第58話 破壊の権化
「何だ、この魔力は!?」
俺でも察知できる程の、強大な魔力。
身体中から、冷や汗という冷や汗が湧き出ている。
「ヤベェな……本能的に分かる……こいつには絶対に勝てない」
「あぁ……これは無理だ……」
ほぼ不死身な状態の今でも、戦いたくないと思ってしまっている。
それほどに、あの黒い怪物は危険だ。
「あ、あれは……何ですか……?」
女騎士団長が、そう尋ねて来た。
どうやら、なんとか生きていたみたいだ。
「起きたか、悪いが俺にも分からん。ただ、奴もきっと害獣だろう。やるしかない」
覚悟を決め、俺達は戦う。
それがどんな強大な化物であろうと……
◇◇◇
時を同じくして、中隊では……
「おいおい、どうした!その程度か!」
グリム・ウィザードは、鬼の王バランによって首を掴まれ、身動きのとれない状態にあった。
他の部隊員達は皆やられ、地面に倒れ伏していた。
そんな時……
「ボトッ」
首を掴んでいたバランの腕が、ポロッと地面に落ちた。
グリムはその隙に、距離をとるように離れた。
「誰だぁ!!?」
バランはブチギレ、そこらか中を暴れ回っていた。
「ボトッ」
そしてまた、今度は逆の腕が落ちた。
バランはその瞬間、暴れるのをやめた。
一体何が起きているんだ……
「自分の置かれている状況を理解したか」
そんな台詞と共に、男は草むらから姿を現した。
「あ……あなたは一体……」
グリムは尋ねた。
男の正体を。
「私は北の大陸、聖天騎士団、副騎士団長、パール・ネパール。この戦いの加勢に来ました」
北の大陸……じゃあこれで、助けは全員来たって事か。
今頃はアンドリューのいる最前線にも、騎士団長がもう一人いってるって事か……
「私が来たならもう安心だ。君は後ろに隠れて見ていなさい、私の活躍っぷりをね!」
相当な自信家のようだ。
とはいえ、実力は本物だった。
目にも止まらぬ高速の剣技で、あの鬼族に攻撃すらさせていない。
そして剣撃が止んだ時には、鬼族の体はもうボロボロだった。
「凄い!凄いです!」
グリムは、その圧倒的な様に見張れていた。
そして、勝敗がついたと思われたその瞬間、副団長はこちらへと振り返りこう言った。
「君も励みたまえ。こいつは鬼王、鬼族のトップだ。それ相手に生き残れたとあれば、中々なものだぞ。才能ありありだ!」
うぉー!ま、まじか!
副団長にそんな事言われたら、なんか自信ついちまうなー!
「あ、ありがとうございま……」
「フンッ!!」
一瞬だった。
グリムが感謝を述べていた、その最中に。
副団長の頭が掴まれ、そして地面に叩きつけられた。
やったのはもちろん、あの鬼族だ。
「こ、こいつ!まだ生きてい……」
ポキッ
「うぐああああああぁぁぁぁぁ!!?」
そんな、軽い音がした。
そして気づけば、副団長の右腕が、変な方向に曲がっていた。
「弱いな、お前も」
そして鬼族の腕も、体の傷も、全て再生していた。
「くっ……………そがぁぁ!!」
残った片腕で反撃を試みた副団長だったが、鬼族の膝蹴りを腹に受け、倒れ落ちた……
……という事もなかった。
鬼族は、倒れ落ちそうになっていた副団長の頭を掴み、そして持ち上げた。
そしてそこからは、酷いものだった。
何発も何発も、腹に膝蹴りを行い、副団長の意識が途切れそうになると、次は顔面に膝蹴り。
そうして無理矢理意識を起こして、殴って、蹴って、それをずーっと繰り返す。
そんな光景を、グリムは何もできずに、ただずっと見ていた。
……いや、違うな。
僕は何もできなかったんじゃない……何もしなかったんだ。
ただただ怖くて、自分まで殴られるのが怖くて、僕はずっとずっと、逃げて来たんだ。
そんな、弱虫の人間が、僕だ……
こんな自分が、僕はずっと……
嫌いだった。