第57話 癒神の薬瓶
半年前の事。
俺はラムード王国にて、大予言者リーナと出会った。
※第35話参照
「君が本当にやばい時、もしくは誰かを守りたいと強く願う時、まぁつまり色々とピンチな時、そんな時これを飲むといい」
そう言って、リーナは俺に瓶を渡してきた。
「これは……?」
「聞いて驚け、これは「癒神の薬瓶」だ」
「癒神……?」
癒神……聞き覚えのない名だった。
まぁ「神」とつくからには、相当の者なのだろうが。
「質問ばかりだな……まあいいか。癒神とは、名の通り治癒ができる。ただそれは、他の「神」とつく者とは違って、癒神は「生物」ではない」
「生物じゃない?」
生きていない、つまり死んでる……
いや、この言い方だと、それ以前の話になってくるのかも
しれない。
存在すらしていない、言うならば……
「そう、「物体」だ」
「……物体が、神と呼ばれているのか」
「あぁ、現代の人間達なら、そうは呼ばなかっただろうな。癒神は、遥か昔から存在する物体だ。それも、他の「神」よりも昔からな」
最初の神……原初の神。
なんかかっこいいな。
「癒神は元々は、国一つと同じだけの大きさがあった。触れただけでどんな病も治してしまうその物体は、遥か昔より人々に崇められていた。そうして彼らは、その物体をこう名付けた。「癒神」と」
癒神エピソードは、これにて幕を閉じた。
「そんな凄い物体が、よく今まで残っていたな」
「言っても、残っていたのはこの程度だけ。一口あるかも分からない」
本当に小さい、小瓶に入った「癒神」。
これでも、飲めば傷が一瞬で治ったりするのだろうな。
「これの効能は、触れればその箇所を一瞬で治す。だが飲めば、一定時間自身の回復力や再生能力が爆発的に上昇する」
「具体的には、何分くらいなんだ?」
「正直細かくは分からないが、最低でも五十分はもつだろう」
「そりゃすげえ……」
中々良い物もらっちまったな。
「あ、ずっと持っとくのは面倒だろうから……ほら、これに入れといてあげる」
そう言って手渡されたのは、「魔剣」だった。
そう、俺の魔剣は、彼女が買った物だったのだ。
「この中に隠したから。あ、開ける時は、君が全力で魔力を流し込めば開くと思うよ」
そしてこの、謎な開け方にしたのも彼女であった。
……と、まあ。そんなこんなでこうなったわけだ。
俺は回想を終え、現在に戻ってきた。
後ろには、倒れた女騎士団長と副団長、そしてポカーンと棒立ちのエドワードがいた。
「後で説明する」
俺はそう言い放ち、象鳥に意識を向けた。
「な、何故だ!何故無傷でいられる!人間の分際で!」
「何でだろうな!」
今から五十分間、俺は無敵である。
はっきり言って、無属性魔術士の反則生命力に、魔族の血による再生能力の向上、そして五十分間の更なる上澄。
負ける方がおかしいだろう。
勝てない道理がない。
ここで余裕をこける程度には、本当に余裕だ。
今の俺は、本当に無敵である。
そう、無双状態だった。
「手始めに……」
「軽い」ジャブとして、まずは「天級魔術」を放ってやろう。
ただ規模を天級並みにするんじゃない。
威力を、破壊力を、火力を、天級並みにしてやる。
「くらえっ!」
魔力を押し込めた、俺の最大最強の魔術だ。
天級では測りきれないレベルの魔術かもしれんぞ。
さぁ、受けてみよ!象鳥よ!
俺は火の塊を、ぶち放った。
バキューーーン!!!と風をきる轟音が鳴り響いたと思えば、すぐさまその音は変わり、「グチャリ」という生々しい効果音となった。
「あ……え……?」
火の塊は、顔めがけて飛んでいくと、顔を溶かすように進んでいき、そのままお腹の中を通って行き、背中から出てきた。
顔から背中に向かって、火の塊は貫通したんだ。
貫通してできた大穴からは、大量の血が溢れ出ていた。
「あ……あ……」
何を怖気付いてんだ俺。
生き物を殺すってのは、こういう事だろ。
どれだけ悔やもうが、今回のは避けられなかった。
攻撃に躊躇いとか、躊躇とか、そんなのはなかった。
というか、できなかった。
加減が、分からなかったんだ……
「おい、凄えじゃねえか!アンドリュー!」
「エドワード……」
エドワードが駆け寄ってきた。
一体、何が凄いのだろうか。
「アンドリュー、お前は凄えよ!英雄だ!」
あぁ……かつての英雄達も、こんな感じだったのかな……
何で俺は、こいつらを殺したんだ……
俺は何もされていないのに……
この生き物は、別に何かしてきたわけじゃないんだ。
ただ、生きるために、この大陸に来た。
そして俺達も、生き残るために、こいつらと今戦っている。
だけどそれは、別に俺がしなくてもいいことだ……
俺は、ルーナとグリムの無事が知れればそれで良かった。
あのまま、後衛部隊に混ざっていれば、それで良かった。
なのに俺はここまで来て、だから危険にさらされている。
だから、こいつらを殺さなきゃならなくなっている。
……いや、俺はまず、自分が殺されそうになっても、相手を殺さないだろう。
でも、友達や仲間や親友やメイドが殺されそうになった時には、俺は相手を躊躇なく殺せる。
でも今回は違う。
俺の友達は誰も殺されていない。
ルーナもグリムも、後衛部隊で安全にいる。
なのに……俺は……相手を殺している……
道理が通ってない。
これじゃ、無差別な殺人と何ら変わりない。
あぁ、何考えてんだ、俺……
もう、ダメかもしれないわ……
シェリアのいないままを、受け入れようとしていた。
だけどそれも、もう限界だ。
精神的に、俺は疲れてきてる。
……もう、無理だ。
「ドンッ……ドンッ……」
地面を踏み締める音がした。
浅瀬の土を踏む音は、もっとペチャペチャしてるはずなのに、何故か今回は、ドンドンと固かった。
「おいおい……嘘だろ……もう……」
エドワードの悲痛な声が聞こえた。
そして、倒れた象鳥の体が動いていた。
動くというよりかは、引きずるみたいで、地面に擦れまくっていた。
「……あ」
見えた。
象鳥の先端、何かがいるのに気がついた。
「それ」は、象鳥を引っ張っりながら、こちらに近づいてきていた。
「黒い……人……」
「それ」は、全身が黒く覆われた、人型の生物だった。
「紫象……赤鳥……お前達の無念は、俺が晴らしてやる」
「それ」はそう言い、俺を強く睨みつけていた。
そんな、俺に向けた悲痛な表情を見て、俺は胸が痛かった……
◇◇◇
一方その頃、中衛部隊では……
「ふん、こんなものか。話にならんな」
突如現れた鬼の王バランが、中隊を圧倒していた。
「化物めぇ……」
そして、助けとして呼ばれて来た、グリム・ウィザードは、首を掴まれ動けずにいた。
各状況は絶望的。
絶望が重なり、地獄を生んでいた……