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おまけ・下 やはり、殿下は時々いじわるです

 落ち着かない心地で、食事と湯浴みを終えたヴァネッサは、ダリウスたちと二手に分かれ、夜の館内を徘徊していた。手には剣が握られており、表面を炎が絶え間なく覆っている。

 ダリウスはもちろん、ヴァネッサと離れることを拒んだ。しかし、パワーバランスを考えた結果、力持ちの二人がそれぞれのチームを率いることとなったのだ。

 ヴァネッサチームはシェールとカレン、ハリー、ミア、スチュワート、メイ。ダリウスチームはライルとスチュワート、メイの部下数人が割り振られた。

 ダリウス曰く、ハリーはともかく、メイとスチュワートならまだ安心して任せられるらしい。二人とも既婚。日々の力仕事のおかげで、メイの身体は雄牛のように筋骨隆々としている。スチュワートは今でこそ落ち着いた老紳士だが、昔はたいそう強かったらしい。それこそ、幼い頃のダリウスとミアを日熊から守ったことがあるほどに。これには少し驚いたものである。よくよく考えてみれば、ジルダに雇われた暗殺者たちとも互角に戦っていたような気がする。

 それにしても、ダリウスは相変わらず心配性の気があるらしい。ヴァネッサはダリウス一筋であるというのに。とはいえ、彼を不安にさせるような発言をしてきた自覚はあるため、何も言わずに了承した。

 これからは、彼を不安にさせないよう気をつけよう。そう胸に刻みながら、薄暗い廊下を歩いていく。


 少しして、隣を歩くカレンが「ん〜」と声を漏らした。


「なかなかいませんね〜」

「本当よ、このままだとオープンできないじゃない!」

「ひっ!?」


 焦りをぶつけるように剣を強く握り直したその時、カレンが素っ頓狂な声を上げた。シェールと共に振り返る。


「やっぱり、ハリー様と一緒に部屋に戻ったら?」

「い、いいえ、大丈夫です。ほんと、怖くなんてありませんから」


 キッとこちらを睨んで主張しているが、祈るように胸の前で組んでいる彼女の手は震えていた。顔だって、それこそ幽霊のように真っ青である。

 彼女を気遣って「怖いのなら、部屋で待っていたらいい」と言ったのだが、彼女の天邪鬼な性格を刺激してしまったのかもしれない。彼女はハリーに背中を守らせながら、こうして着いてきている。いつもはあたってばかりだが、やはり彼を信頼しているようだ。


(そういう彼は、怖がる彼女を心配しているようにも、頼られていることを喜んでいるようにも見えるけれど)


 眉を下げる一方で、ほんの少し口角が上がっているのだ。ハリーをチラと見て、ヴァネッサは前へと視線を戻した。

 とはいえ、恋人に頼られるということは、どのような状況であれ嬉しいものなのかもしれない。ヴァネッサとて、恐怖に耐え、涙を堪えながら震えるダリウスにくっつかれたら喜ばない自信はない。


(……本当に喜んでしまいそうだわ)


 それこそ、幽霊のことなんてどうでもよくなるくらいに。むしろ、驚かせて、泣かせてみたいとさえ思う。絶対にかわいい。

 思い出してほしい。かつて頭を撫でた時、顔を真っ赤にさせて照れている姿は、尋常ではなくかわいかった。いや、かわいいなどという言葉では不完全なほどに愛おしくて、いじらしくて、蠱惑的で、堪らなかった。

 だからこそ考えてしまう。もしあの時、ダリウスがヴァネッサを止めなかったなら。確実に正気ではなかった自分はきっと、きっと……?


「落ち着くのよ!」

「ヴァネッサ様!?」


 勢いよく頬を叩いたヴァネッサを前にして、シェールが悲鳴にも近い声をあげた。


「どうしたんですか!? まさか憑かれましたか!?」

「いいえ、違うのよ。その……いってはいけない領域に入りかけてしまって」

「まさか霊感があるんですか?」

「ちょっと! つかれたとか、れっ、れ……かんとか言わないでください!」

「あっ、ごめんなさい」


 カレンはついにハリーにしがみついてしまった。あまりにも怖がり過ぎるので、こちらが冷静になってくる。シェールほどケロッとしている人は、カレンのような人がいなくても大丈夫そうだが。

 シェールに謝られたカレンは、フーッフーッと息を荒くして歩き続けている。

 その時、休憩所として設けた足湯が見えて、ヴァネッサは足を止めた。


「ねぇ、あそこで少し休まない? 冷えたサクランボジュースも置いてあるわよ」

「……いいですけど」


 短時間で彼女の機嫌が直るはずがなく。

 唇を尖らせながら呟いたカレンを見て、ヴァネッサはクスリと微笑んだ。

 ランプに火を灯し、明るくなった休憩所の椅子に座り。みんなして足湯に浸かりだす。

 どうやら、気付いていなかっただけで喉が渇いていたらしい。ミアが入れてくれたサクランボジュースを一口飲めば、ひんやりと喉が潤う心地がした。


(それにしても、いっこうに見つからないわね、アレ)


 使用人たちから話を聞いてみたところ、噂が流れ始めたのは今日らしい。

 窓の外で白いふわふわした人影を見ただの、火の玉を見ただの、暗闇から話しかけられただの。見間違いや聞き間違いとも取れそうな内容である。しかし、人数が多いことから放っておくわけにもいかない。

 とはいえ、対処法が浮かばないのだ。幽霊の倒し方などというものは、誰も知らない。悪魔を払うエクソシストならともかく、幽霊を祓う職業も、聞いたことがない。おまけに、ターゲットを見つけられていないのだからお手上げである。

 どうしたものか、と考えあぐねていたその時。繊細なカットの施されたグラスを手に、カレンがため息をついた。


「もうああいうことは言わないでください」

「わかりました、もう言いません」

「言葉にすると寄ってくると言うからな」

「キャーー!?」

「あーーっ!?」


 突如ダリウスが登場し、カレンがハリーに再びしがみついて叫んだ。ヴァネッサもまた、足湯に落ちたグラスに向けて叫び声をあげる。足湯はすっかりピンク色に。

 今にも死にそうな顔をしながら息を整えているカレンはハリーに任せ、ヴァネッサはダリウスへと歩み寄った。そして、彼が一人でいることに気付く。


「他の皆さんはどうしたんですか?」

「何やら騒がしかったからな。様子を見にきた」

「そうでしたのね。ちなみに、ゆう、」


 背中にチクチクとした視線が向けられたような気がして、ヴァネッサは一度口を閉じた。


「……ターゲットは見つかりましたか?」

「まだだ。それより、なにやら美味しそうなものを飲んでいるな」


 ダリウスの視線が注がれたのは、サクランボジュースの入っている瓶だった。

 ヴァネッサは瓶とグラスを手に取り、ダリウスへと笑いかける。


「殿下も飲まれますか?」

「そうだな、俺も――」

「あっ! やっと見つけましたよ!」

「キャーー!?!?」


 またもや響いた盛大な叫び声に、ヴァネッサの鼓膜がビリビリと震えた。床の上で粉々になった、デザインまで監修したグラスの破片から目を逸らす。

 ついにハリーの服の中へ頭を突っ込んだカレン。彼女が指を差していたのは――


「初めまして、ヴァネッサ殿下。商談をしに参りました」


 真っ白なフードに身を包み、ランタンのついたリュックサックを背負った、商人Aだった。……それこそ、動くたびにふわふわと裾がたなびきそうなフードと、夜でもはっきり炎が見えそうな大きな大きなランタンの。

 ヴァネッサたちは大きなため息をついた。犯人である商人Aは、ケローッとした表情で頭を傾げている。


「見つかったことだし、俺は先に戻っていよう」

「わ、わかりましたわ。って、ああ!?」


 ダリウスがふっと笑みをこぼし、去って行ったのも束の間。ヴァネッサはある出来事を思い出した。


「貴方が媚薬を売ったのよね!?」


 ツカツカと商人Aへと歩み寄っていく。キツめな顔立ちのヴァネッサに睨まれてもなお、商人Aはあっけらかんとしていた。


「解決した問題とはいえ、出どころを吐いてもらうわよ」

「私にはできませんねぇ」

「どうしてよ」


 胸ぐらを掴もうとするヴァネッサの手から、彼はするりと抜け出した。そして、クスリと微笑む。


「ヴァネッサ殿下とは初対面ですから」

「……貴方は商人Aではないの? 声も、口調も、見た目もそっくりだけれど」

「私の名前は商人Aですよ」


 彼の答えを聞き、余計に混乱してしまう。ヴァネッサはギュッと眉間に皺を寄せ、頭を傾けた。

 右に捻り、左に捻り。混乱してばかりの頭の中で、なんとか答えを探し出そうとする。


「……記憶喪失?」

「それはないかと思います」


 ハッキリとした口調で言い退けられ、ヴァネッサの眉間により深い皺が刻まれた。


「顧客の情報を漏らすことはできないため、詳細はお教えできませんが、殿下が仰られているのは別の商人Aだと思いますよ」

「別の商人A?」

「はい。同姓同名の別人です。他にも商人Aはいっぱいいますよ」

「……それは偽名?」

「申し訳ございませんが、お教えできません。従業員の個人情報は保護するように、と言われておりまして」

「そ、そう」


 なかなかに不可思議な会話をしたせいで疲れてしまったようだ。頭がクラクラとする感覚に襲われながらも、どうにか真面目な表情を取り繕う。

 なんとなく後ろを振り返れば、カレン以外の全員が訝しげな目を商人Aへと向けていた。ミアに至っては自身の背後に立ち、こっそりと武器を構えている。

 カレンは、商人Aやこの世界の仕組みに興味がさほどないらしい。疲労の見える顔で、つまらなさそうにハリーに寄りかかっていた。

 取り敢えず、これほど殺伐とした空気の中で商談を聞く気にはなれないことは確かだろう。


「(顔見知りの方の商人Aの居場所を尋ねたいし、)商談は聞くわ。でも、今日はもう遅いから明日以降でお願い」

「かしこまりました。更なる温泉施設の増設に有効的な商品をお届けできるよう、また明日にでもお話をしに伺います。……他国の温泉事情、お聞きしたいでしょう?」

「えっ」


 意味深な微笑みを浮かべ、新たな商人Aは闇の中へ溶けるように消えていった。



★★★



「なるほど。それで気が昂り、眠れないのか」

「お、お恥ずかしながら」


 商人Aの後を追おうとするのをミアたちに止められてしまったくらいである。

 そして今は、支配人へと報告を済ませ、ベッドに横たわった状態でダリウスに頬を撫でられていた。部屋の中にはハーブティーの香りが立ち込めており、お陰でほんの少し落ち着いた気がする。鎮静効果があるからと、ダリウスがわざわざ用意してくれたのだ。とはいえ、眠気はまだまだ来そうにない。


「それにしても、少し怖かったです」

「幽霊か?」

「いいえ、商人Aが何人もいることです。同姓同名なだけでなく、仕事も、見た目も、声も、それこそ、記憶以外すべて同じに思えたのですから」

「ここがゲームの世界だからかもしれないな」

「ゲームの……」


 なんでもないような表情で、ゲームの記憶がある自分よりも冷静な言葉を紡いだダリウス。彼は、普通はあり得ないような自身の発言を受け入れてくれているのだろう。そのことが嬉しくて、ヴァネッサはほんの少し綻んだ。


「……俺がゲームのキャラクターなのは不満か?」

「いえ! 今のは落胆して言ったわけではありませんわ」


 ダリウスからヴァネッサの表情は見えにくい。そのため、勘違いさせてしまったようだ。慌てて否定すれば、彼は安堵したように息をついた。

 そういえば、ダリウスは部屋に戻ると言っておきながら、商人Aが去ってすぐにまた来てくれた。ヴァネッサの叫び声が耳に届いたかららしい。


「殿下はいつも、私を助けに来て下さいますね。……殿下のことをキャラクターとして見ていた時もありましたが、最初と同じく、今は違いますわ。今は殿下そのものを見ています」

「ならよかった」


 そう溢した彼の表情は、本当に心の底から安心したように見えた。

 もしかすると、彼がゲームのキャラクターであるということを彼自身も気にしていたのかもしれない。当たり前のことなのかもしれないのに、まったく考えたことがなかった。彼はまた、自身の知らないところで不安を感じていたのかもしれない。


「ダリウス殿下」


 ヴァネッサは彼を正面からきつく抱き締めた。


「これからは、殿下を不安にさせないよう目いっぱい愛を伝えていきます。照れ隠しに逃げることもしません」


 力を緩めて、彼を見上げる。

 ヴァネッサの胸は相変わらず、眠れないほどドキドキとしていた。それでも、決して目を逸らさずに見つめ続ける。

 すると、ダリウスの掌がヴァネッサの頬に触れた。愛おしそうな瞳が、意地悪げに細められる。


「それだけ顔を真っ赤にして、本当に逃げないつもりか」

「だ、大丈夫で――」

「本当に?」


 刹那、ダリウスとの距離が縮まった。

 軽い音を立てて、唇と唇が離れる。


「俺は君に触れたい」


 ――殿下のこんな瞳と顔は、知らない。

 刹那さを孕んだ扇情的な眼差しから、目が離せない。ただでさえ昂っていた頭が、緊張を通り越して真っ白になりそうだ。胸も痛いほどに苦しくて、身体中が熱くて堪らない。

 名前を呼ばれる度に、頬に、唇に、首に触れられる度、口付けられる度に、身体が自ずと跳ねてしまう。恥ずかしくて、頭の中がぐちゃぐちゃで、逃げ出したいのにできなくて。


「……ヴァネッサ」


 聞き慣れた、何度も呼ばれた名前のはずなのに。ひどく恥ずかしいものに思えてならなかった。

 声を出すことさえできずに、潤んだ視界の端を拭う。しかし、その手はダリウスによって絡め取られ、組み敷かれてしまった。


「これからも、俺の側にいてくれるだろうか」

「も、もちろん、ですわ」

「よかった」


 返答に満足したのか、彼は嬉しそうに唇を少し歪ませた。


「これで、君を泣かせることができる」


 聞き返すことはできなかった。

 ベッドが軋んだ音を出し、彼の唇が耳へと近づいていく。クスリ、と彼の熱い吐息が耳にかかった。


「可愛いな」

「ブッ」


 この日、ヴァネッサは久しぶりに顔から火を出して倒れた。

 心だけでなく身まで溶けるのは、まだまだ先になりそうだ。

 最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

 ヴァネッサはこれからきっと、数々の温泉施設を企画したり、新たなゲームの舞台国を訪れたり、事件に首を突っ込んだり、慌ただしくも楽しい人生を送っていくのだと思います。ダリウス殿下も、護衛の方々も、なかなか気が抜けません(ダリウス殿下は幸せそうですが)。これからも二人はゆっくりと、関係を紡いでいくのでしょう。

 ライルにも報われてほしいですが、恐らく、次の世界があったとして、自由に生きればいいとあの人(存在)に言われても、この世界で終わりにすると思います。たとえ両思いでなくても、ヴァネッサと、ヴァネッサ以外の人々と過ごした人生に満足しつつあるからです。

 ちなみに、ヴァネッサの名前の由来は「蝶々がスピリチュアル的に復活、再生、変化を表す」ということから来ています。名前ではありませんが、ライルの髪色は「孔雀は復活や不死の象徴」ということから。他のキャラクターたちの名前にも、意味や由来があります。


 改めまして、いいねをつけてくださった方、ブックマーク登録をしてくださった方、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました! もし少しでも楽しんでいただけたのなら、評価をいただければ幸いです。

 本作品を見直し、また創作の糧にしていこうと思います。


おまけに話について。

 彼が去った後にヴァネッサはおろか、誰も叫んでいないんですよね。

 ミアの想いは、ずっと、胸の奥で大切に隠されていくのだと思います。

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