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18話 人生初の宴です

(宴……! 無礼講で、どんちゃん騒ぎをするという、あの! 宴!)


 (前世の記憶を除いて)初めて聞くワードにヴァネッサの心が跳ねた。舞踏会や夜会など、おしとやかな会には日常的に参加していたが、宴という、さらに自由で、楽し気なものには参加したことがなかったのだ。


「ヴァネッサ様も参加されるでしょう?」

「もちろん!」

「だめだ」

「えっ」


 ヴァネッサとメイの横から、低く静かなイケメンボイスが聞こえてきた。隣を見ると、先ほど姿を現したり、消したりしていたダリウスの姿があった。

 何故か不機嫌そうな怖い顔で、腕を組んでいる。


「殿下。どうしてだめですの?」

「……酔って問題を起こしそうだな、と」

「そんなことはしませんわ。こう見えても私、お酒はのめますのよ」


 ふふん、と胸を張るも、ダリウスは信じられないようだ。ヴァネッサに疑いの目を向けている。


「宴は城の舞踏会とは違う。楽し気な雰囲気にのまれる可能性がある」

「大丈夫ですわ! 子供じゃありませんもの。飲酒量は管理できますわ」

「……」


 ダリウスは訝しそうな表情をしたまま黙ってしまった。眉間のしわがより濃くなっている。


「仕事に励んできた仲間の皆さんと、一緒に楽しみたいのです」

「うっ」


 仲間外れは寂しい。また、あのまま国にとどまっていては一生行えなかったことを、残りの長い人生で楽しみ尽くしたいのである。

 ヴァネッサは「お願いします」という気持ちを込めて、両手を合わせてダリウスを見つめた。

 ダリウスは眉間に皺を寄せたまま、たじろいだ。



★★★



「大衆浴場完成を祝して! 乾杯!」

「乾杯!」


 メイの音頭に合わせ、酒場に集まった職人たちがジョッキを掲げた。その中にヴァネッサも混ざっている。

 ガツンとぶつかったジョッキの口から、ワインがこぼれた。勢いに任せて、冷えたワインを喉へと流し込む。


「ぷはぁ~!」


 ヴァネッサは空になったジョッキを机の上に置いた。がやがやとした店内に、ガァンッと重い音が響く。


(一度やってみたかたのよね!)


 お城では、出されたお酒をちまちま飲むことしか許されなかった。そのため、力任せにジョッキをぶつけ合い、心のままに飲み干すことに憧れがあったのだ。ここには「はしたない」とヴァネッサを叱責する者はいない。自由である。

 夢が叶った喜びをかみしめていると、隣の職人がワインボトルを持ってきた。


「いいのみっぷりですねぇ! もう一杯いります?」

「えぇ、お願いしますわ!」


 ヴァネッサのジョッキにワインが注がれる。なみなみと注がれ、今にも溢れそうな水面を見て満足げに微笑む。

 すると、その職人の肩にメイが腕を回した。あいさつ回りが終わったらしい。


「殿下の大切なお嬢さんなんだから、あんまり飲ませるなよ~?」

「わかってますよ、メイさん! おっ。メイドのお姉さんも一緒ですか」

「お冷をお持ちしました。皆様の分もご用意いたしましたよ」

「さっすが殿下のメイドさん! 気が利きますね!」

「ありがとうございます」


 ミアから水の入ったジョッキを受け取る。


「ありがとうミア」

「いえ。あまりご無理はなさらないで下さいね」

「は、はい」


(今の、見られていたのかしら?)


 ミアから視線を外し、ヴァネッサは大人しく水を飲んだ。

 ダリウスは宴に参加することを許してくれた。十時には酒場を出る、ミアと共に帰ってくる、という条件付きでだが。

 今思えば、炎の力の制御が下手で、かつ元王族であるヴァネッサを心配する気持ちは、わからなくもない。酔って隠していた情報をポロッとこぼしてしまう可能性があるからだ。

 それでも許可してくれたのは、ヴァネッサへの同情心からなのだろうか。


(なんにせよ、ここに来れてよかったわ。殿下の心配したことは起こさず、可能な限り楽しむとしましょう)


 ヴァネッサはお皿にのったパウンドケーキをつまんだ。城で食べた時よりも塩の味が濃い。美味である。もう一つ、とケーキへと手を伸ばした。


「そういえば最近、人さらいが捕まったようですよ」

「むぐっ」


 ヴァネッサの喉にケーキのかけらが詰まった。慌てて水で流し込む。


(まさか、ライル様の家へ訪れた時に会った人のことかしら?)


「職人街の近くをうろついていた、って噂のやつだな。なかなか現場を抑えられなくて、警備隊が困っていたよな」

「それです。どうやら殿下がたまたま現場を見かけたみたいで、そのまま捕まえて、警備隊に突き出したらしいですよ」

「殿下が職人街の辺りに来るなんて、珍しいですね」

「そうだなぁ。ま、解決したようでよかったよ。ヴァネッサ様も気を付けてくださいね」

「そうだね。不審者に絡まれるかもしれないからね」

「ライル様」


 突然、ライルが横から割って入って来た。彼の表情はどこかやつれているように思える。


「どうした? 仲間にもまれて疲れちまったか~?」

「そうですよ。皆さん力が強いくせに、人の扱いが雑いんです」

「あっ」


 ぶすりとした表情で、ライルはパウンドケーキをお皿から奪った。


「あまっ。この前のアップルパイもそうだよね」

「人のものを取っておいて、そんなことを言いますの?」


 ライルは知らんふりをして、顔をそむけた。


「まずいとは言ってないでしょ」

「あっ、また食べましたわね!?」

「二人とも仲いいんですね~」

「えっ?」


 なんでもないようなメイの言葉に、ヴァネッサとライルの声が重なった。メイは鼻を赤くして、微笑んでいる。


「ほら、最初にこいつがヴァネッサ様に失礼な態度を取ったじゃないですか。それでも仲良くして頂いて、オレ、嬉しいです。息子の成長を喜ぶような感じですかねぇ」

「そういうのやめて。おせっかいおじさん」

「あっ」

「も~ライル待てよ~」


 ライルはメイをギッと睨み、最後のパウンドケーキをさらって行ってしまった。その後を、笑顔を湛えたままメイが追いかけていく。


「パウンドケーキが……」


 お皿を見つめ、呟いた。ヴァネッサはたったの二切れしか食べていない。空になったお皿を恨めしそうに見ていると、ミアが席から離れた。


「新しいものをお持ちいたします」

「ありがとう。あ、そうだわ、ミア。貴女はいつから殿下の元で働いているの?」

「……私ですか」

「ええ!」


(何か間があったけれど、どうしたのかしら? ちょっと急すぎた?)


 ミアは相変わらずの真顔で目線を床へと逸らし、次いでヴァネッサへと向けた。


「そうですね……私が十二の頃でしょうか。正確な年はあまり覚えていません。両親が蒸発して、生き倒れていたところを殿下とスチュワートさんが通りかかり、助けてくださったのです」

「あら、そうだったのね……ごめんなさい」

「かまいませんよ。今はグラスヴァルト家に仕えることができて、幸せですから」


 そう言った彼女の口角が、少し緩んだような気がした。


「それなら、いいのだけれど」

「どうしてそのようなことをお聞きになったのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「殿下も、ミアも、スチュワートさんも、他の使用人もみんな優しくて、素敵な人だから。ちょっと気になって」

「……そうですか」


(あ、やっぱり、ちょっと笑った?)


 ほんの少しだが、目が細められたように見えた。彼女は今、何を思ったのだろうか。


「パウンドケーキをお持ちいたしますね」


 そう言って、彼女はカウンターへと歩いて行った。彼女を見送り、再びワインを飲み始める。

 その時、酒場の中心から何やら騒がしい声が上がった。見てみると、そこでは職人の一人がワインボトルを使ってジャグリングを行っていた。

 近くの職人へと声をかけてみる。


「何をしているのですか?」

「余興ですよ。場がより盛り上がるでしょう?」

「そうですわね。皆さん楽しそうですわ」

「よければヴァネッサ様も何か披露してみては?」


 職人は中心を指さした。


「なんて、いいとこのお嬢さんがそんなこーー」

「私もやりますわ!」

「えっ!?」


 ヴァネッサはワインボトルを机の上から取り、中心へと駆けた。


「おっ! ヴァネッサ様が来られましたよ!」

「ヒュー!」

「何をされるんですー?」


 酒屋の照明がスポットライトのようにヴァネッサを照らす。ワインを口に含み、顔の前で指を輪にし、炎の力を込めーー


「あっ。火を噴くのは乙女的にアウトよね」

「ひ、火を!?」


 ヴァネッサはワインを飲んだ。お酒を霧状に吹いて火吹きを行おうとしたのだ。火吹きに使うにはワインはアルコール度数が低いが、火竜の力が宿るヴァネッサの炎ならば、可能だと判断したのだ。


(温泉での余興に使えるかと思って練習したのだけれど、口に含んだものを噴くのはまだ恥ずかしいわ。なら、もう一つの方がいいかしらね)


「誰か剣を持っている方はいらっしゃらない?」

「店のものを使っていいですよ」

「ありがとう」


 店主の許可が下り、ヴァネッサは壁にかけてあった剣を取った。赤い宝石がきらりと光った。


「照明を消して下さる?」

「いいですけど、机に置かれたランプ以外、何も見えなくなりますよ?」

「大丈夫よ」


 そう微笑めば、辺りがフッと暗くなった。

 しばらくして、ヴァネッサの手元で赤い光が揺らめいた。


「まさかこれは!」


 目を見張る職人たちを見て、ヴァネッサはもう一度微笑んだ。剣を片手に、ふわりと床に舞い降りる。


「炎を使った剣舞を見るのは、初めて?」

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