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2話 未来のイケメン雇用主を見つけました


――ヴァネッサ・レイ・アルフレイム


 前世でプレイしていた乙女ゲーム『Burn to Love』に登場する、ヒロインをいじめる悪役だ。猪突猛進な激情型で、無邪気ゆえの残酷さを持つ、残念な美女。


(おまけに炎の力持ち。それも、今までの代よりはるかに強い)


 このゲームの舞台は、火竜の恩恵を受けるブレイズ王国。いうまでもなく、ヴァネッサは王女、ヒロインは男爵家の娘として登場している。


 実は設定が少し変わっており、少しだけ話題になったことを覚えている。


 ヒロインが本当に平凡なのだ。平民出身だとか、養子だとか、聖なる力を持っているとか、そういったテンプレートな設定がない。見た目はかわいらしいが、それはヒロインとしてほぼ当然の要素である。

 故に、どのルートも攻略が難しいものとなっていた。

 バッドエンドは九割焼死。とんでもない「闇の乙女ゲーム」である。


「って、ヒロインのことは別にいいの! 肝心なのは、これからのことよ!」


 噴水に腰掛け、ヴァネッサは頭を抱えた。


 今日開催される舞踏会で、ヴァネッサは婚約破棄をされる。なんなら断罪もされるし、王宮で炎の力が暴走して、体がボロボロになる。

 あれだけ苦しかったのに、自身が炎に包まれることは、単なるイベントの一つにすぎなかったのだ。


「今までの私の思いと、苦労はなんだったのよ」


 頬を膨らませ、水面にツンツンと指をさす。


 攻略対象であり、自身の婚約者でもあるハリー。彼には未来の騎士団長候補として、婚約者として、尽くしてきたつもりだ。だから婚約破棄されて動揺し、怒りで力が暴走したのだろう。

 ちなみに、ヒロインをいじめた理由は嫉妬心だけではない。自分の立場を守りたかったがためにヒロインをいじめたのだ。「浮気されている王女」そう笑いものにされるのが、「力があるだけの使えないやつ」と父に思われるのが、嫌だった。辛かった。

 とはいえ、(婚約者に手を出すのはどうかと思うが)いじめて悪かったなと、今は思う。


(と、思ってももう遅いけど。せめてこれからは、関わらないようにするしかないわね……これから、かぁ)


 そう。それが問題なのである。体調が回復してすぐにヴァネッサは、他国の貴族と結婚させられる。それも、年が四十も離れた相手と。

 さらに、暗い生活が堪えたのか気を狂わせてしまう。そして、ヒロインを殺そうとして、返り討ちにあって命を落とすのだ。


「そんなの絶対にいや!」


 ヴァネッサは自身の顔を両手で叩いた。パンッと乾いた音がする。

 今すぐにでも逃げ出したいが、捜索されて見つかり、連れ戻されるのがオチだろう。だが、走馬灯のさなかにこの事実を思い出せたこと、ギリギリではあるが、婚約破棄前に遡ったことは、不幸中の幸いだろう。


(痛くてつらい思いは、もうしたくない)


 消えない炎に延々と焼かれる感覚など、一度で十分だ。なくてもいいくらいなのに。

 そういえば、ゲームでは結婚時の状態説明として「喉を傷め、声を出せなくなってしまっていた」と書かれており、その理由を力の暴走だと思っていた。まさか違ったとは。

 弟が初めて見せた冷ややかな瞳を思い出し、背中がぞわりと粟立つ。


「私が気付いていなかっただけなのかな」


 穏やかな微笑みの裏で、自身のことを恨めしく思っていたのだろう。思えば、何度かヒロインについて話題を振られたことがあった気がする。彼女への態度が厳しすぎる、そうやんわりと言われたような気も。


 ケネスはヴァネッサが唯一、心を許せる相手だった。それが今は、恐怖の対象でしかない。


「決めたわ」


 正規の手段をとって、王家から除名される。この国を出て、平和に自由に過ごすのだ。


「そうと決まれば、早く策を――わぶっ」


 突風によってスカートがめくれ上がった。見た目以上の重さに耐えかねて、体が後ろへと倒れていく。手をつき、上体を起こそうとするも間に合わない。

 落ちる。

 そう確信した刹那、誰かがヴァネッサを抱きとめた。


「へっ?」


 目を開けると、アイスブルーの瞳がヴァネッサを見つめていた。風に吹かれて、黒檀のような髪が揺れる。


「危ないだろう」


 男性から発せられた声には聞き覚えがあった。落ち着きはらった優しい声。医務室で自身を助けた男性だ。

 彼と出会ったのは今回で二回目だというのに、前にもどこかで見たことがある気がする。


「何をじろじろと見ている」

「あっ、ごめんなさい」


 男性はため息をついた。腰にかかっていた手が移動し、体を引き起こされる。


「ありがとうございます」


 男性は何も言わずヴァネッサを一瞥して、去ってしまった。その様子を眺め、あら、と小さく声を漏らす。


「恥ずかしがり屋なのかしら。だとしたら、かわいいわね」


 ヴァネッサは面食いだった。


 恋愛感情を抱くかはともかく、生粋の面食いだった。


 ハリーとの婚約を解消しなかったのは、政略結婚であるだけでなく、彼の顔がよかったからもある。話を持ち掛ける際に整った顔で振り向かれると、途端に何も言えなくなるのだ。

 だが、今はもう大丈夫。きちんと彼を振ることも、婚約破棄を受け入れることも、余裕でできる。


「そうだわ。さっきの人の元で働くのもいいわね」


 平民として一から生活基盤を築き上げるよりも、貴族(予想)の家で使用人として働く方が、現実的な気がする。慣れない仕事にしばらくの間は苦労するかもしれないが、安定はするはずだ。


 働き先で愛する男性と出会い、つつましく暮らす。いいじゃないか。

 王女として命の危機にさらされたり、ヒロインたちとのやり取りに巻き込まれたりすることもない。弟やハリーとも離れられる。なんてすばらしいのだろう。最高だ。


 それに、先ほどの男性はなかなか好みだった。淡雪のような絹の肌、瞳に影を落とす長い睫毛、スッと通った鼻筋、きゅっと閉まった薄い唇。眼光は鋭くも柔らかく、眉は吊り上がりすぎてもなく、細すぎてもいない。眉目秀麗とはまさにこのことだろう。単なる勘でしかないが、優しい人物であるようにも思えた。


 なにより、初めて自身を助けようとしてくれた人だ。彼の元で働くことが出来るのならば、こき使われたとしても、本望かもしれない。


「よし! さっそく話をしに――」

「誰に会いに行くのです? 姉上」

「キャ――!?!?」

「うっ」

「はっ!」


 背後から突然ケネスが湧き出てきた。いいようのない恐怖を感じ、ヴァネッサは反射的に彼の顔面を手で押しのけてしまった。我に返り、やってしまったと思うも、もう遅い。

 よろけるケネス。おろおろとその場で揺れ動くヴァネッサ。この状況を使用人たちが見たら、二人して医務室に運ばれるに違いない。


「え、えっと、ケネス。ごめんなさい。大丈夫?」


 ヴァネッサは恐る恐る手を差し出した。


(このまま腰に下げた剣で切り殺されたらどうしよう。いや、ここには使用人たちもいるし、大丈夫よね?)


 顔に手を当てたまま動かないケネスの顔を下から除いてみる。またあの怖い目をしていたら、今度こそ、わき目も降らずに逃げてしまうかもしれない。

 しかし、表情が見える寸前ケネスが顔を上げた。ニコリと笑うその目からは、瞳は見えない。


「姉上は今日も元気ですね。僕の顔に何かついていましたか?」

「顔? あ、そう! そうなのよ。あなたの顔に虫がついていたから、ビックリしちゃって。もう飛んで行ったから大丈夫よ」

「そうでしたか。ところで、どこへ向かわれようとしていたのですか?」


 ケネスの質問にヴァネッサは頬を引きつらせた。


「気分が悪かったから、医務室に行こうかと思っていただけよ」

「医務室とは逆の方向を向いているように見えましたが」

「そ、そう? おかしいわね。舞踏会前で緊張しているのかもしれないわ」


 ははは、と笑ってごまかすも、ケネスは変わらず微笑みを浮かべている。瞳が見えていなくても怖い。


「その、用事を思い出したから失礼するわね」

「舞踏会ですか? 僕もお供します」

「気持ちはありがたいけど、一人で行くわ。あなたはカ――なんでもないわ」


 ヒロインの名前を出しかけたその時、彼の瞳がわずかに開かれた。口をつぐみ、視線を逸らす。

 そういえば、今回ヒロインは誰と結ばれたのだろう。お供をする、ということは、ケネスは選ばれていないのだろうか。


「姉上。パートナーがいないのでは、笑われてしまいますよ」

「それって」


 今回もハリーと結ばれたということか。


「実はハリーから、用事で遅れるという知らせが届きました」


 仕方がないとでもいうように、眉尻を下げるケネス。その言葉も、表情も、すべて嘘だ。本当は知っているくせに。

 ハリーは目立つためにわざと遅れて登場するのだ。もちろん、その隣にはヒロインがいる。そして、貴族たちの視線を集めたまま、婚約破棄からの断罪をきめてくる。


「大丈夫ですよ、姉上」

「あ」


 ケネスがヴァネッサの手をとった。ゲームでの記憶が思い起こされる。


 彼のルートでは、ヴァネッサに気を使って会場前で立ち止まっていたヒロインに「僕がいるから大丈夫」と言って、ケネスから手を差し出される。あの時は心強く感じたが、今はむしろ不安に感じてしまう。真逆だ。

 思い出した前世の記憶が、ゲームのことだけでよかったと思う。だって、もし彼との恋愛感情を思いだしていたら、もっと悲しかっただろうから。


(まぁ、ケネスルートはヤンデレルートで、心が耐えきれなくて途中でやめたのだけれど)


 ヴァネッサは、一歩先を行くケネスの背中を見つめた。


(大きくなったなぁ)


 だが、感傷に浸っている暇などない。


 王国追放&悠々自適な使用人ライフに向けて、さっさと平和に、かつ程よく問題を起こして、王宮を去らせてもらおう。

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