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16話 吊り橋効果なのでしょうか

 ライルにアップルパイをプレゼントした翌日、ヴァネッサたちは氷の山を訪れていた。いくら鍛えられた筋肉コートがあるとはいえ、流石の職人たちも寒いようだ。ほとんどの職人の唇が青くなっている。


「いやー寒いですねぇ。頭の先からつま先まで、カッチカチに凍っちまいそうですよ」

「そういう割には余裕そうに見えますわ。普段は半袖ですものね」

「よくお気づきですね。オレはこの国の中でも、寒さに強い方なんですよ。まぁ、全員と知り合いってわけではないんで、あくまで予想でしかないですけど」

「少なくとも、ここにいる人たちの中では一番ですわね」


 ヴァネッサの隣にやってきたメイは、長袖にボアベストを着用している。見ているだけで余計に寒くなってしまいそうだ。ベストがボア素材でまだよかったと思う。

 周りを見てみると、ヴァネッサより薄着ではあるものの、流石にジャケットやコートは着ているようだった。


「そういえば、ライル様が見当たりませんわね」

「実は、ライルは寒さが大の苦手でして。馬車に乗っている途中で耐えきれなくなり、帰らせました。あいつはデザイン専門なので、問題はないかと」

「そういえば、彼は各国を旅していると聞きましたわ。もしかして、熱い地域から来たのでしょうか? それか、熱い地域で生まれたか」

「あー、どうなんでしょう? オレが拾った時は、既にこの国へ来て数日経った頃でしたから」


 メイはポリポリと頭をかいた。記憶を思い起こしているのか、目が斜め上を向いている。


「お二人はどこでお会いしたのですか?」

「実は、この町には宿がほとんどないんです。利用者は商人ばかり。ライルが来た日もどこも部屋が満室で、寝泊まりする場所を探した結果、木の陰で眠ることにしたみたいです」

「寒さに弱いのに、そのようなことをなさったのね」

「はい。ビックリでしょう? 案の定熱を出していたところを、オレが通りかかって助けたんですよ」

「メイ様が通りかかってくださらなかったら、大変なことになっていたでしょうね。ライル様が、貴方に頭が上がらない理由がわかったわ」

「でしょう、でしょう? あれでも信頼してくれてるんですよ」


 へへん、とメイは両腕を組み、誇らしげに胸を張った。

 彼らにそのような出会いがあったとは、驚きである。また、彼が木の陰で眠ろうとしていたことも。体調を崩すと予想できなかったのだろうか。


(聞いた感じでは、私より寒さに弱そうだし……)


「その様子だと心配ですわね。あとで様子を見に行きましょうか」

「いえいえ! ヴァネッサ様にそこまで気をつかっていただく必要はありませんよ」


 メイは苦い顔をして、首を振った。


「それに、あんな治安の悪い場所、ヴァネッサ様が訪れたら危険です!」


(昨日行ったばかりなんだけどね……)


 ヴァネッサは無言でうなずいた。

 そういえば、なぜあそこは治安が悪かったのだろうか。闇市に似た存在はブレイズにもあったが、それとは違う、独特の雰囲気があったような気がする。また、ここは乙女ゲームの世界だ。そこまで重い時代設定、世界観は珍しい。


「ライル様が住む地域には、何かあるのですか?」


 疑問に思い尋ねてみると、メイはまたもや苦い顔をした。「うーん」と頭をひねっている。


「何かあるというか、存在していると言いますか……殿下に聞いた方がいいんじゃないですかねぇ。職人のオレたちからはちょっと言いにくいです」

「あら、そうですの」


 先延ばしにされると、余計に気になってしまうというもの。


(でも、無理に口を割らせるほど重要な話題ではないし、忘れましょう)


 頷きながら、すでに出来上がっている水路へと視線を移すと、先からメイの部下が上がって来た。


「ヴァネッサ様! 湯を流す準備ができました!」

「えっ、もう?」

「うちの部下たちは優秀なんですよ」

「そ、そうみたいですわね」


 温泉源へと歩きながら、深呼吸をする。

 今回、最も危険な作業をすることとなったのは、他でもないヴァネッサだった。

 山における職人たちの仕事は、源泉近くで放出量を調整するか、水路が壊れた時のために数メートルおきに安全な場所で待機するかの二択だ。対するヴァネッサは、湯が流れるスピードに合わせ、炎の力を使わなければならなかった。また、山を燃やしてはならないため、手元に炎をとどめ、空気越しに伝わる熱で温泉を温める必要があった。

 要するに、至近距離で温泉に手をかざし、山を駆け下りなければならないのである。


(計画が決まるときは仕事欲しさに「できます! 余裕ですわ!」と豪語したけど、本当にできるのか不安になって来たわね)


 眼下に続く長い水路を見下ろす。源泉は山の低い位置にあるため、何百メートルもの距離ではない。だが、五十は超えているだろう。

 ヴァネッサはコートを脱いだ。乗馬の際に着用するようなズボンが現れる。

 大きく息を吸い、吐く。そしてもう一度吸い、ヴァネッサは先を睨んだ。


「お願いします!」

「はい!」


 ゴウッと音を立て、湯が流れ出した。ヴァネッサはあらかじめ舗装されている道を駆け下りていく。

 手に力を籠め、通り過ぎた水路も保温していく。細かい火花が散ることはあれど、植物に火が燃え広がってはいない。


「あれが炎の力!」

「すごいです! 今のところ、どこも凍っていません!」


(私には、強い炎の力はあっても、コントロールする力はない。そのことを殿下に相談したら、根気よく教えてくださった。おかげで、多少の調整が効くようになったのよね。だからこそ、成功させてみせる!)


 息を切らしながら、山を駆け下りていく。ちらと自身の手に視線を移せば、温かな炎が宿っている。他人を傷つける力ではない。他人の力になるための炎だ。


(よし、このままーーツッ!?)


 突然、地面が揺れた。ほんの一瞬の出来事だった。しかし、後ろから叫び声が聞こえてくる。


「ヴァネッサ様! お逃げ下さい!」

「えっ?」


 振り向くと、大きく水路を外れた大量の湯が、空中に広がっていた。


(蒸発させーーあれ?)


――力が、出ない


 恐怖と混乱で立ちすくんだその時、 誰かがヴァネッサの肩を抱いた



「『氷結』」



 一瞬にして現れた氷のオブジェにダリウスが触れた。粉々に飛び散り、流れる湯へと溶けていく。


「間に合ったか」


 珍しく冷や汗を浮かべているダリウス。ヴァネッサの耳元からは、彼の鼓動が伝わっている。


「ち、近いですわ! なぜここにいらっしゃいますの!?」


 慌てて体を離した反動でよろけたヴァネッサの腰を、ダリウスが抱き寄せた。


「もともと来る予定だった」

「そ、そうでしたのね! ありがとう、ございまーー」

「本当、君は危なっかしくて……目が離せないな」


 どこか安堵したような呟き。顔を上げると、硝子のように澄んだ瞳がヴァネッサを見つめていた。寒さに強いはずなのに、ダリウスの首筋には汗が垂れ、白い肌は桜色に染まっている。

ヴァネッサはごくりと喉を上下させた。


「あっ!」

「なんだ」


 水路を見ると、湯は何メートルも先まで駆け下りてしまっていた。


「助けてくださり、ありがとうございます! また後程お礼を申し上げますわ!」


ダリウスから勢いよく体を離し、慌てて追いかける。


(走ったから? 怖かったから? 胸がドキドキして止まらないのだけれど!?)

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