13話 面食いモードに入りました
「美しい……!」
「なに?」
気付けば、そう呟いていた。隣に立つダリウスが苛立つような低い声で、顔を向けた。ヴァネッサは慌てて両手を振る。
(幸い職人の方々には聞こえなかったようだけれど、このままだと顔で仕事仲間を選ぶ女だと思われかねないわ!)
「い、今のは」
「今のは?」
ヴァネッサは職人たちがいる方向――の下、机に置かれた模型を指さした。
「あの模型が美しいと、そう、思ったのです」
「なるほど。仕事ぶりを確認することは大切だからな」
(よかった。なんとか誤魔化せたみたい)
胸を撫で下ろし、職人たちへと視線を戻す。
(あっ! 名前はなんと言ったらいいのかしら? ラストネームまで言ったら、流石にばれてしまうわよね?)
助けを求めるようにダリウスを見上げる。視線に気づいた彼は、数秒の間ヴァネッサを見たあと、職人たちへと声を発した。
「俺はダリウス・ランシェ・グラスヴァルト。知っているとは思うが、この国の王太子だ。そして、こちらがヴァネッサ。温泉建設を手伝ってもらうため、隣国のブレイズからスカウトした。女性が一人ということでお互い緊張するだろうが、仲良くやっていってくれ」
「よろしくお願いいたしますわ」
ヴァネッサはスカートのすそを持ち上げ、礼をした。職人の方々も帽子を取り、ぺこりとお辞儀をしてくれた。
「では、各自自己紹介を頼む」
ダリウスの言葉を受けて、職人たちは自己紹介をし出した。
石職人のメイ、建築家のマイケルを中心とし、数十人もの話を聞き終わるころには、部屋の中は夕焼け色に染まっていた。詳細な希望勤務時間、給料、日数、実績など、様々なことを質問、提案しあったためだろう。
「君で最後だな。名前は?」
「ライル・リーフ」
最後に残されたのは、例の美青年だった。どこかつっけんどんな彼の声は、イメージ通りだった。
漆黒の髪に、グレーがかった青い瞳を持つ、彫刻のようなダリウス。
薄い青緑の髪と瞳を持つ、絵画のようなライル。
(ヒョウ系イケメンと、ネコ系イケメン……! 眼福だわ!)
ダリウスは獅子系と表現してもいいかもしれない。王者のような堂々としたものを感じる。だが、ユキヒョウのように、冷血で孤高、人間離れした神秘さも感じられる。
ライルはというと、色は違うがパンサー系とも言えるかもしれない。ダリウスは細身な方ではあるが、しっかりと筋肉がついていることがわかる。ライルは全くもって貧弱ではないが、ダリウスより線が細い。しなやか、といった感じだ。整った目鼻立ちに、魅惑的な唇。下睫毛まで長く、量が多い。たれ目気味の瞳は扇情的で、なまめかしい色香を放っている。おまけに泣きぼくろまであるときた。
(ダリウス殿下がキュッとしたカッコよさの権化なら、ライル様はひらりとした魅惑さの権化ね。いや、男神?)
「――サ、ヴァネッサ?」
「は、はい!」
ダリウスの声が聞こえ、ヴァネッサは慌てて返事をした。
(あわわわわ! とんでもないイケメンが見つめてくるなんて!)
「ずっと床を見ていたが、何か彼に不満でもあるのか?」
「いえ! まったく不満などありませんわ!」
ヴァネッサは首と両手を全力で振り、否定した。二人ものイケメンが同じ場に揃い、面食いモードが発動してしまったようだ。
まさに両手に花。二人ともどこか幸薄、ではなく、儚げな雰囲気を纏っており、顔つきは華々しい。女性を指す言葉ではあるが、言い得て妙だろう。
「ヴァネッサ?」
「はっ!」
ダリウスにまたもや名前を呼ばれ、ヴァネッサは顔を上げた。
「疲れているのか?」
「い、いえ! お話を続けてくださいませ」
「では、君は彼についてどう思う?」
「えっ」
ヴァネッサはダリウスの顔を見た。次いで、先ほどから壁を眺めているライルへと視線を移した。
(今から話をちゃんと聞こうと思っていたのに、私のおばか!)
呆れられるのではかと思うと、正直に話すことはできなかった。かといって、罪悪感が増すので嘘はつきたくない。
「やはり、どこか体調でも悪いのか?」
(そういうことにさせてもらいましょう)
ヴァネッサは頬に手を寄せ、気だるげに息をついた。
「はい。昨夜の疲れが残っているようで、意識が飛びかけてしまいましたの。申し訳ございませんが、もう一度説明をしていたただいてもいいでしょうか? 大まかな内容で構いませんので」
そう言うと、ライルがため息をついた。
「メイさんのところでお世話になっているライルです。目利きには自信があるから、内装やインテリア選びで力になれると思う」
(す、すごいわ……目を一度も合わせずに言ったわ!)
ライルの傍若無人な態度にヴァネッサが対応に困っていると、メイが彼の肩を引き寄せた。彼はまだ三十代で、毎日石を加工しているだけあり、見事な筋肉の持ち主だった。ライルが嫌そうに顔をゆがめている。
「やめてくださいメイさん」
「かぁっ~! おまえは本当にかわいくねぇなぁ。すいませんね、こいつ、お嬢さんがあまりにもお美しいもんで、緊張しているんですよ」
「していません」
「照れんなよ~。あ、そうだ。お嬢さんのことはなんとお呼びすればいいですかね?」
「皆さんにお任せしますわ」
「ではヴァネッサ様とお呼びさせていただきますね。これからよろしく頼みます!」
「ええ、こちらこそよろしくね」
ヴァネッサは差し出されたメイの手を握った。次いで、その手がダリウスへと向けられる。
「殿下。オレたちを呼んでくださって、ありがとうございます。父が成しえなかったことをオレができるとは思いもしませんでした。精いっぱい務めさせていただきますんで!」
「よろしく頼む。怪我をしないよう、くれぐれも気を付けてくれよ」
「はい! んじゃ、また明日来ます!」
「玄関までお見送りいたします」
スチュワートが壁からサッと離れ、扉を開けた。メイを先頭に、職人たちが次々と執務室から出ていく。温泉建設は明日から計画を立て、決まり次第行われることとなった。ヴァネッサにできることは温泉が凍らないようサポートすることのみ。しかし、少しはこの国でできることを見つけることができた、といってもいいだろう。
「明日からも引き続き騒がしくなりそうだな」
「そうですわね。楽しみになってきましたわ」
そして、やる気が出てきた。願わくは、この先も続けることができそうな仕事を、建設を通して見つけ出したい。だとしたら、何があるだろうか。
(石を持ち上げるほどの力と、設計図通りに加工する器用さはあるかわからない。なら、設計図の考案、インテリアのデザインと選別かしら。私の強みを活かせた方がいいわよね。なら――)
「あっ!」
自身の強みは、炎の力だけではない。見てくれの美しさでもない。ゲームの記憶、前世の記憶があるではないか。それがたとえ、中途半端なものだとしても。
さっそく覚えている記憶をメモしに部屋へ戻ろうかと、ドアノブに手を触れたその時だった。
「ぶべっ」
「ヴァネッサ様!」
扉が開かれ、頭にクリーンヒットしたのは。どうやらスチュワートが帰って来たらしい。
「いたた……はっ!」
突如、ヴァネッサの頭の中にミニゲームの映像が流れ込んできた。キャラを温泉に入れ、適度に温まったタイミングで上がらせる、という内容だ。パーフェクトを出せば好感度アップアイテムがもらえる。ちなみに、アイテムはキャラごとに変わり、それぞれのお気に入り温泉グッズとなっている。
世界観とマッチしないだろうと突っ込みたくなるが、ファンの多くはイラストに萌え、にんまりとした顔で許していた気がする。前世の自分もその一人だった。
(ケネスはアヒルのおもちゃが好きだったっけ。他は……あっ!)
「申し訳ございません。確認をせず扉を開けてしまった私の不手際でございます」
スチュワートの手を取り、ヴァネッサは立ち上がった。そしてダリウスへと勢いよく顔を向ける。
「殿下!」
「なんだ?」
夕日に照らされながら、メモの内容を確認していたダリウスの瞳がヴァネッサを見た。
彼の瞳に映る自身の表情は、自信で溢れている。
「厨房をお貸ししていただけませんか?」
ちり一つない絨毯に、メモがバサバサと落ちていく。




