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21話 顔から火が出ます

 ヴァネッサの言葉に、ダリウスは首を傾げた。困惑しているようだ。


「スチュワートさんやミアなどの使用人たち、メイさんなどの職人たち、さらにはこの国の人々まで。全員を、愛しているではありませんか」

「愛ではなく、王族としての責務を全うしているだけだ」

「初めてお城に着いた際、スチュワートさんに質問を無視されても怒りませんでしたわよね。それに、幼い子供に一から仕事を教えるのは時間もコストもかかるはずなのに、ミアを追い出しもせず、迎え入れましたわよね」

「それは、年月が長い相手だからだ」

「それでも、同じ理由で解雇する王族や貴族は多いですわ。また、危険が伴う作業だとわかっていながら、国民の衛生水準を上げるためにボツになった計画書を、わざわざ手に取りやすい棚に収納していましたわよね。実行する際も、常に気を配り、私たちを心配してくださいましたよね。私、知っていますのよ」

「何をだ」

「夜遅くまで、計画内容を確認していたことをです。もっと安全な方法はないのか模索しておいででしたわよね」

「どうしてそれを」

「たまたま見かけたのですわ」


 寝つきが悪かった日が度々あり、ヴァネッサはその都度、窓の外を眺めていた。その際、執務室には必ず明かりが灯っていた。何時になろうとも、ヴァネッサの元に眠気がやってこようと、絶えず灯っていた。


「使用人と談笑できる方も、心配だからとわざわざ現場へと毎日足を運ぶ方も、なかなかいませんわ。王族ならばなおさらです」


 ダリウスは少し困ったように、視線を逸らしたままでいる。


「スチュワートや国民に向ける思い。それもまた、立派な愛ですわ」


 夫婦の愛とは違うだけで。


「愛は形がなくて、人によって定義が様々だと思うのです。なら、使用人に向ける愛、国民に向ける愛、というものがあってもいいのではありませんか?」


 ダリウスは黙ったままだ。何かを考えているのか、口元に手を持って行ったまま下を向いている。


「殿下は優しい方ですわ。少なくとも私はそう思っています」

「……そのようなことを言われたのは、初めてだ。君の言う、愛だって」


 ダリウスは切なげにぽそりと呟いた。影の中にいる彼の手を取り、月明かりが照らす道へと引き入れた。月明かりによってようやく、ダリウスの顔がハッキリと見えるようになった。


「それに私、思うのです」

「なにをだ?」


 ヴァネッサはニコリと笑った。


「好きになったことがないことと、誰のことも好きになれないこと。その二つは同義ではありません。好きになれる女性に、まだ出会っていないだけかもしれませんよ」


 ダリウスは目を見開いた。次いで、ふわりと切なさを含んだ瞳で笑った。


「君は本当に面白いな」

「それはどういう――ふぁ、す、すみません!」


 よく動き、よく食べ、よく飲んだからだろうか。ここにきてまた眠気がやってきたようだ。


(ああ、恥ずかしい! 殿方の前でなんて間抜けな姿を!)


 羞恥心がヴァネッサの頬を赤く染める。隠すように顔を手で覆うと、ダリウスが愉快そうにクスリと音をたてた。

 手を下におろすと、ダリウスがヴァネッサへ手を伸ばしていた。


「部屋まで送ろう」

「あ、ありがとうございますわ」


 ヴァネッサは差し出されたダリウスの手を取った。ゆらゆらと蝋燭のあかりだけが照らす廊下を二人で歩いていく。

 愛も恋も知らない、まだまだ未熟な身ではあるが、ほんの少しでも彼を勇気づけることができたら、と思って言ったのだが、少し話し過ぎたかもしれない。押し付ける形になっていなければいいのだが。

 今までのダリウスの行動からないとは思うが、不快な気持ちにさせていないだろうか気になって、ヴァネッサは視線のみをダリウスへと動かした。すると、彼が真顔のまま唇を動かした。


「恋愛的な意味での好き、とは、君にとってどのようなものだと思う?」


 思いもしなかった質問に、ヴァネッサは目をぱちくりとさせた。次いで、答えを模索してみる。


「うーん。そうですわね……」


 ヴァネッサは自身の過去の恋愛を思い出していた。しかし、ハリーのことを好きだったのかと言われれば、顔はまあまあ好みだったかもしれないが、恋愛感情は抱いていなかったような気がする。

 他の人に対してもそうだ。巷で噂になっていた有名俳優や歌人を見て、美しさに身悶えすることやときめくことはあったが、いつもそこで終わり。相手と付き合いたいだとか、婚約したいだとか、触れたいだとかは思わなかった。

 となれば、使うことのできる記憶は、ゲームのみとなる。(自身がゲームキャラにガチ恋をしていたのかは微妙だが、少なくともヒロインとヒーローは恋をしていたのだから)


「例えば、気がついたら相手のことを考えていたり、相手が笑うと嬉しかったり、相手のために命を張ることもいとわなかったり……とかでしょうか?」

「回答者の君が首を傾げてどうする」


 ダリウスはクスリと控えめだが愉快そうに笑った。


「人によって恋に落ちる瞬間も、恋愛スタイルも違うので、難しいです」

「なるほど、そういうものか」

「おそらく」


 頷くと、ダリウスは視線を前へと戻した。またしばらく沈黙が続く。部屋まではあと少しだ。


「これはある女性に関することなのだが」

「あ、はい! なんでしょう?」


 まさかダリウスから恋愛相談をされるとは思っていなかった。そのためか胸がドキドキと鳴り出す。恋バナなどいつぶりだろうか。


「その女性が見えなくなると心配になり、何をしているのか気になるんだ。また、相手が困っていると、いや、困っていなくとも助けたくなる。彼女が笑うと温かいものを胸に感じ、もっと見たいと思う。だが、彼女が側にいると落ち着くと共にソワソワした気持ちがする」

「ふむふむ。そのように思うのは、その女性が初めてですが?」

「ああ」

「なるほど」


 ヴァネッサはスゥと息を吸い、静かに告げた。


「それはおそらく、恋ですね」

「そうか」


 ダリウスはただ、静かに言った。

 なんだ。心配せずとも恋はしているのではないか。もしかしてダリウスは、彼女へアタックするために、ヴァネッサへと相談したのだろうか。恋ができるのか不安で、背中を押してもらいたくて。


(相手はあの時の女性だったりして)


 なら、十中八九、両想いだろう。彼女の色の帯びた眼差しと、赤く染まった頬を見ればわかる。あれは幻覚ではなかったのだ。


(だとしたら、こんな若い女が殿下と同じお城にいるのはよくないわね。ああ、退居が目の前に迫ったからかしら。不安な気持ちになってきたわ!)


 うぐぐ、とダリウスが持っていない方の手で、こっそりと頭を抑える。

 気付けば部屋へと着いていた。手を離され、部屋の扉を開ける。


「おやすみなさいませ、殿下」

「ああ、おやすみ」


 元気が出ないからか、ヴァネッサは小さく礼をした。机へと新品のノートを取りに行く。


(はやく仕事を確定させないと。なら、まずは『温泉天国計画ノート』でも作って――)


「ああそうだ」


 扉が閉まる間際、ダリウスの声が滑り込んできた。


「今のはすべて、君のことだ」

「あら、そうでしたの」


 ガチャリと扉が閉まる音が、ノートを開いているヴァネッサの耳を通り抜ける。


(なるほど、話していたのはあの日見た女性ではなく、私のことだったのね。なんだ、よか――)


「んん!?!?!?!?」


 言葉通りに、ヴァネッサの顔から火が出た。

 慌てて扉を開けて外を見るも、ダリウスの姿はない。


「えっ? えっ?」


 ヴァネッサは顔を覆い、火を必死に止める。だが、火が消えてもなお顔は熱かった。


(ちょ、ちょっと整理しましょう! 殿下が言っていたのは、私のことだったのよね。聞き間違いじゃないのよね。それに対し、私は『それはおそらく、恋ですね』キリッとした口調で言ったわよね。いや、キリッじゃないわよ! えっ、殿下はなんのつもりで最後にバラしたの? どうしてあんなに落ち着いているの?)


 グルグルと記憶とツッコミが頭の中を巡り出す。


(それって、それって、それって!)


「殿下は私に恋してる?」


 ボンッと音を立てて全身が火に包まれた。


「キャ――! カーペットが!!」


 ヴァネッサの体から出た火が、燃え広がっていく。慌てて近くに置いてあった水瓶を掴み、中身をぶちまけた。

 焦げついたびしょ濡れカーペットの上にへたり込む。胸のドキドキが止まらない。少しでも気を抜けば火を噴きそうだ。


「ど、どうすればいいの?」


 そういえば、「おやすみ」と言った彼の表情は少し意地悪だったような気がする。


「うう!」


 またもやボンッと音をたて、ヴァネッサの頭から火が出たのだった。

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