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18話 火竜様の予感的中かもしれません

 顔に大きな十字型の傷がつき、濃い髭がポイントの無骨そうな大男が拳を握りプルプルと震えている。


「お前ら……」


 ライオンの唸り声のように低い声をかけられているのは、ヴァネッサが入れられた牢屋の門番をしているザラムの若人が二人。


「武勇伝語りに行きたい国の話、文字当てに目隠し遊び……なんで商品と楽しそうに話しているんだ!」

「ヒイッ!」

「すみません!」


 牙をむかれた若人は、大きく肩を震わせた。大男が二人をジロリと睨め付ける。


「あの――」


 ヴァネッサはわざとしおらしい態度で格子に近付いた。眉を下げ、ほんの少し上目遣いで見つめる。


「お願いですから、お二人を怒らないでくださいませんか? 慈悲深いことに、私の最後のお願いを聞いてくださっただけなのです」

「黙れ!」


 大男に吠えられ、今度はヴァネッサが肩を小さくビクッと上げた。この時目を瞑ることがポイントである。


「あーあー副リーダー、そんな怒鳴らないでやって下さいよ」

「かわいそうじゃないですか。それでも男なんですか」

「いや、オマエら一度も『かわいそう』だなんて言ったことねぇだろうが。なに絆されてんだよ」


 ヴァネッサの前に若人二人が両手を広げて隠すように出てきた。大男は若干引いた目を向けるも、二人は気にしていない様子。


「つーかなんで話したんだよ。私語厳禁だろ」

「すごい泣いていてかわいそうだったし……」


 垂れ落ちてきた地下水である。


「友達も恋人もいなかったみたいで、最後に誰かと話してみたかったらしいんですよ」

「両親には先立たれ、兄弟にはいじめられ、婚約者には浮気され……そしておれらに捕まったんですよ? かわいそうでしょう!?」

「薄汚いおれたちの話も親身に聞いてくれるってのに……なにが不満なんですかね!? おれなんて彼女のかの字もないのに!」

「圧が強い、圧が強い」


 本当の涙を流しながら訴える若人に、大男が気圧され後退りしている。

 ヴァネッサは泣き落としに出たのだ。そして、あわよくば彼等と仲良くなり、こっそり逃してもらうつもりなのである。逃してもらえなくとも、隙をついて脅すつもりだ。

 本来なら熟練の暗殺者に泣き落としなど聞くはずがない。しかし、ザラムの暗殺者の大半は捕まっている。また、若人二人の振る舞いはとてもプロとは思えなかった。要するに彼等は下っ端なのである。

 そのため、心を開かせるのにさほど時間はかからなかった。とはいえ、ヴァネッサはただ話を聞いているだけだったのだが。少しは話しているが、すべて嘘ではないのがこれまたポイントである。

 ふと、若人が残念そうにヴァネッサへと振り向いた。


「ほんとごめんな、外に出してやれなくて」

「だから、話すなと」

「あんた加護持ちなんだろ? 無理やり他の妖精の力を送られてるから、気持ち悪くて仕方ないよな、ほんとごめ――」

「だから! 話すなと! 言っている!」


 ついに大男がキレた。火山が噴火したかのように顔を真っ赤にさせている。

 それにしても、いい情報を得ることができた。この手枷には妖精の加護のようなものがかけられており、力が着用者に強制的に流されるのだろう。気持ちが悪いのは恐らく、火竜の力と反発しあっているから。

 逆にいえば、肉体自体に問題はないということだ。


(鍵は持っていないみたいね。どこにあるのかしら……)


 こっそり思案している間にも、大男は怒鳴り続けている。遂には若人二人を追い出し始めた。二人はというと「静かにしていますから」だの「この冷血漢」だの喚いている。

 程なくして、若人に猿ぐつわを噛ませて大男が戻ってきた。何かあった時に困るのではないかと思うのだが、ヴァネッサとしては好都合である。

 ヴァネッサは姿が見えたタイミングで地下水を追加で目と指先につけ、クスンと鼻を鳴らした。


「おい、なぜ泣いている」

「えっ? ……あ」


 恥ずかしそうに目を逸らし、次いで悲しげに眉根を寄せる。


「少し、お父様の姿と重なったんです。厳しかったけど、本当は優しくて、私のことを大切に――」


 ヴァネッサはさっと口を手で覆った。指先につけておいた水滴をこっそり目元へつけておく。


「……ごめんなさい、話しちゃだめなんですよね、黙ります」

「ああそうだな」


 涙を拭うように人差し指で瞼を撫で、わざとらしい微笑みを浮かべる。


「それでも、少しでも話せてよかったです。こんなにも私の話を聞いてくれる人は、初めてだったから……」


 大男に目を合わせることなく膝を抱えてしゃがみ込んだ。そして、落ちていた細い細い木の枝で小さな人と大きな人を一人ずつ描き始める。

 描き終えた辺りで大男が席を立った。耳を澄ましてみると、どうやら若人二人を今度こそ外にやったらしい。

 戻ってきた姿を見ることはしない。しかし、手は一瞬止めて……また描き出す。


「……オレにも家族がいたんだよ。成長していたら今頃、オマエと同じくらい……」


 すると、大男がぽそりと呟いた。

 頭を垂れた彼は、ギュッと拳を握っている。


「あと数分でおまえは移動する。……その前に……」


 男の手によりいっそう力が込められる。

 ――その時、爆発音が辺りに鳴り響いた。


「ウガッ!?」

「キャーー!?」


 鉄製の扉が爆風と粉塵を引き連れて大男に激突。


(まずい……! 粉塵が喉に)


 辺りに舞う砂煙を払いながら、ゲホゲホと咳を繰り返す。

 ジワリと目の端から涙が滲んだその時、煙の中から人影が揺らめいた。


「ヴァネッサを泣かせたな?」

「キャアアアア!?」

「イヤアアアア!?」


 現れたのは、全身返り血で真っ赤になった、冷たいほどに無表情なダリウスだった。

 気絶している若人二人の髪を引っ掴み、髪からも目からも剣からも血を滴らせ。彼に睨まれた大男は、氷の矢で射抜かれたように固まってしまっていた。口は悲鳴をあげた時のままである。

 愛しい人の助けにほっとするはずなのに、ハラハラして仕方がない。


「その首、頭領と共に門前へ飾ってやろう」


(もう既に切り落としたの!?)


 白目を剥いて失神している大男を前にして、ダリウスはぬらりとした動きで剣を構えた。


「待ってください!」


 ヴァネッサは慌てて格子の外へと手を伸ばした。手枷が腕に食い込み痛んだものの、なんとか彼の服の裾を掴む。


(指先がぬちょっとした! ぬちょって!)


 ゾワゾワと指先から悪寒が走る中、ダリウスの冷たい瞳がヴァネッサへと向けられた。


「どうした。やはり晒し首では足りないか」

「いえいえいえ!? 気絶しているのですから、その、捕縛されてはと言いたいのです!」

「君を泣かせた。殺すには十分な理由だ」

「不十分です! あと泣いていません! 地下水で濡らしただけです!」

「罪人を気遣うなんて、君は優しすぎる」

「だから違いますって!」


 声を荒げて伝えるも、おかしなゾーンにでも入っているのか真っ直ぐに届かない。


(ああもう!)


「いいから鍵を開けて私を抱き締めてください!」

「わかった」


 咄嗟に浮かんだ言葉を叫んだ刹那、ヴァネッサの前でガゴンッと何かが動く音がした。叫ぶために瞑った目を開けると、格子がスルスルと前へ動いていく様子が。そして、壁にかけられた。

 状況を理解するより早く、ダリウスの腕に抱き締められる。じわじわと血が服の中へ侵食してくる感覚に震えていると、彼の胸板がゆっくりと大きく上下した。


「……血のにおいがする。どこを怪我した?」

「恐らくその血は殿下が……何かをした人たちのものだと思いますわ。私はせいぜい手枷が食い込んだくら――きゃっ!」


 手枷、と言った途端、ダリウスがヴァネッサの肩を離した。ズッシリと重みのある手枷を捉えた彼の目が、睨むあまりに細められる。


「この血は」

「殿下を止めた時に」


 そう言えば、ダリウスの眉間がピクリと動いた。少しずつ殺気が薄れていく。

 肩を落として手枷を掴んだ彼の瞳は、ひどく悲しげだった。


「……すまない。君が連れ去られたことがショックで、取り乱してしまっていたようだ」

「そうみたいですわね」


 やり過ぎである。この部屋から出て行くのが恐ろしいくらいだ。

 ほんの少し外へと視線を逸らし、また戻す。すると、彼の手が微かに震えていた。


「……今度こそ怖くなったか」


 先程の威勢はどうしたのか。ダリウスはしょんぼりと頭を下げ、消え入りそうなそうな声で尋ねた。


「確かに驚きましたし、怖くなかったと言えば嘘になります」


 ダリウスの手がピクリと動いた。

 ヴァネッサは彼へと歩み寄り、その手を握り返す。


「でも、助けるために来てくださった殿下を嫌いにはなっていません。変わらず好きですわ。……助けて下さり、ありがとうございます」

「ヴァネッサ……。本当に、嫌っていないのか?」

「大好きですわ」


 ダリウスの目に涙が滲んだ。健気な姿に愛おしささえ感じる。


「こんな手じゃ、抱き締めることも撫でることもできませんわね」


 ヴァネッサはそういたずら気に笑った。――その瞬間、目の前で手枷が捻じ曲げられた。

 腕を通していた部分が大きく開き、呆気なく床へ落ちていく。


「うっ!」

「ヴァネッサ!」


 途端に力が正しく巡りだし、あまりの力にヴァネッサの身体がドクリと波打った。ダリウスが慌てて抱き抱える。

 その時、複数の足音が廊下から聞こえてきた。扉の目の前で立ち止まったのは、アヴァランシェの衛兵たち。


「殿下! 捕縛が完了しました!」

「牢屋の鍵も入手致しました!」

「ですので、ヴァネッサ様とお戻りになられて大丈夫ですよ」


 ビシリと敬礼した大量の衛兵たちの後ろから、スチュワートが現れた。彼の腕にはミアが抱えられている。


(よかった、怪我はないみたい)


 目は閉じているものの、表情は穏やかだ。薬で眠らされているのだろう。帰ったらすぐに医者に見せなければ。


「あれ?」


 突然、ヴァネッサの視界が揺らいだ。

 ミアの安否が確認できたことで、どっと疲れが出てきたのかもしれない。眠気も襲ってきた。

 視界がぼやけていく中、ハッサンが救出される姿をかろうじて確認する。そしてそのままダリウスの腕の中になだれ込んだ。


「ゆっくり休んでくれ。すべて終わらせておく」

「殺しは……なしで……お願いします」

「……ああ」


 そこは「わかった」ではないのか、と心の中で突っ込みながら、ヴァネッサは思い瞼を閉じた。

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