『もし誰かの呼ぶ声が聞こえたら』
作戦名は決まった。
その後にも作戦についてしばし話あった後、もう夜遅いのでまた明日話し合う事になった。
色々と作戦を練る過程で
常に厳しい態度をとってくる妹や、話が噛み合わないクララと話し合うのは苦だった。
いつもコンビを組んでいるフランとだけは話をスムーズに進められたがほかの二人はそうもいかなかった。
様々な意見が飛び交い、作戦として実行するだけの具体的な案をたったの2日で出せた。
それに合わせ、身の安全を守る為に道具を揃えて、捕獲用の罠を待ち合わせ予定の場所に数個設置した。
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そして作戦当日、
俺達は諸々の準備を終えて作戦決行の場所で見張りを開始していた。
今日は土曜日で休日なので全員私服で現場に行く、
もちろん学生服で行って身元がバレる危険性を回避するためでもある。
俺は身だしなみには疎いので、三人の中でも一番ラフな格好をしていて。
長いジーンズのズボンに、
上は半そでのなんかいい感じの英語が書いてある白いTシャツだ。
四葉は私服でも変わらずの長いツインテールをぶら下げて、
制服と似たり寄ったりのブレザーとスカートを着崩して着ているだけなので。
違うところがあるとすればワイシャツの代わりに
レースの付いた白い可愛らしいブラウスを着ている所と、
腰に巻いたベルトにホルスターとキーチェーンがあるところだ。
撒きついた装飾品のせいか、
それとも性格のせいか小さな体には不相応なほどの攻撃的な見た目をしている。
補導されても知らんぞ。
一方、クララは三人の中で一番身動きが取れそうにない服装をしている。
頭には黒いリボン付きの麦わら帽子、
白い肌に身にまとっているのは赤いワンピースのドレスだ。
腰にはドレスよりも濃い色をしたリボンが
スタイルの良さを強調するかのようにコルセットみたく巻かれている。
見た目良いところのお嬢様のようにしか見えない。
こうしておおよそ同じ目的を持っているとは思えない
容姿の三人で今回の作戦を実行する事になった。
騒動のきっかけになった当本人であるフランは、
安全の為予定していた場所には来ないようにする事になっている。
その代わり万が一現場にいる俺達から連絡が無かった場合は、
フランが救助を呼ぶ役割だ。
その万が一にだけには成らないよう事前に準備はしたが・・・。
俺はリュックサックにしまってある手作りの防犯グッズを確認しながら、
廃工場の内部を見回した。
建物自体はそこまで大きくは無い、高校の体育館程の大きさだろう。
周りに乱雑に置かれている「火気厳禁」と書かれたドラムや、謎の液体の入った缶が有り。
搬入されたコンテナも片付けている最中のだったらしく大小さまざまな金属や薬品が見える。
中央ではゴウンゴウンと最新の自動化された機械が、
粘着性の高い黒い物体を固まらないように混ぜ続けている。
端にあるプレス機らしき機械は、
逆に古ぼけていて手動でスイッチを入れるタイプらしくピクリともしていない。
手入れが全体に行き届いて無い。
見た限り金属加工を主に行っている工場のようで。
今日は稼働日では無いので此処に人は居ない。
鍵は何故か開いていた、不用心にも裏口の古臭い南京錠は壊れていたようで何も苦労なく入れた。
機械や薬品が比較的置かれていない拓かれた広場の様な場所で、
四葉とクララは罠の配置場所について確認し合っているようだ。
作戦開始前はあまり馬が合わなそうな二人だったが、
いざとなるとしっかりと協力できている所を見ると
様々なバイトを掛け持ちしているらしい四葉は俺と違い
人付き合いも上手いなと少し妬んでしまう。
「何よ、アンタもボケっとして無いでさっさと準備しなさい」
二人を眺めていると、憎たらしい妹が憎らしい目でこちらを睨んできた。
俺は「わかってるよ」とつぶやきながら、面倒くさそうに再びリュックに目を落とした。
中には、自転車のヘルメット、耐火シーツ、炭酸飲料。
左右に有るポケットには大型のハンカチ、防犯ブザー、厚手のグローブ。
確かに防犯グッズは全部ある。
このリュックに収納してある炭酸飲料以外はそれぞれ、頭や、手、口を守ったりする為のものだ。
ブザーは犯人を脅すために使用する予定だ。
食べ物はコンビニで買ってその場で食べ、
ゴミ箱にでも捨ててくる予定なので持ってきていない。
少しでも俺達の痕跡があった場合、
それがきっかけでお巡りさんに不法侵入罪とやらにより捕まるのは避けたいからだ。
各々防犯グッズやら身を守る為の武器を確認し始めたようで。
四葉はモデルガン、クララは警棒のような物を手にしている。
「それ、本物じゃないよな?」
「何言ってんの?そんなわけないでしょ普通のJKがそんなもの持ち歩けるわけないじゃない」
俺が少しひきつった顔で日本の女子高生には不釣り合いな、
余りにも実物に似ている拳銃の模造品を指さしながら訪ねると。
四葉は子馬鹿にした様子で苦笑しながら言った。
「おもちゃよ、おもちゃ。実物そっくりなら相手もビビるでしょ?」
そう言いながら腰の後ろのホルスターにしまう四葉、
それと同時にクララも自分の獲物を自分のポシェットにしまい込んだ。
その後、何か考えるようなそぶりをしながら右手の腕時計を覗き込んだ。
「どうした?」
「いえ、そろそろお昼を食べに行った方時間かなと思いまして」
「お、もうそんな時間なのか」
俺も自分のスマホのロック画面を外してホーム画面を眺めてみる。
時刻は14:50。
日頃の生活のおかげで体内時計がずれまくっているので、
余り空腹を感じなったがもはや中々にランチタイムと呼べる時間ではない。
「よし、メシにしようぜ」
念のため、誰か来た時様に二人が居残って一人ずつ昼飯を食べに行く予定だが。
「私勇人さんと二人でたべにいきたいです!」
「え!?」
そう言いながらクララが満面の笑みで俺の腕に抱きついて来た。
コイツまた勝手なことを。
あと、距離が近いんだよ。童貞には荷が重すぎる距離感だ。
何かの拍子で惚れたらどう責任取ってくれる。
その様子を見ていた四葉ガ呆れ顔をしながら方をすくめて、溜息を吐いた。
「アンタら二人で先行ってきなさいよ」
「でも、、、」
「私一人で十分よ、まだ予定の時間には3時間以上あるんだし。こんなとこでごねてるだけ面倒よ」
「さあ、行った行った」と言いながら四葉は手をしっしっとやっている。
それもその通りだし、ここで変に言い返して喧嘩になったら勝てそうにもないので、
ご好意に従わしてもらう。
俺はリュックを背負い、財布の中身を確認してからクララと一緒に近くのコンビニに移動することにした。
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徒歩で歩いて約5分、目的のコンビニに着いた。
付近の工場に勤める人達の憩いの場としても使用される為か駐車場も大きく、
店内もコンビニよりも小さなスーパー並みの大きさを持っている。
「TAKETOO」という看板が店の屋根より二倍くらい高い位置にあり、
まるで灯台のように蛍光灯で輝いている。
俺たちはその中に入り各々好きな物を買い、フードコートで昼食をとり始めた。
俺はアンパンと牛乳、クララはナポリタンをそれぞれテーブルに広げる。
「甘い物が好きなのですか?」
俺がパンの包装の袋を開けていると、
不思議そうに首を傾げながら聞いてきた。
「別にそういう訳じゃねえよ。
でも、見張りの時はアンパンと牛乳を食べるって日本じゃそう決まってんだよ」
「そうなのですか?」
「そう」
大嘘である。
そんなこと決まってない、
俺が小さいころに見ていた刑事ドラマでこの見張り専用ランチセットを
いつも食べていたからそのまねをしただけだ。
適当なこと教えちまったなあ、どうせ信じないだろうしいっか。
そうおもいながらアンパンを一口食べ、それを牛乳で流し込む。
「そうなのですね、私も同じものにすれば良かったです」
まさか信じると思ってなかった俺は少々面を食らい、食を進める口が止まった。
だが、少し思考を巡らせた結果、まあ我が妹が後で訂正してくれるだろうからいっか。
と思い、また手に持ったものを口に入れ始めた。
「そういうお前はなんでナポリタンなのさ。赤い物が好きだから?」
「おお、当たりです。よく分かりましたね」
「そりゃまあ」
服を見ればわかる。と言葉を続けようとしたがやめておいた。
真っ赤なドレスに真っ赤なナポリタンを頬張るクララは、
丁寧にフォークとスプーンを使いイタリアンのレストランで
出された料理でも食べるかのように上品に食べ始めた。
俺はむしゃむしゃと頬張りながらふと疑問に思った。
なんでいきなり俺と食事しようなんて思ったのだろうか。
もしかして何か話したい事でもあるんじゃなかろうか。
目の前の食糧を胃の中に詰め終わった俺は
その疑問を目の前のクララにぶつけてみた。
「おやおや、また当たりです」
するといたずらがバレた子供のようにクララが喜んだ。
どうやらその通りだったらしい、俺の勘もまだまだ捨てたもんじゃないな。
クララは食事中の真っ赤に染まったフォークとスプーンを置いて、
少し申し訳なさそうな笑顔で言葉を紡いだ。
「実は言うと今更なんですが、あなたとお話ししたい事がありまして」
彼女の黄色の瞳で俺の目を真っ直ぐと見つめながら、
じっとりと観察でもするかのように口を動かしていく。
「あなたが今回このような行動をするにあたっての
動機について明確に教えていただけませんか?」
さして悪気も無くそんなことを聞かれたのはいつぶりだろうか。
今回というのは恐らく、
今俺達がしている宗教団体を懲らしめるという作戦の事だろう。
「それなら前も話しただろう、俺の友達が・・・」
「いえそうではなく」
俺がフランの身に起きた事を説明し始めようとすると、
クララが掌を前に出して制止した。
その後、一瞬悩んだ後もう一度こちらに向き直りまた話始めた。
「それは出来事としてあった事。
私はあなたがどう思い考えたかを教えて欲しいのです」
いつものように楽しそうに笑顔を浮かべたまま、
それでも俺の言動一つでも逃さないように明らかに笑っていなかった。
「なんだってそんなことを言わなくちゃいけないんだ?君と俺に何の得がある」
「フフッ・・・特にありません、ただの好奇心です」
俺が軽いジョークでも言ったかのように小さく笑うと、
クララは乗り出していた上半身を椅子の背に預けた。
「私、勇人さんみたいな人の事気になるんですよ。
これって恋ですかね?」
「それはちょっと違うとおもうぞ」
そんな恋は近頃の少女漫画でもないだろう。
どちらかというと動物園で奇妙な動きをする猿に興味を惹かれてる、
そんな感じのニュアンスだ。
目の前で御茶らけた彼女には悪いが、正直いい気はしない。
初めて告白をされた気もするが、絶好の彼女を作る機会を逃した気もするが。
お断りだった。
そういえばなんでこんな厄介事になったんだっけ。
ああ、そうだ確かフランが相談してきて、、、
それでそれを見逃すと罰が悪いと思ったからだ。
そう、目の前で助けを求めている知り合いが居るのに、
それを見て見ぬ振りをするのがきついから。
そんな理由だった。
俺が質問への回答を行うと、クララは一際嬉しそうな表情を浮かべた。
「そんな理由で顔を合わせた事もなく、恋人でもない、
云うならば他人の為にここまで出来るのですか?」
「お前な、あいつは他人じゃなくて俺の友人だ。1年くらいの長い時と絆で結ばれたな」
あのフランとかいう自分を吸血鬼と名乗る奴は、非常に残念ながらあのネットゲームを始めた頃からの割と長い付き合いだ。
他人だと切り捨てられる程の浅い付き合いではない・・・筈だ。
「でもお相手のフなんとかさん――」
「フランな、たった三文字なんだから覚えろ」
「失礼。そのフレンさんから――」
覚えられていなかった。
たった三文字でも興味が無い事は記憶できない質らしい。
不憫なり自称吸血鬼。
「何か報酬を得られるわけでも無い、何かデメリットがあるわけでも無い。
・・・なのにも関わらず“助けてください”と言われたからというだけでこんな侵入罪含め様々な犯罪を起こしてまで助けるのですか?
論理的ではありませんよね」
「バレなきゃ犯罪じゃねえよ。
それにデメリットだったらあいつが居なくなったら嫌な気分になるという
でけえデメリットがあるからそれを防げるからそれが報酬替わりだ。
助けてと言われたら助けるそれが“友情”ってもんだろ」
「私にはよくわかりませんが。
二つともよくわかりませんが。
友というのは彼女個人にしか務まらない役目ではないものだと思います。
例えば学校の御学友とか、もうちょっと身近で身元も身なりもわかる方に乗り換えては?」
「パパっと忘れて」と軽く後ろに付け加えたクララは
さぞ当然の事を言っているかのように、
頭の横で右手をひらひらさせながら俺にそう告げた。
それに対して俺は少しいつもより声を大きくしながら答えをかえした。
「ダチってのはな、一人よりも二人。二人よりも十人。
何人いてもいいし一人でも欠けたら嫌なもんなんだよ、
軽々しく見捨てるもんじゃあねぇんだ」
人を軽々しく見捨てろという判断に対して嫌悪感を覚え、憤りを覚えた。
だからかもしれない、クララの前で初めてこんなに高圧的な態度に出たと思う。
「お前友達居ないだろ」
「ええ、居ませんよ」
俺がちょっとした仕返しとして言い放った言葉にも表情を崩さず彼女は、
そんなことどうでも良いといった感じで即答した。
「これから先も恐らく私は友人が出来ないでしょうね」
「悲しいことばかり言うな、今日のお前は」
「私はいつも事実を率直に言ってるだけです。何も悲しくありませんよ」
そういった事を平気で言えるのが悲しいというんだ。
「ああ、そういった点で言えばもう一つ聞きたいことがありました」
なんだ、まだあんのかよ。
どうせ拒否しても無駄だと思ったので嫌々ながらも「どうぞ」と言いながら手の平を向けて話を促す。
「ご友人でこんなに必死なら、その辺の他人。
そうですね・・・子供やお年寄りでも助けるのですか?」
「・・・時と場合によるがそうだな」
「なんだか煮え切らない答えですね」
「友人を助ける勇気はあっても、見ず知らずの人と接する勇気は無いのよ。
俺はコミュ障だからな」
「コミュ――なんです?」
「人見知りってことだよ」
「ええ、そんな恰好悪い」
止めろ、言うな。
自分でもちょっと雑な言い訳だなと思っている。
俺とクララは少し変な空気のまま間を置くと、
クララがきょとんとした顔したから直して、にこにこ顔に戻し口を開き出した。
「ならば四葉さんはどうでしょう、彼女はあなたの妹ですし。
命を懸けてでも守るのでは?」
「ありえないね」
俺はそれに対して小馬鹿にした笑いと一緒に返答した。
「誰があんな糞生意気で、人の事奴隷みたいに扱うチビ女。
居なくなったらせいせいするわ」
「つまり、友人より親族の方が優先度は低いと?」
「その通りかもな、親父も含めて全然親しく無いし会話もしない。
親族じゃなくて只の族だな、これは」
「いえ、親族はフレンドリメンバーという意味ではなく
ファミリーメンバーという意味なのでそうはならないかと」
躍起になってしまって、家族との仲の悪さだけで無く、頭の悪さも露見してしまった。
そんなことを言い合っていると、ズボンのポケットに入っているスマホに着信があった。
こんな休日の中途半端な時間に誰からだろうと思ったら、なんと噂をしていた四葉からだった。
文句を言われる前に出ようと思って通話ボタンを押すと、あり得ない程のノイズ音が耳をつんざいた。
そして、その中で小さく聞こえた「兄貴」の一言だけを残して通話が切れた。
急な事で頭が回らない俺は、
通話後のツーツーとだけ鳴っているスマホの画面とアホな顔でにらめっこしている。
「なんだ、これ・・・」
いたずら電話か?
遅すぎてイラついて変な電話して来たとか?
だとしても要件を伝えないで急に切るだろうか?
そんな風に事態を理解しようとして無い頭を回転させていると、
クララが焦った様子でこちらの通話画面をのぞき込んできた。
「勇人さん、これ四葉さんに即座に電話を切らなくてはいけないような
状態になっているんじゃありませんか?」
「そんな馬鹿な・・・」
俺はクララの顔と、画面とを交互に見る。
四葉は今工場で一人だ。
もしかして予定の時間よりも早く連中が来て、
身に危険が迫るような事が起きているのだろうか。
「どうします?勇人さん」
「どうするってお前」
俺は、今まで妹が兄である俺にしてきた事を思い出していた。
散々な仕打ち。
横暴な態度。
可愛げのない言動。
・・・やっべえ、マジでイラついてきた。
「そんなの決まってる。さっきも答えたろ」
そう、そんなの決まってる。
色々面倒臭い事を考えるまでも無かった。
登場人物
黒鉄 勇人 主人公
黒鉄 四葉 妹
蛇喰 千里 図書委員長
クララ・プログレ 留学生
フランジェシカ・コルヴラド ネット友達