シンプルな単色アイシャドウ。ポイント使いで大粒のラメが目元に潤いを与えている。普段より優しく、ほんわかとした見た目になっている気がする。


「すごく変わりましたね。この口紅の色は試したことがないので、新鮮ですわ」

「うん。あと、落ちにくい処理をしておいた。はい、今度は後ろを向いて」


 ライルに肩を引っ張られ、大人しく反対を向くと、ライルがヴァネッサの髪を持ち上げた。鏡越しに、自身の髪が結い上げられていく姿が見える。


「器用なんですね」

「これくらいできるでしょ」


 ヴァネッサの頭に暗黒料理が浮かんだ。と、その時、何かが太陽の光を反射して、キラリと光った。

 エメラルドだろうか。緑色の宝石がはめ込まれた貴金属だった気がする。


「髪飾りですか?」

「そう。留め具として使うの。俺が持っていても仕方がないからあげる」

「えっ、いいんですか?」

「インスピレーションが湧くかと思って買ったんだけど、役に立たなかったから。いらないなら捨てるけど」

「あ、ありがとうございます」


 ヴァネッサは小さく頭を下げた。

 気が付けばもう始まる寸前のようで、人の出入りが激しくなってきた。そして見えたのは、ダリウスの姿。心なしか不機嫌な気がする。


「先ほどから何をしている」

「実は、ブレイズ王国の新聞記者が観客に混ざっていたんです」

「だから、少し他国風にイメージを変えてみよかと思って」

「……なるほどな」


 ダリウスはヴァネッサをジッと見つめた。その瞳に映る自身は、確かにブレイズ王国の王女らしくないと言えよう。


「あとは目を細められたら完璧」

「目を……こうですか?」


ヴァネッサは、取りあえず糸目キャラになりきってみた。


「目が垂れているように見えるな。これならヴァネッサだとはわかるまい。大きく変わっているわけでもないから、通常の状態に切り替えやすそうだ」

「だね。じゃあこけないように頑張って」

「え、ええ!?」


(でも、記者に招待がばれたり、参加できなかったりするよりはいいか)


 ライルとミアに見送られながら、取りあえずヴァネッサは壇上へ向かい、歩き出した。しかし、顔は出ているもので、不安は払拭されていない。


「大丈夫だ」


 不安で押しつぶされそうになっていると、ダリウスが手を差し出してきた。


「問題が起こっても、俺がすべて対処する。それにーー」

「ダリウス殿下! 開会のお言葉をお願いします!」

「ああ、わかった。では、また」


 ダリウスは優美に微笑み、そっとヴァネッサの手を握った。そして離れてしまう。

 彼はいったい、何を言おうとしていたのだろうか。

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