10話 できることが見つかりそうです
ヴァネッサがアヴァランシェに来て、約一週間が経った。
そして、あることに気付いた。
「私、まったくの役立たずだわ!!!!」
「ヴァネッサ様。シャーベットが溶けてしまいますよ」
「はい……」
メイドのミアに勧められ、グラスに盛られたシャーベットを一口含んだ。ブラッドオレンジの爽やかな酸味が鼻を通り抜ける。
「これ、すっごくおいしいわ!」
「よかったです」
るんるんとした気持ちで、二口、もう三口と食べ進めていく。
流石は城下で一番有名な洋菓子店。上品な味わいだ。スチュワートに許可を得て、町に来たかいがあった。
「って、そうじゃないのよ」
「何がでしょう?」
「このままだと私、ただ物を破壊して、温泉につかって、おいしいご飯を食べているだけでしょう?」
「それが、どうかしましたか?」
「まずいじゃない!」
ミアは小首を傾げた。
そうか。メイドの彼女は、自身が職探し中だということを、知らされていないのだろう。
空いたグラスにスプーンを置き、ヴァネッサは外を眺めた。
今自身が着ている素敵なドレスも、アクセサリーもすべて、ダリウスから支給されたものだ。
「私って、生活力がないのかしら?」
そうこぼすも、ミアは無言で微笑むだけ。「そうですね」ということだろうか。
「お料理はアップルパイしか作れない。食器は割る。洗濯はとろい。お掃除すれば、必ず何かを壊す。はぁ。子供の方がまだマシよ」
「何か一つくらいは、出来ることが見つかるかもしれませんよ」
「だとしたら、ミアは何だと思う?」
ミアは無言で固まってしまった。
(予測不可能なほどに、壊滅的、ね)
もはや笑うしかない。
家事関係なしに自分が出来ることと言ったら、炎の力を使うことくらいだろうか。
(あとは、派手な舞踏会の華として、貴族たちの注目を集めることくらいかしら)
事実、見た目がいいからとヴァネッサに近付く者は多かった。王女という立場も助長している。誰一人として、内面を見ようとはしなかった。
(見る価値もないと、そう思われていたのかもしれないわね)
水面に映る自身の姿を眺める。すると、ミアが質問をしてきた。
「ヴァネッサ様はなぜ、使用人たちのお手伝いをなさっているのですか?」
「そりゃあ仕事を見つけるためよ」
「必要ないのでは?」
ミアは不思議そうに言った。
「いつまでも無職でいるわけにはいかないわ。一か月以内には、お城から出ていきたいし」
「無職? 何を仰っているのですか」
「何って、そのままのことを話しただけよ?」
首をかしげると、ミアはさらに不思議そうに、目をぱちくりとさせた。
「ヴァネッサ様は、殿下の婚約者候補として来られたのでしょう?」
「こんっ、ど、どういうことかしら!?」
驚きのあまり、挙動不審になってしまう。
「違うのですか?」
「違うわよ! 私は仕事を探しに、この国へ来たの」
ミアの眉間にしわが寄る。意味がわからない。そう言いたげだ。
「理由が本当であれば、殿下がわざわざ王城に置く理由がわかりません」
「それは多分」
――私が、元王女だから
ヴァネッサは口をつぐんだ。身分を他の者に明かさないと、そう、ダリウスと約束したことを思い出したからだ。
どうにかして話題を変えようと、辺りを見渡す。今日町に来たのは、城下の外にも仕事がないか探すためだった。
(この国へは、温泉旅行に来たわけではないものね)
ふと、ある疑問が浮かぶ。
「そういえば、町に温泉はないの?」
「ありません」
「えっ、そうなの?」
「はい。温泉があるのは、王家の居城のみになります」
「そうやって、階級の差を……」
国民達も温泉を使えたら便利だろうに。観光施設としても使えるだろう。
「いえ、違います」
そういえば、アヴァランシェは貿易をしていないんだったな、と思っていると、ミアがぴしゃりと言いのけた。
「違うの?」
「はい。温泉を引かないのではなく、引けないのです」
「どうして?」
「殿下、もしくはスチュワートさんに、お尋ねになった方がよろしいかと」
「そう……」
ということは、重要な情報なのだろう。
「帰ったらさっそく聞いてみるわ」
「それがいいかと」
「す、スチュワート!?」
突然、スチュワートが現れた。驚いて体が動き、椅子を倒しかけてしまう。
「どうしてここへ、いらっしゃったのです?」
未だに動揺しているヴァネッサの代わりに、ミアが尋ねた。
「実は、ある方からダリウス様にお手紙が届きまして。お返事をするために、ヴァネッサ様にお聞きしたいことがありまして」
「ダリウス様に届いたお手紙に、私がなぜ関係するの?」
「まずは王城へ帰りましょう」
「わ、わかったわ」
安心させるためか、スチュワートは微笑んでくれた。しかし、この場で話せないとなると、よほど問題があるのだろう。
「あっ。ちょっと待ってくださる?」
「いかがなさいました?」
「ダリウス様にお土産を買っていくのよ。念のために、家からお金をくすね――貰ってきてよかったわ」
「今何か、別の言葉を言いかけませんでしたか?」
「そ、そうかしら?」
笑ってごまかしながら、会計へと向かう。
(うん、青いリボンがダリウス様の瞳みたいで、ぴったりだわ)
花柄のキャンディーを見て、ヴァネッサは微笑んだのだった。柄の選択は勘である。
★★★
「で、殿下。もう一度言ってくださいませ」
ダリウスにキャンディーを渡すヴァネッサの手が、ぴたりと止まった。
「君の弟、ケネス殿から手紙が届い――ヴァネッサ? 急に震えてどうしたんだ?」
ダリウスが肩を抱く。
「こここ、これは武者震いですわ!」
「自分の弟にか?」
流れるような彼の突っ込みに、唇をかみしめて体を固まらせる。
過去に対するトラウマ、弟に対する恐怖心のあまり、彼の名前を聞いただけで身体が反応するようになってしまったらしい。
(落ち着け、落ち着くのよ、ヴァネッサ)
ダリウスに支えられながら、深呼吸を繰り返す。
(そうだわ! なにかリラックスできるものを想像しましょう!)
温かな温泉、料理長自慢のおいしい料理の数々、優しい使用人の方々の笑顔、今日食べたシャーベット。
「大丈夫か?」
自身を心配そうに見つめてくれる、ダリウス殿下。
「だ、大丈夫ですわ。震えは収まりました」
ヴァネッサはダリウスから離れ、「ほら」と両腕を広げて見せた。(後になって、広げる必要があったのかとは思ったが)。
「返答の確認をしようと思って読んだのだが、やはりまだ堪えるようだな。君にとって不利にはならないようにするから、今の話は忘れて帰ってくれて構わない」
「い、いいえ! このままでは気になって眠れませんもの。お聞かせくださいな……なんと書いてあったのかを」
二人の間、いや、執務室中に緊迫した空気が漂う。
「長い前置きの後に、『姉上を知りませんか』という内容の文が書かれていた」
「ヒィッ!?」
どす黒い悪寒が全身を駆け巡り、ヴァネッサは身震いをした。
「彼はエスパーか何かなの!? どうしてここにいるとわかったのよ!?」
もはや震えることもできずにいると、ダリウスが両肩を掴んだ。
「大丈夫だ。彼には『知らない』と伝えるから」
「で、殿下はいいのですか? 嘘をつくことになりますが」
「ここまで怯える君を差し出すような真似は、できない」
はっきりと落ち着いた声は、ヴァネッサを安心させた。
「あ、ありがとうございます」
「ああ。それより、俺にお土産を持ってきてくれたのだろう?」
「そうでしたわ!」
慌ててキャンディーを探すと、それはソファーの上に落ちてしまっていた。いくつか割れてしまっている。
(床ではないけれど、放り投げてしまったものを渡すわけにはいかないわね)
「どうした?」
「ソファーに落ちたものを、殿下に渡すわけにはいきませんわ。また買いなおしてきます」
「中が飛び出たわけではないのだから、渡せばいいだろう。割れていたとて、腹に入れば同じだ」
「あっ」
掌にのせられているキャンディーを、ダリウスがそっとつまんだ。
「ありがたくいただこう」
穏やかな微笑みに、ヴァネッサの胸がドキリとした。
(「ありがとう」と言われて慣れていないからかしら?)
形式的なもの以外で、誰かにプレゼントを受け取ってもらえたことも初めてだった。ハリーには自分の意志で誕生日プレゼントを用意したことがあったが、断られて以来、すべて使用人に選ばせていた。
(温泉のことは、また明日、落ち着いた時間帯に聞くことにしよう)
せっかく穏やかな空気になったのだから、今日はそのまま寝てしまいたい。




