『波乱の前触れ』
登場人物
黒鉄勇人 主人公
黒鉄四葉 妹
蛇喰千里 図書委員長
「・・・もう朝か」
目覚まし代りに設定していた最近流行りのアニメの曲を聴きながら、不快そうに起きる。
たしか今頃珍しいロボット物のアニメだったはずだ。
ちなみに俺は見ていない、一話も。
昔はカッコいいから好きとかいう理由でこの類のものは片っ端からチェックしていたが。
今では、作画が悪いとか、やれアクションシーンが安っぽいとか、後声優が誰がやっているか
とかロマンもかけらもない理由で難癖付けてこの手のものからは遠ざけていた。
ヒーローものや、男のロマンあふれる物は子供っぽくて格好悪い。
思春期独特のただの思い込みで、それを遠ざけてのも周りの友達に気に入られるための口実である。
格好良いものが、格好悪い。そんな感じ。
でも、そうやって周りに流されてどんどん惨めに腐って平凡に生きていくのが今の俺にとってお似合いな気もしていた。
ダメだ。朝から自己嫌悪になっていやがる。しっかり起きろ、黒鋼勇人。
とにかく制服を着替えて身支度の準備をしないと、早くしないと妹にどやされそうだ。
ドンドンドンッ!!
「兄貴!まだ起きないの?!」
ほら来た。俺は学校指定のシャツだけ着替えた状態で嫌々ながらもドアを開けた。
「・・・何よその恰好、何時からうちの高校は私服で通学可能になったの?」
「んなわけねえだろ・・・着替えてる途中なんだよ。分かれよ」
「あらそう。じゃ、早く着替えて私の髪束ねて頂戴」
バサァと、妹は自分の長い髪をこれ見よがしにかきあげてその黒髪をマントみたいになびかせて見せた。
「はいはい、すぐ行きますよ」
今日も朝から我が家のお姫様はお元気に権力を振りかざしておられる。
中世ヨーロッパでもここまでの暴君はそこまでいなかっただろう。
いや、歴史に詳しくないのでもしかしたら結構いるかもしれない。
今度千里辺りに聞いてみよう、あの子頭よさそうだし。
俺はそんなしょうもないことを思いながら手をひらひらやって妹を追い払って、自室のドアを閉めた。
** ******** ********* **
「早くして、遅れちゃうじゃない」
2階から降りて、リビングに朝食を食べに行くとすでに妹は食後の珈琲を飲んでいる最中だった。
「なんだ、まだ早いほうだろ。今日はなんか忙しいのか?」
「そんなところよ、今日はどん臭い兄貴みたいに寝坊している暇はないの。昨日はさぞ気持ち良く寝れたのでしょうね」
「お前に起こされるまでは上機嫌でござんしたよ。そんなに忙しいなら今日くらいは髪そのままで行けば?」
俺がそう文句を垂れると、四葉が「何言ってんだこの阿保」みたいにドン引きしている顔で睨んできた。
最近バイトで疲れているからか、やけに当たりが強いな我が妹よ。
おれはいま、とてもこころが、おれそうだ。
黒鋼勇人、心の俳句。
「女の子は身だしなみが大事なのよ。あんたみたいに寝ぐせつけて家出れるような気楽さは無いの」
「さいですかさいですか、それはようござんしたね」
俺が嫌味っぽく小言をぼそぼそ漏らしながら、リボンの飾りがついたゴムで髪を束ねようとすると
察したように妹は後ろを向いた。
どうやらおとなしく黒髪ツインテールにされるのを了承したようだ。
こうして慎ましやかにおとなしくしてれば可愛いのにな、勿体ない。
「なんか失礼なこと思ってない?」
「いや、なにも?」
「あっそ」
女の感て怖いな。
なんか最近似たような現象あったな、、、
もしかして俺って思ったこと顔に出やすいのかな。
「ほら出来たぞ」
「ありがと」
妹の髪は腰当たりまである為少し時間がかかったが綺麗なツインテールに纏められた。
左右に一つずつピンクのリボンがうさ耳みたいに生えてらっしゃる。
「じゃあ、私行くから」
「本当に早く出掛けるな。気を付けて・・行け・・よって・・・」
妹は、俺のお見送りを聞くか聞かないかのうちに玄関から出て行ってしまった。
「本当に冷たいな。お兄ちゃんそろそろ泣いちゃうぞ」
「照れてるんでしょ?お年頃だもの」
母さんが、クスクス楽しそうに笑いながら俺の食パンを運んできた。
「そうかなあ」
パンをかじりながら不貞腐れ気味に母親の楽観的思考に反論する。
「昔はあんなに『お兄ちゃん、お兄ちゃん』っていつもべったりだったもの。きっとそうよ」
「そうだけどさあ」
俺が文句を垂れ始めようとし始めると。
母さんは「ほらほら、あんたも早く学校行かないと」という感じで朝食をさっさと済ませることを急かされた。
たまには俺の愚痴も聞いてくれよな、母さん。
とはいったものの遅刻をすると面倒事が増えるので食パンを珈琲で流し込み。
通学用のリュックとヘルメットを取り家を出る。
朝は夜と違って、急な坂道を上って登校しなくてはならない。
これが、だいぶ良い運動になる。
最初は元気だった俺が、学校につく頃には息が荒く疲れ果てるほどだ。
あともう一つ、夜とは違うこともある。
桜が見えるということだ。
時期は春、新学期が始まって間もないのでまだ綺麗に咲いている桜が見えるのだ。
ということで、桜舞う坂道を朝練で走る部活動の連中を追い抜きながら俺の愛車を漕いでようやく校門についた。
せっかくだから自転車を降りて、挨拶でもしていこう。
「よう」
「あら、黒鋼さんじゃない」
「おや、図書委員長。いつも朝おはやいですなあ」
なんと珍しいことか、いつも遅い時間に登校するからか滅多に朝は会わない千里に遭遇した。
「私の名前は図書委員長ではありません」
「そうでござんしたね。千里さん」
「よろしい」
不服そうに眼鏡を上げて睨みこみながら立ち止まって文句を言ってきたかと思えば、そのすぐ後にご満悦な顔で前を向いてまた歩き始めた。
いかにもお堅い文学少女のような見た目をしている千里は、見た目より感情表現が豊かだ。
「今日はお早いのね、不良生徒がどういう風の吹き回し?」
ご満悦顔のまま、訝しむような一言を発せられた。
「何といういわれのない不評だろうか、俺は毎日こうしてクッソたれな坂を上り、バカな学校で、カスみたいな授業を受けているというのに、、、」
「はいはい、それ以上続けると目の前の先生方の目がさらに厳しくなるわよ。善良生徒『モドキ』さん」
抗議をしたつもりがよりひどい印象を受ける言い方をされてしまった。
「今日は妹が用事あるとか何とかで、無理やり起こされたんだ」
「あら、妹さんいたんですね」
「いたよ、意外だったか?」
「そうね――すごく一人っ子ぽいですもの黒鋼さん」
「その心得は?」
俺がちょっと不快そうに尋ねると。
悪戯っぽい笑みを浮かべながらこう言った。
「だってあなただいぶ我儘な性格してるもの」
否定できない。
** ******** ********* **
千里と分かれた後、自転車を駐輪場に置き、教室へと向かった。
教室はいつもよりは人が少ない。
がなぜかいつもより五月蠅かった。
「なあ、聞いたか?黒鋼」
高1の頃から腐れ縁の友人が、意気揚々と俺に聞いてきた。
事情通でもない俺はこの手の質問に「ああ、聞いたよ」なんて答えられた試しは無いわけで、決まって答えは「何のことだよ」だった。
そうすると様式美かのように友人は「あのなあのな」と乗り出してきてその特ダネニュースを勝手に披露してくれるのだった。
登場人物
黒鉄勇人 主人公
黒鉄四葉 妹
蛇喰千里 図書委員長