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彼女を幸せにするためなら

「グレン。医者はなんて?」

「精神的負荷だそうで。ゆっくり考える時間をやれと言ってました」

「―――お前が来なければ、そうしていたんだがな」


 私はイオのなめらかな夜空色の髪を撫でた。学院で彼女が倒れ、とっさに抱きかかえ公爵家の別邸に運んだ。セシリアやルイは渋々だったものの、こちらは公爵、あちらは令息と令嬢…あまり身分を使いたくはなかったが、イオに何かあった場合確実に守れるのは私だと強く主張してイオをこちらへ連れてこれた。


「ベルベット公爵――イオの父君から返答は?」

「――しばらくそちらで預かっていただきたい、と」

「ふふ、やはり上から――王室から要請があったのかな」

「……狙い通り、ですか?」

「イオが倒れること以外はね」


 この国の王室はイオを――素晴らしい魔法使いを手放したくはない。一番手っ取り早いのは何人もいる王子たちのうち誰かの婚約者にしてしまうこと。

 ただ、彼女の父親――ベルベット公爵はイオの意思を尊重すると言っているため、無理強いをするわけにも行かない。いくら王室といえども公爵家の機嫌を損ねる事はよろしくない。

 ところが、隣国の公爵がベルベット公爵令嬢に婚約を申し込みに来た。

 王室は隣国に取られるわけにはいかないと、性急に事をすすめようとする。公爵も公爵で王室に歯向かって領民を危険に晒すわけには行かない。

 そこで、その”隣国の公爵”がイオをしばらく預かると提案する――。おそらく公爵は、それも嫌だったんだろうけれど、その公爵がイオの友人(ヴィクトール)であることを知り、妥協したのだろう。


 本当は、イオたちとお茶会をしている最中にベルベット公爵家に王室からの呼び出しがかかるはずだった。そこで、一時的に凌ぐために”仮婚約”をしようと持ちかけるはずだったのだが…。


「でも、イオもまんざらではなかったみたいだしね。――あんな、変わってしまった、なんてことを言い出すなんて…」


 その時のイオの顔はとても――可愛らしかった。

 心配と、期待と…いろいろな感情が混じった顔で!こちらを上目遣いで見てくることといったら、我慢が効かないところだった!

 思い出し笑いをしていると、グレンがこちらを伺っていた。


「その顔、あまりしないほうがいいですよ」

「なぜ?」

「今まで以上に令嬢どもが閣下を狙うでしょうから」

「ふん、なら心配はいらない。イオの前以外ではしないからね」


 ――イオがなぜ内向的になったのか。結界魔法しか使えなくなってしまったのか。人を攻撃することに対し過剰な忌避感を持つのか。

 彼女は私が知らないと思っていたようだけれど、当然(・・)イオのことならば何でも知っている。


 私が隣国へ戻ってから数カ月後のことだった。彼女と、彼女の双子の兄は誘拐された。

 数時間後に救出されたのはイオだけ。――イオが語ったところによると、兄が自爆同然の魔術を使い、犯人一味を全員殺したらしい。イオだけが無事だったのは彼女が結界を生成したから――。

 ただ、それで守れたのは彼女自身だけ。おそらくそれが結界魔術以外使えないことと、人を攻撃することを拒絶する理由だろう。

 内向的になったのも、目立たないようにしているのも、もうそういった事件に巻き込まれないため。

 犯人一味は全員死亡したものの、その裏で糸を引いていた人物はいまだに逮捕されていない。

 目立たなければ、もう狙われることもないだろうと、イオは考えたのだろう。――無意識にそう思ったのかも知れないが。


「そうだ、見つけたんだっけ」

「…はい。やはり本国の侯爵とこちらの公爵――ベルベット家に恨みを抱いていた貴族が手を組んでいました」

「……処分しておいてくれ。消したことはベルベット公爵にだけ、伝えるように」


 本当なら、イオにもう怖がることはないと言ってやりたい。だが、そう伝えたら自分のせいでまた人が死んだと気に病んでしまうだろう。


「私をここまで振り回すのはイオの特権だ…」


 本当なら。

 公爵の名を継ぐのは成人してからになるはずだった。だが、イオが誘拐されたと聞いたとき、その計画をだいぶ早めた。その当日に公爵になるぐらいには。

 近隣の国で”有能な伯爵”と呼ばれているのだって、イオの隣に立っても恥ずかしくないように、イオを妻にするときに誰にも文句を言わせないためにというのが理由の大部分を――殆どを占めているのだ。


「それにしても、イオが決闘のときに使った魔法…綺麗だった…」


 イオの優しい心をそのまま現したような可憐で、繊細で、優美な鳥籠。

 決闘相手ではなく私を――いや、私とイオで中に入りたいと考えるほどに素晴らしいものだった。


「そうだ、あの…フォード、だったか。彼に縁談を用意してくれ」

「…じゃあ、閣下に群がってるやつらから適当に選んでおきますねー…」


 彼は図々しくも決闘を申し込んでおきながら勝ったらイオに結婚しろというつもりだったようで。

 当然そんなことは今までもこれからもさせない。


「セシリアとルイは…イオの意思が第一だというだろうから、問題はないな」


 彼らもイオよりもは下だが、大事に思っている。下手なことはしたくないが、彼らと私には”イオが第一”という共通点もあることだし、そうはならないだろう。


「…う、…」

「イオ?」


 腕の中のイオが身じろぎをし、睫毛をふるりと震わせた。


 ――私の存在は、イオが作り上げたんだ。

 ――最期まで、責任をとってくれ。


 プロポーズを改めてするには重すぎる言葉だろうか。

 だが、イオなら…受け入れてしまうのだろう。

 誰にでも優しい、彼女なら。


 どうか、いつかその優しさが、私だけに向けられますように。


 私は目を覚ましたイオに笑顔を向けながらそう祈った。

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