第7話 アンドリュー・サーバック伝
今回の話では、アンドリューの城に住んでいた時の出来事(過去の出来事)から入っていきます。(語り部が進めていく方針)
俺は昔からそうだった。
友達はろくにできず、人に蔑まれて馬鹿にされて生きてきた。
ただそれは、単に相手が悪いわけじゃなかった。
悪いのは俺の方だった。
俺は自分より優れた者へのあたりが強かった。
逆に自分より劣る者には何もしなかった。
………いや、そもそも俺より劣る者なんてのは、誰一人として王国にはいなかった。
だから俺は、王国内の人間全員を憎んだ。シェリア一人を除いて。
そしてそのうちに、慰めたり助けてくれたりしていた奴らも、皆俺から離れていった。
俺は、剣術も魔術も体術も、どれも全くと言っていいほどに才能がなかった。
だけど父親だけは違った。
ルーク・サーバックだ。
彼は気づいていた、アンドリューの魔術の才能を。
そう、彼には魔術の才能があった。
ただ自分では気づかなかっただけ。
それは、ある枷のせいだった。
彼の持つ才能は『無属性魔術』というものだったのだ。
〜無属性魔術とは〜
火・水・土・風・雷の五大属性、または未だ解明されていない未知の属性の魔術。そのうち一つの属性しか魔術を使えない代わりに、その属性における〝魔術の操作〟を高度なレベルで扱うことができ、更には〝詠唱無視〟で魔術を発動できるという利点がある。
無属性魔術を扱う者を無属性魔術士と呼ばれ、無属性魔術士の一人として挙げられるのが、約百年前に《魔神》を討伐した英雄が一人『ロン・ジェラルド』。彼は〝風〟の無属性魔術士だった。
◇魔の巣を走る少年
俺は走っていた。
息をゼェハァと吐きながら、必死に走っていた。
「ハァッ……はぁっ……」
そうしてようやく、俺は自分が今いる場所に気がついた。
「どこだ……ここ?」
そこは森の中だった。
異様な気配を撒き散らした、高密度の魔気が漂う森。
恐怖心もあったが、好奇心には勝てず、俺は奥は奥へとまた進んでいった。
そうして進んでいき、俺は突然立ち止まった。
「でっけぇ!」
目の前に巨大な城がそびえ立っていたからだ。
「城……だよな。バカデカい門もあるし」
入口には、軽く見積もって五メートルはありそうな巨大な門と、城を守るか如く立ち塞がる二体の門番がいた。
そして門番は間違いなく魔物だった。
俺は木に隠れながら、遠目でそれを観察していた。
魔物であろう門番に気づかれれば、捕らえられるか殺されるかの二択しかないだろうからな。
あの二人のいない今の俺じゃ、魔物一匹も殺せやしないんだ………
「………帰るか」
ドンッ!
発弾音のような地響きが聞こえ、俺は帰る方向と逆向きに振り返った。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
そんな地響きと共に城から出てきたのは、巨大な生物だった。
獣特有の牙と鋭い目をした二足歩行の生物。
門番の二体とは、生物の類としては同じようだが、その風格や威厳は似ても似つかなかった。
「………匂うぞ」
そう言って獣の形の生物は腰にかかった剣を抜いた。
………何する気だ?
俺がそんなことを考えていると………
「フンッ!」
そんな一声と共に、獣の剣は横一直線に振り下ろされた。
そして次の瞬間………
バタッ!
身を潜めるのに使っていた大木が、バタッと倒れた。
倒れた木は、まるで剣で斬られてできたように真っ直ぐな切断面だった。
そして間違いなく、あいつがやったんだ。
俺は途端に焦り出し、振り返ることなく後方へと走り出した。
くそっ、何でバレたんだ!
無数にある木からこの一本を当てたんだ、勘のはずがない。
俺の存在は初めからバレていたんだ。
だとしたら今は、逃げるしかない!
捕まったら、終わりだ!
「………逃がさん」
獣はそう言い、再び剣を振った。
「グッ………!」
高速の斬撃が、俺へと再び飛んでくる。
ダメだ、かわせない!
ビュンッ!
気づくと、斬撃は一瞬の内に俺を抜かして目の前の大木を次々と切り倒していった。
「………助かったのか?」
安堵した俺だったが、指先の感覚が無いことに気づいた。
そして指へと視線を移した………
「………え?」
指は、指先の第一関節辺りまで全てなくなっていた。
そして地面には、五本の俺の指先が落ちていた。
「があっ、痛えっ!」
気づいた途端に、急な痛みが俺の指を襲った。
血が出ていたが、あまりの痛みにそれどころではなくなっていた。
死を感じた。
恐怖した。
俺はただの、コイツらの獲物に過ぎなかったんだ。
「嫌だ!死にたくない!」
「安心しろ、殺す気はない」
振り返ると、獣がもうすぐそこにいた。
「嫌だ、嫌だ!やめて下さい!」
「運が良ければ死なん。9割方死ぬだろうがな」
「やめ……………」
抵抗虚しく、俺は首元に一撃をくらった。
そしてそのまま意識は途切れた………
◇獣王の城
「………んーーー」
目が覚めると、俺は牢獄に入れられていた。
親切にベッドまで用意されており、中々快適ではあった。
「よぉ………」
そう声をかけられ、俺は牢の扉の方に立つ男へ向いた。
「さっきぶりだな」
「お前は……………」
さっきの門番をしていた一人がそこにいた。
「………なぁ、俺は今からどうなるんだ?」
「十中八九殺される。か、魔族の血を飲まされる」
「魔族の血?」
門番が言うには、あの獣に気に入られれば殺されずに魔族の血を飲まされる可能性があるらしい。
そしてどうやら、あの獣は《獣王》と呼ばれ、獣族を統率しているんだとか。
「飲んだらどうなる?」
「《獣王》様も言っておられたが、九割方死ぬ。だが精神を相当強く保っていれば、魔族の体を手に入れるだけで済む………俺のようにな」
どうやらコイツも訳ありのようだ。
どうでもいいけど。
「あー、あとこれは期待しない方がいいが稀に、飲んでも外傷一つ無く魔力だけが爆発的に上昇する奴もいる。本当に極々稀にだがな」
そんな念を押されると期待してしまうな。
俺は数百年に一度の魔術の天才で、今まで使えていなかったのは、魔力量が足りなかったからだとかありそうじゃん!
そんな淡い希望を抱いていると……
「獣王様!」
門番がそう言ってお辞儀した。
そしてセリフの通り、あの獣王が来た。
「さぁ、時間だ。貴様にこれを飲ませる」
よし!
まずは殺されるというルートの突破はできた!
ドシッ!!
獣王は、超重量級のコップを俺の目の前に置いた。
置く時の衝撃で、中に入っていたらしき赤黒い液体が少し飛び散った。
それだけで俺の恐怖心は抉られていた。
何かも分からない、得体の知れない液体を、ありえない量入れたコップを目の前に置かれ、そして飲めと言われている。
怖くないはずがないだろう。
「さぁ、飲めッ!」
ゴクンッ!
俺は唾を飲み込んだ。
くそ、やってやる!
「はぐぁぅっ!」
そんな発声音と共に、俺はコップを掴み口へともっていった。
そして、飲んだ。
………何だこれ?
はっきり言って、まずい。
固形物の入った液体で、ベチャベチャとしていた。
飲み込むたびに吐きそうになる胃を何度も抑えながら、俺はようやく飲み切った。
そしてその瞬間、今までの疲れが一気に落ちてきたかのように、どっとした気分になり、俺は倒れた………
◇二人が一番
俺は気がつくと、森の外へ出ていた。
そしてここは、二人と別れたあの場所だった。
横たわる体を起こそうとして、俺は気がついた。
地面がフカフカなことにだ。
いや、これを地面というのは失礼か。
これは女子の太ももだ!
何度もシェリアにされてきたから分かる!これは女子のだ!
「大丈夫でしたか?坊ちゃん!」
頭の上から、そんな声が聞こえた。
俺に向かっていう声だ。
そして俺を『坊ちゃん』呼びする女は一人しかいない。
「……………シェリア」
俺はこの膝がシェリアのだと知って、懐かしさからか怒っていなかったことへの安心感からか、泣いていた。
何度も、何度も、太ももに擦り付けるようにしてないた。
そんな俺を見てもシェリアは、ただただあやすように扱ってくれた。一度も怒らずにいてくれた。
「ありがとう」
だけど俺は、そんなシェリアやロインに酷いことをたくさん言ってしまった。何をされてもおかしくない。だけど許してくれるのなら、どうか俺を、許してほしい………
「ごめん」
俺は泣きながらも、精一杯、必死に謝った。
「それじゃあ、仲直りの指結びです」
「あっ……………」
俺は思い出した。
シェリアが昔言っていたことを。
指結びは、二度と離れ離れにならないように。
大事な人と結ばれるように。
そして離れ離れになっても忘れないようにと。
「俺も入れろよ!」
ロインが急に飛び込んできた。
俺達は、三人で小指を結び合った。
シェリアはそうしてこう言う。
「私達が離れ離れになることは、もう一度もありません。そして私達が互いを忘れることもありません。共に協力し、共に生き、共に学び、共に成長していきましょう!」
「あぁ、そうだな!」
「うん………それとみんな、ごめん」
俺は謝った。
涙を溢しながらも、一生懸命に謝った。
二人はそんな俺を咎めることも然ることもなく、ただただ優しく受け入れてくれた。
謝るなんてできなかった俺を変えてくれた。
優しさと愛情と笑顔を、俺に与えてくれた。
二人には感謝しても仕切れない。
だからこれから返そう。
任せっきりだった俺は変わろう。
自分の力で行えるような、だけど時には協力もするような、そんな人間になろう。
俺はそう、強く心に決めた。
読了ありがとうございました!
できれば感想なども宜しくお願いします!
※これまでの話で分からない点なども感想で記入してもらって結構です