第56話 万雷
「喋れんのかよ……」
エドワードは驚いていた。
もちろんそれは俺も同じだ。
「二人が来る前から、《赤鳥》、奴だけは普通に喋れてました」
女騎士団長さんが、そう説明をした。
つまりは、あの合体によって、個々の能力だとか特徴が一つに合わさってるのか。
それってすげぇ厄介じゃんかよ……
「気をつけて、《赤鳥》には、魔術が使えます!」
そう注意をされたが、もう遅かった。
「万雷」
それは先程聞いた、合体生物の声だった。
象と鳥……象鳥と呼ぶことにしよう。
「え!!?」
見上げると、雲の形が変わっていっていた。
間違いない。
これは「積乱雲」だ。
「天候を変える程の魔術だと……!?」
「滅せよ人間共」
その声を聞いた瞬間、雲から落雷が落ちてきた。
それは一発に留まらず、何発も何発も連続で撃ち続けていた。
止むことをしらないその落雷、いつ止んだのかは定かではなかった。
何故なら俺はその間、気を失っていたからだ。
俺が次に目を開けた時、そこに立っていたのは……
「はぁ……はぁ……無事、みたいだな……」
……エドワードだった。
ボロボロな姿を見るに、俺を必死に守ってくれていたみたいだ。
「ご、ごめん!だ、大丈夫なのか!?」
俺は心配そうにそう尋ねた。
まぁ、大丈夫なはずがなかった。
「……大丈夫だ」
エドワードは、笑ってそう答えた。
嘘だ。
落雷を何発も受けたであろう、傷だらけになった体。
それに比べて、俺は外傷は少なかった。
一、二発は受けただろうが、恐らくその傷も、ほとんど再生したのだろう。
だが、傷が少なかった一番の要因は、エドワードが必死に俺を守ってくれた事にある。
感謝しかない。
その分、次は俺が頑張らないとな。
そんなやる気を見せながらも、俺は少し勘づいていた。
この戦いの、結末を……
「なぁ……これ、勝てるのか?」
俺は言ってしまった。
霰もない事を。
「……あと一人、まだ到着できていない騎士団長がいる。そいつが来るまで耐えれば、勝てる」
これも嘘だ。
この状況、騎士団長が一人来たところで、状況は変わらない。
女騎士団長と女副団長は、落雷の影響で倒れている。
一人騎士団長が来たところで、戦力は実質変わらない。
なんなら、さっきよか悪い。
そんなままで、目の前の、余力たっぷりの怪物と戦うなんて、正気の沙汰じゃない。
「……なぁ、逃げようぜ」
それが一番の得策だ。
乗れ、エドワード。
でなきゃ、この世界の大きな戦力を失う事になるんだぞ。
……とは言っても、どうせお前の返事は決まってんだろうな。
「逃げない。俺が逃げれば、国民を危険に晒す事になる。それだけは嫌だ」
はぁ……
やっぱりか。
でも、お前がそうなら俺もそうするしかないな。
……使うか。
「ここから先は生死を分ける、お前だけでも逃げるべきだ」
「それは無理な話だ」
お前が残るってなら、俺も残るしかないだろうが。
俺は、背中にかけた、魔剣を手に取った。
そして、魔剣に魔力を纏わせる。
「な、何をやってんだ!?」
イメージするのは、天級並みの威力と中級程度の質量をもった魔術。
即ち、質を高めた魔術。
それくらいじゃないと、こいつは開かない。
必死に魔力を、魔剣へと集める。
そして数秒後、「パカッ」と音がしたかと思えば、魔剣のブレイド部分がポロッと落ちた。
そして、ブレイドと共に、あるものも落ちた。
「こ、これは一体……?」
それは薬品が入った瓶のようなものだった。
「これが、俺のとっておきだ」
俺は瓶を拾うと、蓋を開け、そして中身を飲んだ。
「んっ……ぷはーっ!」
飲み干し、瓶を床に落とすと、俺は勢いよく、象鳥に向かって走り出した。
「な、バカ野郎!死ぬ気か!!」
エドワードも、俺を追いかけてきていた。
「頼む、俺を信じてくれ!絶対に死なない!」
そう言われてもエドワードは、信じる気が一切なかった。
自殺だと思い込んでいた。
だから、見せる必要があった。
「万雷」
その声と共に、再び絶望の雨が降り注いだ。
だが、範囲はあまり広くないようで、この感じだと俺しか受けないだろう。
それに気づいた時にはもう、俺の体は痺れていた。
そして痛かった。
体中の細胞が、粉々になる程の一撃を、何十発も受けていた。
無論、死んだだろう。
「……どうなってんだ!?」
そして無論、無傷だった。
いや、確かに攻撃は受けたんだ。
そして傷もついた。
だがそれら全て、一瞬にして、回復したんだ。
そしてその要因は一つだ。
……そう、先程飲んだ、謎の瓶だ。
どうやら、この瓶を説明するためには、少し遡る必要があるみたいだ。