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冒険記録-世界を救う30年間-   作者: 鮭に合うのはやっぱ米
第4章 世界均衡
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第59話 グリム・ウィザード伝

 ずっと、何もしてこなかった。


 友達が殴られているのを、ただただずっと見ていた。

 止められる力は普通にあったのに、僕はずっと、見過ごして来た……


 そして、そんな自分に寄ってきてくれる人はいつも、何かしら事件に巻き込まれる。

 いじめだとか、殺人だとか、そんなのだ。


 きっと、僕の周りは皆、お人好し過ぎるんだと思う。

 だけど僕だけが、全然お人好しなんかじゃなくて、見て見ぬふりをするような最低のクズだったんだ……


 だから、そんな自分を変えようと思った。

 そうすれば、寄ってくる人も変わると、そう思った。


 だから僕はあの日、入学式の日、父親からの体罰を受けていた彼女を……あれ、誰だったかな……?

 ……とにかくその子を、僕は助けたんだ。

※第22話参照


 だけど、結局は変わらなかった。

 寄ってきたのは、結局お人好しな、二人の女の子だった。


 そこで僕は思った。

 人との付き合いを失くせば、何もかも終われるんじゃないのかと。

 悩む必要も、もう無くなる。

 

 だから僕は、あの日、そう、アンドリューが転入してきたあの日から、そんな自分を演じてきた。

 何に関しても後ろ向きで、媚びへつらうような態度でいた。


 でも、何故だろうね。

 アンドリューといると、少しずつ、演じてきた自分が変わっていく……いや、戻っていくんだ。


 そして思ったんだ、アンドリューは別に、お人好しなんかじゃないって。

 自分の生きたいように生きている。

 真っ直ぐな人なんだって。


 そしてそれは、元の自分と似ていたんだ。


 助けたいと思わないから助けない。

 見て見ぬふりをする。


 それを勝手に僕は、悪い事だと思ってしまっていたんだ。


 そして最近初めて、人と一緒にいて、楽しいと思えてきたんだ。

 アンドリューと一緒にいたい。


 そんな風に思ってしまっていた。


 だから僕が今僕は、自分のしたい事をすればいいんだ。


 怖いなら、逃げればいい。

 助けたいなら、助ければいい。


 前までは、そうだったよ。


 だけど違う。


 僕が今したいのは……守りたいのは……アンドリューなんだ。

 だから今、僕がとるべき行動はたった一つ。


 それは……


「お前をアンドリューの元に行かせない事だぁ!」


 僕は勢いよく飛び込み、そして鬼族の顔面を殴った。


「ブハッ!!?」


 すると鬼族は、血を吐いて吹っ飛んだ。

 

 まだだ、追撃が来る。

 焦るな。

 拳に魔力を纏え。


 魔力は風の属性。

 風を纏え。

 風は斬れるんだ。

 斬撃だ。

 斬撃を纏え。

 触れた箇所に斬撃を振り撒け。


 俺の拳は、剣になる。


「何だ……結構痛ぇじゃねえか!!?」


 来た!

 追撃だ!


 風魔術で相手の動きの流れを変える。

 風の向きを変えろ。

 相手を惑わせ。

 隙をつくれ。

 

「いいか、これが鬼の王の拳だ!!!」


 来た! 

 右拳の正拳突きだ!


 速い!

 だから風で逸らせ!

 少しでも受けるな!

 

「んなっ!?」


 右拳、逸らすのに成功。

 次は俺の拳をぶつける。

 隙だらけの顔面に、一発ぶち込むだけだ。

 簡単だ。

 右腕は魔術で抑えつけて、動けなくしておけ。

 

 右拳に魔力を込めろ。

 斬撃の拳だ。

 触れた箇所から切り裂く拳。

 受けてみろ。


 僕は、魔力の込めた拳を、鬼族の顔面にぶち込んだ。


「ブハァァァァッ!!?」


 そして鬼族は、断末魔と共に吹っ飛んだ。

 顔面は傷だらけで、そして陥没していた。


 だがその程度の傷は、すぐに回復するであろう鬼族の長。

 回復する暇を与えまいと、僕は追撃を仕掛けた。


 僕の全力の魔術を与える。

 そうして放ったのは、上級風魔術《風撃ブレイズロウ

 範囲内に存在する物体全てを削り抉る、最も殺傷能力に長けた上級魔術である。


 これを受ければ、再生の時間を相当稼げるはず……

 だが、その願いはすぐに消え去った。


「やるじゃ……ねぇか……」


 魔術攻撃をいとも容易く弾き返し、鬼族は立ち上がった。

 そしてこの、一分にも満たぬ時間の間で、鬼族は完全な再生を果たしていた。


「ふぅ……全力の闘気でやっとの攻撃だったぞ、今のは。褒めてやろう」

「な、何で……!?」

「ん?まさか闘気も知らぬのかこのガキは。何時いつぞやの坊主もそうだったが、この世代は知らぬ事が多すぎる」


 余裕の立ち姿であった。

 俺はこの瞬間、勝機を失った。


「どうした、まさかもう終わりか?つまらんな」


 そう吐き捨てると、鬼族は僕の腹に一撃、蹴りをいれた。


「ガハァッ!!?」


 あまりの痛みで、僕はその場に倒れ込み、血を吐いた。

 計画では、勝機を失ったように見せかけて、油断したところにまた一撃をいれる予定だった。

 だけど、こんなのは計算外だ……


 これ、絶対に肋骨辺りは折れてるよ……

 肺が痛いもん肺が……


 息を吸うたびに、チクリとした、棘が刺さったかのような痛みが肺を襲う。


「はぁーふぅーはぁーふぅー……」


 あ、この呼吸だと、あんまり痛くな……


「ドベェッ!!?」


 また腹に、蹴りを受けた。

 今度はやばい。


 あ、これ死ぬ。


 意識が朦朧としていた。


 やば……これは無理だ……


 誰か、助け……


 視界が狭まっていく。

 意識が遠のいていくのが分かる。


 もう、ダメだ……


 ごめん、アンドリュー……


 俺じゃ、止められなかったよ……


「ほら、これ飲め」


 朦朧とする意識の中、そんな声が聞こえた。

 そしていきなり、口の中に何かを流し込まされた。

 

 ……あれ?


 痛くない。

 息を吸っても、肺が痛くない。


 それどころか、さっきから途切れそうだった意識が、戻ってきていた。


「な、何が起きて……」


 見ると、鬼族と僕の間に、一人の男が立っていた。


「骨折くらいなら、それ飲めば治る。お前はそのまま安静にして寝てな」

「あ、えっと……ありがとうございま……」


 そう男に感謝を述べようとした時、隣に同じようにして寝ている人がいるのに気づいた。


「あぁ、大丈夫そうなら、隣のそいつも見てやっていてくれ」


 隣で寝ていたのは、さっきまで奥で倒れていた、副団長だった。


「悪いな、ここで生きてるのは、お前とそいつだけだった。だからせめて、お前らだけでも助けたい」


 誰かは知らないが、本当にありがたい限りだ。

 それにしても、あんなに遠くにいた副団長を、一瞬でここまで運んでくるなんて、何者なんだこの人は……

 

「あの、せめてあなたの名前を……!」


 気づけばそんな事を言っていた。

 

「俺はロイン。冒険者のロインだ!」


 それは以前アンドリューが語っていた、長い長い冒険旅に登場する、男の名前だった……


 


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