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おまけ・上 念願の温泉宿が完成しました

 結婚式の二日後からアヴァランシェ一周旅行が始まって約一ヶ月。ヴァネッサは再びイエローボ山を訪れていた。


「ついに夢が一つ叶うのね」


 ほう、と白い息を漏らした先に建つのは、どこか懐かしさも感じる異国情緒漂う建物――温泉宿だ。

 杉と檜を使った、温かみのある広い木造建築。木枠の窓には、日当たりのいい場所にはうっすら暖色を混ぜたガラスを、悪い場所には寒色を混ぜたガラスを使っている。それぞれの魅力を最大限に活かす仕組みだ。

 ちなみに、この温泉宿には本館の他にこじんまりとした離れがいくつかあり、その中には窓がステングラスになっているものもある。そこではレトロな雰囲気に合わせ、深紅のカーペットやアンティーク調のペルシャ絨毯を敷いている。合わせてブレイズ王国の金属飾りやガーネットの嵌められた鏡台なども置かれており、赤と金のラグジュアリーでいて可愛らしい空間が楽しめるだろう。

 本館の中に入れば、囲炉裏が用意された個室が幾つか用意されており、そこで客は小さなお菓子と茶を飲みながらゆっくりと宿の説明を聞くことができる。

 中を区切るのは、木造の外壁と障子。障子はゲームの記憶などを利用し、建築家のマイケルや製紙会社の協力を得て、(こうぞ)を使い一から作ったものだ。また、お土産としても様々な形に加工し、本館内のショップにて販売する予定である。東方の国の書記も少々参考にさせてもらった。いつか訪れるつもりである。


 他にも、個室やら、食堂やら、料理やら、従業員の服やら、小物やら、すべてこだわり抜いた。

 中でも特にこだわったのは、もちろん温泉である。

 内風呂には(ひのき)風呂を用意した。落ち着きのある静かな香りは、穏やかなひと時を提供してくれることだろう。桶まで檜製だ。

 一番注目して欲しいのは、外風呂。

 そう、遂に露天風呂を創ったのだ。なんと岩風呂で、外の景色を眺めながら浸かることができる。冬の雪景色を楽しみながら、熱々の温泉に入り、談笑する……最高だろう、絶対に叶えるつもりだ。

 もし自分がヒロインなのだとして、ケネスやハリーと入ればミニゲームの再現が可能である。絶対にしないけれど。とはいえ、家族風呂は一つ用意してある。この宿は平民貴族関係なく、誰でも利用できるつもりなのだから、もちろんファミリー利用も可能にしているのだ。


 空に立ち上がる湯煙を見つめ、ヴァネッサは満足げに鼻を鳴らした。ほんの少し目頭が熱い。

 泣いてはいけないと目元を軽く抑え、もう一度、温泉宿を見上げる。


「忙しくて先延ばしにするつもりでいたけれど……」

「流石、ってところでしょう?」

「きゃっ!」


 突然背後から声をかけられ、ヴァネッサは振り向いた。メイが人のよさそうな笑顔で「やぁ!」と言って、手を上げている。

 ヴァネッサは苦笑したあと、隣にやってきた彼へと向き直した。


「ええ、流石だわ。長くもない時間でこれほどの建築物を建ててしまうなんて。おまけに私が見た通り、いえ、イメージ通りの出来よ」

「でしょう、でしょう! あっ、もちろん手は抜いていませんし、ヴァネッサ殿下とダリウス殿下の言う通り無理もしていませんから、ご安心下さい」


 パチンっとウインクをするメイに思わずクスリと笑みが溢れた。久しぶりの陽気さに安堵も感じる。ヴァネッサの身分を知ってもなお、変わらぬ態度を取ってくれることが嬉しい。

 温泉宿の感性も含めてしみじみとしたものを感じていると、メイがふと宿を見上げた。


「自分で言うのもなんですけど、面白いものが出来上がりましたね。設計図を見た時も感じていましたが、いざ目にするのとではぜんぜん違います。……本当、ヴァネッサ殿下には驚かされてばかりです。一緒に仕事ができて楽しいですよ」

「メイ……! 私も、貴方達と仕事ができて良かったと思っているわ。いつもありがとう」

「そう言ってもらえて嬉しいです。光栄ですよ」


 目に涙を堪え、誇らしげに微笑む彼に釣られてヴァネッサの目頭が再び熱くなる。彼とはもはや、長年の相棒のような気がしてならなかった。それほど熱く語り合い、時にはぶつかり、温泉施設のために奮闘してきたのだ。


「確認ですけど、この後はオープンセレモニーを行って、終わり次第、試泊に移るんですよね? まさか建設メンバー全員をお誘いしていただけるなんて、思いもしませんでしたよ。殿下たちも泊まられるみたいですし、本当、懐が広いお方ですよ」

「当たり前じゃない。みんなにはお世話になったし、むしろ感謝としては足りないくらいよ」

「それでも本当にありがたいですよ。平民と王族が同じ施設で寝泊まりするなんて、この国じゃ考えられませんから」

「そうかもしれないけれど、私は誰にとっても安らげるような宿にしたいの」


 すべての人を受け入れられることも含めて、自分が描いた理想の温泉施設なのだから。


「そのためには、貴方たちの意見も必要だわ。思う存分、改善点とか感想を聞かせてね」

「もちろんです! あ、ダリウス殿下!」


 ニカッと白い歯を見せて笑ったかと思うと、メイはヴァネッサの後ろへと手を振った。振り返る前にヴァネッサの後ろへとダリウスがやってくる。


「久しぶりだな。流石、見事な仕事ぶりだった」

「お久しぶりです。そう言っていただけて光栄ですよ。ここへはヴァネッサ殿下をお探しに?」

「ああ。もうセレモニーが始まる。そろそろ集まった方がいいだろう」


 そう頷いて、ダリウスは何の恥ずかしげもなくヴァネッサの手を取った。その後ろをメイがついてくる。

 視線が何やら気になるので振り向くと、予想通りというべきか、メイはニンマリと微笑ましい目をこちらへと向けていた。


「ラブラブでいいですねぇ」

「ひ、冷やかさないでちょうだい」

「事実だろう」

「おっ! 流石は殿下、堂々としていらっしゃる!」


 悪気はないと分かっているが恥ずかしくなってくるので、もう何も言わないでほしい。そう思った矢先、目的地の方向からため息が聞こえてきた。メイが嬉しそうな声をあげる。

 恥ずかしさを振り払って先を見やると、両手を組んでジトリとこちらを見やるライルの姿があった。


「メイさん、冷やかしはその辺にして身だしなみを整えてきたら? 髪が跳ねてる」

「えっ、どこだ?」

「そこ」

「ここか?」


 メイはライルが指を差した側とは逆の髪を撫で付けた。

 その後も外すわ外すわ。指摘することを諦めたのか、ライルはまた肩を落としてため息をついた。


「直すからこっちに来て」

「お〜! やっぱりおまえは器用だなぁ」

「メイさんが大雑把なだけでしょ」


 唇を尖らせているが、褒められて嬉しそうに見える。

 ライルはこの国に戻ってきてから、予定通り温泉部員として採用されることとなった。今はかつて住んでいた湖の近くの家に住んでいる。

 とはいえ、しょっちゅうメイたちの家に招待されたり、酒場に呼ばれたりしているため、一人で過ごすことは少ないらしい。本人は「騒がしい人たちだよ」とやれやれといった様子で言ってたが、それでもやはり、どこか楽しげに見えた。メイたちはそんな彼が思春期の息子のようで面白かわいいらしい。言ったら怒られるから、絶対に言わないでくれと伝えられているが。

 そういえば、再会時は嬉しさのあまり泣いていたか。宴まで開いていた。ライルはわかりやすく泣くことはなかったが、目が潤んでいたことは見逃していない。


(とにかく、今こうして仲良く過ごせているようでなによりだわ)


 なにやらメイに頭を撫でられてご立腹のライルを眺めて、微笑ましいと笑みをこぼす。

 今日は、前回のセレモニーよりさらに規模が大きくなっている。火竜、氷狼、教会の神父に聖女(ラヴィーネの生まれ変わりということから、シェールに与えられた称号)。なかなかレアな参加者が集まっていることから、国内外共に注目度はかつてないほど高くなっている。

 この日を大成功させるために、ヴァネッサは何度も衣装チェックをして、眠る寸前になろうともスラスラ台詞を言えるまで練習し、万全の状態になるよう努めてきた。


(夢のオープンまであと少しね!)


――と、思っていたのに。


 囲炉裏の中で火がパチパチと音を立てる中、ヴァネッサは支配人の口から発せられた言葉に耳を疑っていた。


「えぇと……もう一度、聞いてもいいかしら?」


 張り詰めた静寂に、誰かが喉を鳴らす音がやけに大きく響く。


「実は、幽霊が出たと従業員の間で噂になっておりまして」

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