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『COME BACK MY HERO』



迂闊だった。




場慣れしていない人間ならばこの装備でも

私一人で5か、6人は楽勝だと。

後は適当に罠を作動させて捕まえればやれると思っていたのに。



まさか相手が人間ですらないなんて。



それが二匹もいるなんて。

ものの数分のうちに、

辺りに仕掛けた捕縛用の罠は何個も壊され、

私の脚は潰され、

隠していたスマホも壊された。

壊される前に電話を掛けられたけど、

それを直ぐに察してベストから剥ぎ取られて床に叩きつけられた。



二匹は両方とも人とほとんど同じ姿をしている。


サメを模した仮面をしている者は、

背が高く筋骨隆々で首には魚のようにえらがついている。

仮面の下から見える歯はギザギザで深海魚の様だ。

身に着けている防弾チョッキの下からも鱗のような物が見える。


黒いライダーヘルメットをかぶっている者は、

体格はもう片方と比べると華奢で平均的な肉付きだ。

被り物からはみ出る程の黒髪を背中に伸ばしていて、

それがレーダーの様に右に左にゆらゆらと毛先を動かしている。

まるで蛇だ。

身に纏っている黒いロングコートはそれに影響されてか常に微妙に揺れている。


見た限り獲物は魚人が2mを超える巨大な三又槍、蛇がスナイパーライフル。

いや、恐らくレールライフル。

壁を貫通する優れモノだ、出なければ私が物陰に隠れているのに私の右腿を打ち抜くことなんてできない。

かくいうが魚人の持つ三又槍もかなりの重さ、と鋭さがある。

今私の右足の上に刺さっているそれは返しがついているのもあって

女性の腕力ではびくともしない。

何処からこんな高性能なものを調達したのか想像がつかない。



「おぉい、諦めなってぇ」



自分の足から血を噴き出させながら槍の先端を抜こうとしていると、

魚人は三又を押し込む様に汚い足を乗せてきた。

それによりもともと深かった傷がさらに深く広くなり、

鋭い痛みは鈍く広がる痛みになった。

痛くて熱かった傷口は、もはや神経が麻痺し始めて血も少ないためか

冷たく、抉っている獲物の形を確かに感じる。



「お前さあ、このままだと死んじゃうよ?いいの?

人間致死量の血液流れると死ぬらしいぜ、コロッとな」



にやけ顔を私の顔に近づけながら臭い息を吐いてきた。


そんなこと知ってる、それは大量出血を短時間でした場合だ。

傷口に両手を当て苦しむふりをしながら、

人差し指に仕込んでおいた止血剤を傷口に塗る。

ついでに動脈も圧迫しておく、

気休めだがしないよりは良いだろう。



「殺すならさっさと殺しなさいよ。

このド三流の屑共が」


「なんだとぉこの野郎!」


「やめなさい」



私と魚人がいがみ合っていると、奥から戻ってきた蛇がそれを制した。



「君は直情すぎるわ。

もうちょっと慎重に事を進められ無いの?」



ヘルメットのボイスチェンジャーから発せられる音で魚人を叱りつける蛇。

それに対して「ごめん、姉御」と子供の様に大人しくなる魚人。



「そろそろ貴方の組織の名前とここにいる目的を吐いてくれないかしら?

私も女の子がこんな痛々しい姿でいるのは胸が痛いわ」



そう言いながら蛇が私の顎を上げ、無理やり傷口から目を逸らさせる。

私はそれに対してヘルメットのシールド部分に唾を吐いて返答代わりにする。



「あんたの目、気に食わないのよ。二度とこっちに向けないで」



蛇はお返しとばかりに私に平手打ちを食らわせた後、3歩ほど下がってフェイスをコートで拭った。

それと入れ違いに今度は魚人がみぞおちにつま先を蹴り込んでくる。

防弾チョッキ越しでも痛みと気持ち悪さが十分に来る程の怪力だった。


やばい、痛みと出血でそろそろ本当に目が霞んできた。

鎮痛剤でどうにかなるレベルではいよいよ無い。

痛すぎて、本当に痛い。



「てめえ、いい加減吐けよ!おらあ!!どこの指示だ!!?」



魚人が乱暴に前髪を引っ張り、唾をまき散らす。

私は「五月蠅いわよ、ばあか」と呟く。



もう意識がほとんど手放されている。

出血量的にはまだ死なないだろうが、

致命的な傷を負っているのは確かなんだから。

きっとこのままだと死ぬだろう。


いや、そもそも今更何をこんなに必死に生きようと藻掻いて居るのだろうか。


そういえば最後は何処に連絡を取ったのだったか。

助けは来てくれるだろうか。


ああ、そういえば兄に連絡したんだった。



「気を失ってんじゃあねえぞ、何ならもう一本もいくか!!」



魚人が右腿を貫いている三又槍を引き抜き、

それを今度は私の左ひざに後ろの壁に串刺しになるように刺す。

右脚からは返しのせいでより肉が抉れ、乾きかけていた赤黒い傷跡を真っ赤に塗り直した。

左脚は吊るされているからか、

重力も加わり関節や骨にもミシミシという軋む板のような痛みが加わる。

逆の脚は全然動かないから立つことも出来ないのでその痛みに耐えるしかない。

もっとも、もう痛みはとうに限界を超えているので意味は余り無いが。


ああ、いたいなあ。

てか何やってんだろ、私。

助けを呼ぶなら警察とか仲間の方が絶対に良いのに。

兄貴に助けを求めるなんて。



厳しい時、辛い時にいつも思い出すのは兄の事。

優しくって、強くて、頼りになる私の憧れのお兄ちゃん。

呼ばれたら、何時でも掛けつける私のヒーローだったお兄ちゃん。


急に人が変わってしまった、もう何処にもいないお兄ちゃん。




当時中学生1年生だった私はよくわからなかったが。

母から聞いた話では、

助けた人が重犯罪者だったらしい。


その何処の誰だか知らない奴を助けたせいで

お兄ちゃんが犯罪者の仲間扱いされた。

そしてお兄ちゃんは何も悪くないのに皆はそれを信じなかった。

だからお兄ちゃんは半年程捕まっていたらしい。


そこでお兄ちゃんは私の知らない誰かになって家にやってきた。



初めはお兄ちゃんと再会できたことに喜んでいた私は、

数日経つと兄と距離を取り始めた。

勉強も運動も人間関係にも億劫になって、

兄も私や両親と距離を取り、

独りでいることも多くなった。



【コイツもう――か?】

【あなたが――】



ダメだ、もうこの馬鹿共の言う事すらまともに聞き取れない。



・・・最期にもう一度会いたかったな、お兄ちゃん

困りながらも笑う顔を、

悪態をつきながら手伝う背中を、

髪を結んでくれる手を、

こんな時に思い出す。



・・・嫌だ、助けてよ

やっぱり死にたくないよ、誰でもいいから



「たす――て」



薄れそうな意識で声を絞り出す。

瞳から暖かい液体が頬を伝う。

それが涙だと認識した。

一度心の芯が折れてしまったら、

ダムが決壊してあふれ出す水みたいに、

感情も涙も

一緒に恥ずかしげもなく溢れ出す。



「たすけて、おにいちゃん!」



今度は大きな声で。

涙の勢いに負けじ劣らずの勢いで。

幼い頃、いつも助けを求めていた

あの頃みたいに。





「呼んだか!?」


聞き慣れた声が聞こえ――


「待たせて悪いな」


血で汚れた床から顔を上げると――


「後は兄ちゃんに任とけ!」


ヒーローが勇ましく立っていた。


登場人物



黒鉄 勇人           主人公 


黒鉄 四葉           妹


蛇喰 千里           図書委員長


クララ・プログレ        留学生


フランジェシカ・コルヴラド   ネット友達


蛇               ヘルメットを被る長髪の敵


魚人              鮫の仮面を被る敵

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