第54話 始戦
「恐らくお前の仲間達は、後方の部隊に配属されているはずだ」
「配慮はされてんだな」
後方の部隊に配属されているらしい二人の元へ、俺達は走って向かっていた。
自然と、以前とは比べ物にならない程のスピードで走れた。
これも記憶の影響なのか、でも体まで変化しているのはおかしいような……
「見えてきたぞ!」
エドワードの先には、取りこぼしと思われる少数の魔物を必死に倒そうとしている大人達の姿があった。
取りこぼしとは言っても、離島の魔物は比較的強い。
以前会った、タコ型の魔物のようであれば、圧倒される可能性だってある。
と、その瞬間。
エドワードが急激に加速した。
そして一瞬の内に魔物のそばまで近づくと……
「……」
無言のまま、近くにいた魔物を全て、一撃で葬った。
「マジか!」
サーバックで戦った騎士団長とは比べ物にならねえぞ。
本来は、あれほどに強いのか……
「……あ」
いた。
二人の姿が見えた。
「ルーナ、グリム!」
ルーナとグリムが、いた。
「え!?アンドリュー!?」
二人はそう言って、凄く驚いていた。
あぁ、良かった……生きていてくれた……
俺も心底安心した。
「アンドリュー、頼みがある」
エドワードがそう言ってきた。
いきなり何だ?
「仲間に会えて安心してるだろうが、頼む。俺はお前の実力を買っているつもりだ。鬼王を一時とはいえ足止めした、お前の力なら、前線……いや、最前線で戦っても大丈夫なはずだ。頼む、力を貸してくれ!」
……正直、その提案は受けてもいいと思っている。
後方なら、二人の無事は確保できるだろうし、何より……
「遅くなった」
副騎士団長が今、後方の支援に来た。
あれなら少し強い魔物が来ても、何とかなる。
なんなら俺が最前線で魔物を残さずに片付ければ、後方にも魔物は流れていかない。
よし、やろう。
「やります」
「……ありがとう」
エドワードは俺に、感謝を述べた。
「二人共、後方は任せたぞ」
「あぁ、頑張れよ」
「頑張って!」
俺とルーナとグリム、三人で言葉を交わし合った。
そうして互いに言葉を済ませ、俺は最前線に向かって再び走り出すのであった。
◇◇◇
中隊と思われる部隊に遭遇した。
だが、その惨状は地獄だった。
「うぁぁぁー!」
泣き叫び、倒れる人。
腹に穴が開き、亡くなった人。
腕をもがれ、痛みで転がり回る人。
そんな人が、幾多もいた。
「中途半端な戦力だな、ここは!」
俺は支援した。
魔物の多い方へ。
上級の火魔術を放つ。
「何やってる!馬鹿野郎!」
「……え?」
エドワードは俺に怒鳴った。
本当に何で……?
「中隊には、もうすぐ副騎士団長が来る!それに、最前線には化物が山程いるんだ!もしかしたらもう全滅してるかもしれない!こっちに構ってるわけにはいかないんだよ!」
「……ちょっと待って、最前線には騎士団長と副団長が一人ずついるんだろ?なら問題ないんじゃ……」
「……そうか、お前は知らなかったんだな。ならいい、見せてやるよ」
エドワードはそう言うと、最前線へと再び走り出した。
俺もそれについていく。
◇◇◇
前線に来た。
その光景は、中隊とは比べ物にならないような悲惨なものだった。
「これが現実だ」
はっきり言って、全滅に等しかった。
残っているのは、騎士団長と副団長の二人だけ。
他は全員、地面に横たわっていた。
そして、そんな状況を作った化物は……たったの二体。
「あれが、離島の怪物達だ」
一体は、数十メートルはありそうな、巨大な象型の生物。
もう一体は、小柄で、空を飛ぶ、鳥型の生物。
「あのデカいのが、《紫象》。飛んでるのが、《赤鳥》だ」
「……何となくやばいのは分かる」
俺達は林に身を潜め、敵を観察していた。
「一つ、教えておいてやる。自らが戦線に遅れた時、すぐに合流するべきではない。まずは周りを観察し、そして……」
その瞬間、バタッと音がした。
そして、《赤鳥》が地面に落ちた。
倒れた《赤鳥》は、ピクリとも動かなかった。
「まさか!」
俺はエドワードの方を見た。
「遅れて来る奴は、こんな事もできる」
エドワードの仕業みたいだ。
でも、何をしたんだ!?
「狙撃だ」
「狙撃?」
答えては聞いての繰り返しであった。
「とんでもなく小さく、かつ凝縮させた魔力の塊を、奴の心臓目掛けて放った」
なるほど……俺もやってみるか。
「おらよっ!」
俺は《紫象》に向けて、魔力の塊を放った。
カキンッ!
「んなッ!」
まじかよ!?
俺の魔力じゃあ、傷一つ、つけられなかった。
金属じみた音もしたし、何て硬さなんだよ……
「《紫象》は見るからに硬そうだしな、《赤鳥》のようにはいかないと思うぞ」
……だそうだ。
決して俺の魔力が弱いわけじゃない……と信じたい。
「合流するぞ」
俺達は林から出て、最前線で戦う騎士団長と副団長の元へ合流した。
「エドワード君か、助かったよ!」
そう言ったのは、中央大陸の騎士団長、マリー・シンドル。
初の女性騎士団長として名高い彼女は有名だ。
俺でも知っている。
「すまん、この人って……」
俺がエドワードに、耳元で囁くように、副団長の事を尋ねると……
「彼女は、中央大陸・聖天騎士団・副団長。クレア・ナイツ。三人在する副団長で、一番の実力者と言われている」
なるほど……別嬪の騎士団長と副団長がいると……
エドワードをぶっ殺せば、両手に花だな……
なんて物騒な事を考えながら、俺達は策を練っていた。
「あのデカブツは、転ばせれば簡単にやれる。ただ……」
《紫象》は速かった。
歩幅が広い事はもちろん、一歩一歩を踏み出すまでの間隔が少なすぎるんだ。
隙がなさすぎるともいえる。
攻撃を加えるには、近づく必要がある。
一発入れ込むのは簡単だが、それと同時に、攻撃を絶対に受ける。
その一撃は、致命傷になりかねないだろう。
「だから、お前がいるんだろ」
騎士団長二人、副団長一人。
三人が同時に、俺を見た。
「お、俺?」
「剣士は接近戦に持ち込むしかない。だけど、魔術士なら別だろ?」
そう、俺は魔術士だ。
剣士じゃない。
とは言っても、あの三人だって魔術は使えるはずだ。
俺と同じくらい……もしかしたらそれ以上に。
少なくともエドワードは、俺以上に、魔術の扱いに長けていた。
「それは、別に俺じゃなくたって……」
「お前なぁ……分かってないようだから教えといてやる」
エドワードは、戦場であるにも関わらず、改めて向き直り、俺にこう言った。
「お前の魔力量は、世界的にも稀だぞ」
「……それは、多いって事で?」
「あぁ。他にも、魔術操作も中々だ。だから魔術においては、俺達が出る幕じゃねえんだよ」
「ふっ、だろ?」
調子乗んな、と頭を叩かれた。
「作戦はこうだ……」
こうして、《紫象》を倒すための作戦が始まった。
そして俺達はまだ知らなかった。
この先に待っている、絶望の存在を……