第21話 決闘
「水に対してだと、火は無効に近いようなもの・・」
俺は宿屋に着いてからすぐ、カーナ・シーベルトととの決闘に向けて、対策をしていた。
今は、近くの本屋に売ってあった【水魔術への対策術】という本を見て対策を練っていた。
しかしながら、この本にはこう書かれていた・・『水魔術に対して一番有効なものははっきり言ってない。しかし、一番悪手なものはある。それは火魔術だ』と。
同質量における水魔術と火魔術では、確実に水魔術が押し切ってしまうらしい。
【だがそれは、上級の魔術に限りとのこと】
その下には、こう書かれていた。
『上級までの魔術は、級が上がっても、単に質量が増えるだけだった。だが、天級魔術からは、増えるのは魔術の量だけじゃなく、質も増えるのだ。だから天級以上の魔術の場合だと、術者の魔術練度によって変わってくる』のだそうだ。
まぁ、天級魔術の使えない俺には意味のないことだったんだけどね。
ただ、こうなりゃもう、量で無理やり押し切る戦法をするしかないな。
隙をついて攻撃するのもいいが、生憎俺にはそんな事が出来るほどの戦いの経験も力も何一つないんだ。
せめてもう少し俺が強くなってからだったらな・・
俺はそんな事を考えながら、更に更にと策を出していった。
ちなみに結論を言ってしまうと、俺が実践で使えそうな策は『量で押し切る戦法』くらいだった。
『量で押し切る戦法』とは言葉の通りで、ただただ量でゴリ押ししていこうというものだ。
いわゆる【質より量】というやつだ。
俺はこうして策を考えていった。
そのまま時間は流れ、日が変わった。
そして遂に、約束の決闘の時間になった。
俺は呼び出された岩場に来ていた。
みると、当然の如くカーナが立っていた。
堂々とした立ち姿で、怖気付いている様子は全く感じ取れなかった。
「逃げるなら今のうちよ」
カーナは俺へと挑発をしかける。
これも作戦なのかもな……
「お前こそ、逃げる準備はできてんのか?」
俺も同様に挑発を仕返す。
俺の場合、これも作戦だ。
挑発によって相手を苛立たせて、"正常な判断をできなくさせる"というものだ!
「それにしても……お前、武具は使わないのか?」
俺はそう言って、相棒である杖を取り出す。
そう言えば初めて名乗るが、この杖は俺が、冒険者時代に武具屋で買ったものだ。
確かその時に、ロインの大剣が折れたんだったな。
懐かしい……
「別に?そんなものが無くたって、あなた如きに負けるなんてあり得ないもの」
カーナは フッ と鼻で笑うと、右手をあからさまに隠し出した。
(……バレてないつもりなのだろうか?)
カーナは右手の掌へ、こっそりと魔力を流していた。
勿論これは不正行為だが、俺は敢えて言わなかった。
あいつを完全に叩きのめすためだ。
俺はそうして、横の方へと顔を向けた。
その方面には、観戦者として少し離れた位置からレイス先生・グリム・ルーナの三人と、そこから更に少し離れた所から男が一人見ていた。
あの男の人は誰だ?
別に気にすることもないんだが……気になる……
「両者準備は整いましたか?」
レイス先生が、決闘の準備ができているかを聞いてきた。
「一応確認しますが、この決闘のルールは"どちらかが戦闘不能になるか、どちらかが降参と言うまで終わらない"というものでよかったですよね?」
レイス先生が俺達にルールの確認をもう一度する。
「ええ……」
カーナが返事をする。
「大丈夫です」
続いて俺も返事をした。
「それでは・・・始め!」
先生が大きな声で始まりの合図をかけた。
合図をかけられても、カーナにはまだ動こうと思われる気配はない。
「先手必勝だ!」
俺はチャンスと悟り、合図とほぼ同時に動き出していた。
(カーナ……予め魔力を流しておいていたのは、お前だけじゃないぞ!)
俺は予め杖に流しておいた魔力を、そのまま前方へと解き放った。
無論それはカーナも同じだった。
俺が動き出したと分かると、焦る様子もなく手を前に出して魔力を一気に解放していた。
そしてそのまま両者は、流れるように詠唱を始める。
「《集いて丸く、水の砲口となりて敵を撃て》【水球】」
「《集いて丸く、火の砲口となりて敵を撃て》【火球】」
両者の高速詠唱は、ほぼ同時に始まり、ほぼ同時に終わった。
そしてそのまま、両者の魔術が発動した。
火の球と水の球はぶつかり合い、打ち消された。
これはどちらも、中級の魔術であり球系に分類される。
この魔術の仕組みについては、よく分かってはいない。
例えば、『どのようにして魔力分子を発射しているのか?』とかだ。
魔術というのは謎が多いものだ。
まぁいつかは判明するんだろうし、気長に待つとしよう。
……っと、本題に戻ろう。
俺はカーナへと視線を戻す。
「ちっ・・・」
カーナはあからさまに舌打ちをした。
そしてそのまま、魔術の動作へと即座に移った。
(速いな……さすがと言わんばかりだ)
だがカーナは手を前に出すだけで、詠唱らしきものはしていなかった。
(……何がしたいんだ?)
バシュッ!
……とその瞬間、カーナの掌から【水球】が二発噴射しだした。
(無詠唱魔術だと!?あいつ、そんな高等技術まで使えたのかよ!)
俺は驚きを隠せなかった が、既に【水球】は発射されており、焦っている暇はないとすぐに理解した。
(威力は通常の【水球】に劣るとしても、さすがに二発同時はやばいな……俺もこの間に二発撃つのはさすがに無理があるだろうし……こうなったら避けるか……)
俺は飛んできた【水球】を軽く避けてみせた。
だが……
「なっ!?」
俺は驚き声を上げてしまった。
それもそのはず、俺が避けた先ではカーナが特大の水上級魔術を形成していたからだ。
(上級魔術なんて直撃すれば、俺は確実に戦闘不能状態になってしまう……なんとしても止めないと……)
俺は咄嗟に、火上級魔術の詠唱を始める。
「《集いて広く、猛烈に荒れ狂う火ろぉ撃……》あっ……」
(噛んだ……)
ハッ!と視線をカーナに戻すと、カーナはを既に詠唱を終えていた。
「バカね!終わりよ!」
カーナはそう言うと、上級魔術である【水撃】を放った。
【水撃】とは、【水球】の範囲と威力を更に高めた魔術である。
直撃すれば、一般人なら間違いなく死ぬだろう……
(やばいやばいやばいやばい……!)
これを受けたら間違いなく負ける……それどころか、俺が死ぬかもしれない……
そんなことを思いつつも、【水撃】は徐々に徐々にと近づいてきていた。
直撃するまでは、ほんの数秒間に過ぎないだろうが、今は何故かゆっくりと感じられた。
(これは俺の死が近いからか?走馬灯ってやつなのかも……いやでも、諦めるのわまだ早い!もしかしたら時間が止まってくれたりするかもしれない!)
しかし現実は無情にも程遠く、水の球はもう目の前まで迫ってきていた。
(せ、せめて何か魔術を!)
そう思い俺は、初級魔術である【火炎】を出した。
ブワッ!
俺の出した魔術とカーナの魔術はぶつかり合い、打ち消された。
「なっ……バカな!」
カーナは驚き声をあげた。
しかし、それは俺もだった。
声に出さずとも、頭の中では困惑していた。
俺は確かに、初級魔術を放ったはずだった……
だけど、実際に出たのは中級……いや、上級に類する火魔術だった。
「あんた……詠唱を失敗したんじゃなかったの!?」
カーナは俺に問う。
だが、そんなことを言われても俺にもさっぱり分からないんだ。
何であんなのが出たのか……そもそも詠唱は本当に失敗してたのか……何にも分からない。
「さあな……だけどな……」
ただ、一つだけ分かることとしたらそれは……
「お前に勝てるって事だ!」
そう言って俺は、上級火魔術を三発連続で放った。
さっきの……上級火魔術を放った時の感覚がまだ残ってる今なら!
無限に放ちまくれそうだ!
「何よこれ……」
カーナは絶句して、膝を落とした。
そして火魔術は、カーナへと徐々に徐々に近づいていき、遂には目の前まで迫ってきていた。
(まずい……当たる!)
火魔術は、五大魔術の中でも極めて殺傷能力に長けた魔術である。
それ故に、当たればほぼ間違いなく死ぬ。
それも上級魔術となれば"ほぼ"もないだろう。
そんなものが今、カーナに当たろうとしていた。
……と、その時。
「そこまでですよ」
レイス先生が火の球の前に立ちはだかった。
「【氷撃】」
レイス先生がそう言うと、火の球は一瞬で凍りついた。
(なんとか助かったー。それにしても氷魔術とは珍しいな。さすがは先生といったところか)
「もう十分ですよ、アンドリュー君」
「それはつまり、俺の勝ちって事でいいんですよね?」
「そういうことになるね」
先生が"俺の勝利"を宣言した。
「聞いたかよカーナ、お前の負けだってよ!」
「そう……私のまけなのね……」
カーナは悲しそうに言いつつも、納得したようだった。
(とりあえず、俺の退学は避けられてよかったな)
「負けは認めるわ……その代わりに、一つだけ聞かせて!」
なんの代わりだよ……
まさかとは思うが、聞くことがなかったら負けは認めてなかったのか?
面倒くせー。
「何だ?」
「あんた、最後の詠唱失敗してたでしょ!なのになんで成功してるのよ!」
普通に言われると、矛盾してて意味分からないな。
それに、そんなことを言われても、俺自身なんでできたのかが分からないんだ……
「さあな、俺にもさっぱり分からねえ」
分からないことは、きっぱりと否定しておこう!
こういうことが大切なのだ!
「まあ何にしろお前の負けは揺るぎない事実なんだ。しっかり約束は果たしてもらうぞ」
「ちょっとまって!はぐらかさないでよ!本当は分かってるんでしょ!」
本当に知らないっての。
嘘だと思うなら、証拠見せろや!証拠!
「アンドリュー君は嘘は言ってませんよ。本当に分からないようです」
ここで助け舟である先生が来た。
先生!感謝します!
「なんで……なんでそんなことわかるんですか!それになら、あの失敗からどうやって成功させたっていうんですか!」
それは確かにそうだ……
なんでなのかは俺も分かんないし、正直教えてほしいところだ!
「それは……アンドリュー君が【無属性魔術士】だからだよ!」
先生から出た言葉……それは衝撃そのものだった。
うぎゃぁー!びっくりー!
……と、冗談じみた驚き方はやめよう。
正直なところ、そこまで驚きはしなかった。
一切驚かないってわけではないがまぁ、そんな気は薄々していたのだ。
冒険者やってる時に、B級やA級なんかの魔物に使ってた上級魔術。
今思えば、ほとんどを詠唱無しで発動させてた。
他にも……あれは確か、大陸王と出会った時だ。
A級の魔物に腕を吹っ飛ばされたんだ……でも目覚めた時には何事もなかったかのように治っていた。
あの時はなんとも思わなかったけど、今思えばそういうことだったのか、と辻褄が合う。
でも、先生は知ってたならなんでもっと早く教えてくれなかったんだろう……
まぁそんなことはどうでもいいか。
今はそんなことよりも……
「あんたも……なの……」
カーナは驚きと嫉妬と悲しみと悔しさと、負の感情を寄せ集めたかのような表情で、少しずつ顔をあげて俺をみる。
「そうらしいな」
だからどうしたっ、て感じだけどな。
俺からすれば、これからの人生に何か影響されるわけでもない。
「話を戻すが、負けた時の約束は覚えているよな?」
カーナは、はっ!と我にかえったかのように起き上がると、そのまま俺の方を向き、ため息を一つつくと、こう呟いた。
「ごめ……」
「カーナ!!」
カーナの言葉を途中から遮って、男がとんでもない声量の怒声をカーナに浴びせた。
それを聞き、カーナも ブルッ!! と体を震わせた。
男はそのまま俺の目の前まで近づいてき、人睨みすると、次はカーナの目の前まで来ていった。
「負けたお前など、もういらん。とっとと我が家から出て行け!!この恥晒しが!!」
男は、さっきの怒声をさらに上回る大声でカーナを怒鳴った。
誰だか知らんが、一度の負けくらいでさすがに言い過ぎだろ……
そう思い俺は、男へと近づいていき肩を掴んだ。
「おい!さすがに言い過ぎだ……」
俺は「だ」で声を濁らせた。
俺が見ているのは、あの威厳たっぷりのだけどめがとい、あのカーナなのか……?
会ってからまだ数日程度とはいえ、あいつに人間性ってやつは結構知れた。
そんな中で言うが、俺はあんなカーナをこれまでにみたことがない。
その顔は冷や汗と恐怖で青白く……
その目と鼻は涙と鼻水でぎちょぎちょに……
その体は恐怖というなの圧力で小刻みに震えていた……
これじゃあまるで……
「おい……さすがにってか……これは酷えよ……可哀想だとは思わねえのか!?心はねえのか!」
俺はこう言った。
だが、その心の中では……
『滑稽なやつだな』
違うものを……もっていた……