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結界魔法しか使えません

「おい、アイオラ・チェルカ・ベルベット!」


 大きな声に思わず身体がびくりとしてしまいます。

 声をかけてきたのは…たしか、クラスメイトの方です。話したこともあまりないはずです。


「あ、の。私に何か用があるのでしたら、教室かどこかで…」

「いいや!これは皆に見届けて貰う必要がある!」


 ひえ…話が通じません。

 ここは人目のある廊下です。現に授業が終わったところなので生徒のみなさんがこちらを興味津々で覗いています。他人の目が気になる私としては注目を集めるのは不本意です。


「俺は、お前に決闘を申し込む!」


 ぺしんと胸元に叩きつけられたのは白い手袋です。

 そういえば、学院の古くからの校則の一つに、”手袋を投げるのは決闘の申し込み”というものがありました。


「い、いやです…申し訳ないのですが、おことわりいたします…」


 ですが、拾わなければ了承にはなりません。私は拾うことなく通り過ぎようとしました。


「な!なんでだよ!ほら!」


 ところが彼は手袋を拾い直すとぐいぐいと押し付けてきます。非常識過ぎでは…?


「い、いやです…受け取りませんから…」

「いいや!受け取るまで諦めないからな!」


 押し問答を続けている内に周囲に人が集まってきてしまいました。

 そこに聞き慣れた声がしました。


「随分と騒がしいけれど、一体何を…あら、イオ!」

「シリィ、ごめんなさい。騒がしくしてしまって…」


 金髪碧眼の美少女…令嬢のあこがれの的である彼女はセシリアーナ・バスティアン。私の大事な幼馴染の一人で普段はシリィと呼んでいます。


「あなた、イオにちょっかいをかけるなと何度も言っているはずなのだけれど…何をしているの?」


 私ちょっかいを掛けられていたんですか…!?


「それにしても…手袋…もしかして、イオに決闘を申し込むなどという恥知らずなことをしていたの?」

「んなっ、恥知らず…!?」

「いいわ!その決闘、私が受けてあげる!」


 いうやいなや、シリィは彼から手袋を取り上げました。

 決闘に関するルールには確かに決闘を代わりに受けることが出来るというものもあります。


「そして」


 くるりと振り向きこちらに手袋を投げ…え?


「私、セシリアーナ・バスティアンは、アイオラ・チェルカ・ベルベットを代理決闘人として指名するわ!」

「いえいえいえ!シリィ、それはおかしいです!結局私が決闘するんじゃないですか!」

「あら…イオはお願い、聞いてくれないの?」


 ぐぬぬ…昔からシリィのお願いには弱いのです。


「わ、わかりました…!」

「よかったわ!イオを軽んじてる奴らの度肝を抜いてやりましょうね?」


 シリィ…?なにやら言葉がおかしいですが…また何かの書物に影響を受けたのでしょう。そういうことにします。


「お嬢様、決闘場の手配、用意ともに整いました」

「イオ様の武装も用意できました」

「ノアさん、ブランさん…さすが準備が素早いですね…」


 ノアさんとブランさんはシリィの専属執事です。私とも長い付き合いです。シリィと知り合ったときから側にいたので彼らとも幼馴染と言えるでしょう。


「ありがとうございます、イオ様」

「相手の方もすぐに用意させますので。決闘、頑張ってくださいね。イオ様」


 その言葉とともにノアさんが相手を担ぎ去っていきます。いいのでしょうか…。


「お気になさらずとも、不正と疑われるようなことはいたしませんので。さ、イオ様。お手をどうぞ」

「はい…?」


 ブランさんは差し出した私の手をとってエスコートしてくれます。…ふらふらと倒れそうにも見えたのでしょうか。


◇◆◇


 着いたのは競技場の更衣室。専用の決闘場などはないため、臨時としてここが提供されたのでしょう。


「うぅ…」


 控室として提供された更衣室にいるのは私一人ではなく、シリィ、ブランさん、ノアさんが一緒です。


「何をそんなに心配しているのよイオ。あなたは気にせずやりたいようにやればいいのよ」

「…長引かせたりしなくてもいいんですか?」

「そんな必要ないわよ!見世物じゃないんだから…」


 …貴族というのは体面を必要以上に気にするものです。だからこの決闘も勝つにしろ、負けるにしろ、魅せる必要があるのかもしれないと思ったのですが、怒るシリィを見るにそういうことでもないかも知れません。


「イオ!話は聞いたぞ!!」

「~~っ!ルイ、くん…!お、脅かさないでください…」


 急に控室の扉が開いたかと思うと、そこから室内に飛び込んできたのは見慣れた顔。

 彼はルイくん。ルイくんもずっと前からの幼馴染です。本当は私とシリィ、ルイくんと後もうひとりがずっと昔からの幼馴染なのですが…いえ、いまはあまり関係ありませんね。


「ルイ!あなたはいつもいつもせっかちで…!」

「わ、悪かった、イオ、セシル。決闘をすると聞いて急いで来たんだが…大丈夫なのか?」

「だだだ大丈夫ですよ……!な、なんとか…します」

「全然大丈夫じゃないだろ…!セシル、お前無茶を言ったな?」

「あのままだったらあの男、イオにつきまとっていたはずよ。きっぱりさせるためにもこの方法しかないわ」


  ルイくんはいつも私を甘やかして優しくしてくれます。…そのため、厳しく優しくというシリィとはたびたび対立してしまうことが多いのです。


「ふたりとも、喧嘩しないでください…。私なら大丈夫ですから…!」

「喧嘩してるわけじゃないわよ…もう…」

「そうだ、イオ。これは喧嘩じゃない…俺たちは昔から仲、いいだろ?」


 そして私が困るととたんにこうです。喧嘩するほどなんとやら、といいますし、気心がしれてるからこそ言い争いしてしまうのでしょうか。


「イオ様。相手の支度が整ったようです。お嬢様、ルイ様には審判席の横に席をご用意いたしましたので…」

「はぁ…が、頑張ってきますね」

「えぇ!イオ、人目なんて気にしなくていいんだからね!」

「あぁ、危なくなっても俺たちがいるからな!」

「決闘に割り込むのはだめですよ…でも、その気持はありがたく受け取っておきます」


 結局の所ふたりとも過保護なんですから…。


◇◆◇


『さぁ、始まりました、第2367回決闘試合!今学期…いえ、今年度に入ってからは初めての決闘ですね!司会を務めるのは風紀委員長のティモシー・ガードラーです!解説には決闘するお二人のクラス委員長、アリアンナ・サミュエルズさんにお越しいただきました!』

『えぇと、こういうことには不慣れなんだけど…よろしくお願いします』


 競技場…いえ、決闘場の観客席にはたくさんの人がひしめきあっています。

 それに司会と解説…み、見世物じゃないですか……!


「審判は担任のわたしが務めますね~。両者とも、大怪我しない程度にがんばってくださいね~」


『今回対決するのはアイオラ・ベルベット嬢とジョナス・フォード殿!なんと、ジョナスの方からベルベット嬢に決闘を挑んだそうです!ところが拒否され、それでもしつこくしていたところにそこへ駆けつけたベルベット嬢の幼馴染兼親友のセシリアーナ・バスティアン嬢が代わりに受け、さらにその代理として、イオちゃんがこうして決闘をすることとなった…なんともまぁまわりくどいですね~!』

『そうだね。…フォードがアイオラさんにたびたび突っかかってたのはよく目撃した』

『おっとこれは…いえ、外野がとやかく言うことではないですね!』


 ふと、なぜ決闘を申し込んできたのか、その理由を聞いていないことを思い出した。突っかかってきた…というのは心当たりが無いのですが。


「あ、の…フォード、さん」

「じょ、ジョナスで構わない…!」

「いえ、親しくはないのでそれは遠慮しておきます。…聞きたいことがあるのですが」

「くっ…いいだろう、一つだけなら」

「はい、ありがとうございます。なんで、決闘を私に申し込んだのですか?」


 普通なら名誉を汚したとか、恋敵だとか…劇の中ではそういう理由でよく決闘がされているのだけれど…私にはどちらにも心当たりがない。


「そ、それは…決闘で俺が勝ったら言わせてもらう!」

「………」


 まぁ、答えるとは言ってませんしね…。


『アリアンナさん、この試合…どう見ますか?』

『正直言って、無謀すぎると思う』


 鋭い笛の音がなり、嫌でも気が引き締まります。そして周囲の音全てが遠くのものになります。


「アイオラ・チェルカ・ベルベット!俺がこの決闘に勝ったら、頼みを一つ聞いてもらう!」

「……決定事項ですか…?」

「では~…アイオラ・チェルカ・ベルベット対ジョナス・フォード!用意…」


 感覚が研ぎ澄まされるのがわかります。落ち着いて、冷静に…。杖を垂直に構え、魔力の構築を始めます。…あちらは、合図と同時になにか仕掛けてくるのでしょう。


「始めっ!」


 合図と同時にこちらへ高速で飛んでくる物体を感じ、簡易結界を空中に構築。物体を弾きます。

 がきん、と大きな音と共に壁に突き刺さったのは巨大な剣…ツーハンドソード、というやつでしょうか。―――当たれば、致命傷でしょう。


『無謀…ですか?』

『うん。たしかにフォードもそこそこ強い』

『えーこちらの資料によりますと…ジョナスくんは”鍛冶職人”と呼ばれており、成績もなかなか優秀なようですよー!』

『そう。でも――私が言ったのは、フォードが、アイオラさんに挑むのが、ということ』

『こちらにイオちゃんの資料があります。これによるとイオちゃん、筆記試験では常にトップ!みなさんも試験の後張り出される結果表で見たこと、一度はあると思います!』

『さらに補足すると、アイオラさんは対戦形式の実技で負けたことはない』

『負けたことは…といいますと?』

『えぇと…対戦実技では積極的勝利と消極的勝利の2つがある。アイオラさんはいつも消極的勝利…時間切れで勝ってるということ』


 相手は次々に剣を飛ばしてきます。結界を張ってしのいではいますが所詮簡易なもの。一撃が入るたびに壊れていきます。

 ですが、剣の大きさは当初のものよりも短く、小さいものです。おそらくあちらも魔力をため、強力な一撃を叩き込むつもりなのでしょう。

 その前座と言わんばかりに長剣が先程まで私がいたところに刺さり、もうもうと土埃があがります。おそらくは姿を消し、油断、動揺させるためのブラフ――!


『おっとこれは…!ジョナスくん、大剣をつくり…イオちゃんめがけて投げたー!!これは決着がついてしまうかー!?』

「…ベルベット嬢はそんなやわじゃないだろ…!」


 えぇ、そんなにやわではありません。一陣の風が吹き、土埃が晴れたそこに見えるのは―。


『これは…結界ですね!皆さんにも見えるでしょうか!ヒビ一つない結界です!大剣は…おっと!バラバラに壊れている…!?』

『今の一撃を正面から受けて無傷の結界…フォードが”鍛冶職人”なら、アイオラさんはみんなに”不敗の盾”とよばれている』


 !?実戦形式の授業のたびになにかヒソヒソされてると思ったらそんな恥ずかしいあだ名が!?!?


『でも、この決闘においては時間切れ(タイムアウト)はない。』

『ですが、あの結界を壊すだけの手段はジョナスくんにはないようですが…?』

『そう…だね。アイオラさんはあの結界を一生でも維持し続けられるだろうし…引き分け?』

『そうですねぇ…あ、ちょっと!セシリアーナ嬢!?』

『イオっ!全力を出しなさい!うじうじしてるのはもう終わり!!』


 う、うじうじ…。シリィからはやっぱりそう見えてたんですね…。

 でも、たしかにそうだ。今の私は、周りばかり気にして、やりたいことをやりたいようになんて、一つもできていない。


「…そうですよね、シリィ。恐れてばかりでは、前には進めない」


 私は、ある事件の精神的後遺症により結界魔法しか使えないといってもいいです。他の属性は初歩的なものしか使えません。


「結界魔法は、いろいろと応用が効くんです!」


 一般的な魔術は体内の魔力を糧に使うことができます。ですが、魔術の上位互換とも言える”魔法”や特殊な魔術は世界に漂っている魔力を使い、効果が発現します。

 私が使う結界魔法(・・)もそれに漏れず、自然界の魔力によって動きます。


鳥籠に、扉はいらない(バードケージ)


 魔術や魔法というのは想像力が大事だとされています。どれだけ鮮明に描けるか――。


 イメージは、そのまま扉のない鳥籠。地中の魔力を使い、土を針金のように編み上げる…。

 こういうと時間がかかるように思えますが、実際のところは一瞬で作ることができるのです。


『これは…鳥籠、のようですね…これは技術点の加算もありえますよ!』

『決闘に技術点はない』


「…得意の結界魔術か…?だが…俺を馬鹿にしているのか?」

「違います!…馬鹿になんて、していません」


 この鳥籠は一見隙間だらけですし、結界というものは外よりも内側からのほうが壊しやすいものですから、彼が馬鹿にされていると思うのも仕方ないです。

 私の周囲の結界を解き、鳥籠の直ぐ側へと歩み寄ります。…これくらい近ければ、小声でもきこえるでしょうか。


「その中では、魔術も魔法も使えません」


 内と外を分ける――それは、魔力も、空気も、音も全て、です。こうして私の声が聞こえるのはこの魔法が私の行使しているものだからにすぎません。ですがそこまで話す必要はないでしょう。手を隠すのも魔術師です。


「……くそっ、どうしたいんだ…!」

「えぇと…降参、していただけませんか?」


 ―――本当は、降参してもらうまでもないのです。

 結界の中に火種を入れ、空気中の酸素濃度をできるだけ下げるとか、水を注ぎ入れて溺れさせる、だとか。色々とあるのですが――。

 死が迫る状況というのはとても、つらいです。ですからそれはやりたくはありません。自分の勝手なエゴで相手のプライドを折るような行為を要求する――それも、酷いものかも知れませんが。


「こうなってはもう審判の先生が判断するのが早いか、あなたの降参が早いか――そういうものです」

「…ベルベット嬢は思っていた以上に…なかなか癖のある性格をしている」


 彼にどう思われようと別に構わないのですが…いやな誤解をされているような気が…。


『声は聞こえませんが、なにやら話し合っていますね…』

『決闘においては降参は認められている。アイオラさんはたぶん降参してほしいと言っている』


「…なぜそこまで、攻撃することを嫌う?」

「……あなたにその理由を言う必要はないと思いますが――えぇ、教えましょう」


 杖を握っていた手をゆるりと持ち上げます。ひどく不格好なことにこわばって上手く動かないその手を小さく掲げると、彼は驚いたようでした。


「人を傷つけることが、とても――死ぬほど、恐ろしいのです」


◇◆◇


 彼は降参しました。その時の彼はとてもすがすがしい顔をしていたのが、印象に残っています。


 さて、その後についてですが。

 フォード…くん(呼び捨てにしていいと言われましたが、妥協点はせいぜい名字とくんづけです)は、私と決闘をするということで”かよわい令嬢に決闘を…!?”ということで株が急下落したそうですが、潔く降参を認めたことなどから男女問わず人気が徐々に上がっているそうです。…そういえば、何故決闘を申し込まれたのか結局聞けませんでしたね…。


 私の周囲はあまり変わりません。いつもどおり、シリィとルイ、あとブランさんとノアさんと。この5人でいることが多いです。ただ、クラスメイト以外の方にも話しかけられることが増えました。私はそのたびにひええとなってしまうのですが、それでも話しかけてくださる方が多いです。


「ベルベットさん、よかったらお茶でも…」

「イオ!あなたの好きなお茶とデザートを用意したわ」


「アイオラ嬢!この前の決闘、素晴らしかった!!よろしければどこかで―」

「イオ、お前の読みたいと言っていた本が家から届いたんだが一緒に読まないか?」


「ベルベットちゃん、俺らとお茶でも」

「羽虫が飛んでいますね…イオ様、外ではなく食堂で昼食をとられてはいかがでしょうか」


「アイオラ・ベルベット様っ!この花束をっ」

「イオ様、中庭で皆様がお待ちです」


 …これだけされればいやでもわかります。下心のある人物を私に近づけないようにしているということぐらいは!


「私だってそこまで箱入りではないですよ…!」


 たしかに、私はあの事件からだいぶ内向的な性格になりました。

 消極的になり、人目を必要以上に気にするようになって。知らない人を過剰に怖がるようになってしまいました。


「でも、いつまでもこのままというわけにも行かないです…」


 シリィもルイも婚約者や恋人がいてもおかしくない…いえ、いないとおかしい年齢です。

 私が一人でも…少なくとも、二人の手を借りなくても大丈夫になれば――対等な関係に、なれるのでしょうか。


「…イオ?」


 物思いに耽りながら学院の裏庭をとぼとぼと歩いていると、馴染みのない――でも、なぜか安心する声がしました。

 振り向くと、そこにはどこか懐かしい雰囲気をもつ男の人が立っていました。

 白に近い銀色の髪に、海のような深い青色の瞳。

 学院内で見たことはないと思いますが…。


「はい…。えぇと、どこかでお会いしたことがありますか?」

「あぁ…だいぶ雰囲気が変わってしまったから…。ヴィク…なんだけど」


 近くまで来るとその端正な顔がよくわかります。ですがこんなにかっこいい人、知り合いには…ヴィク?


「ヴィクトール、くん…ですか?」

「はい!…以前のようにヴィクと呼んでもらって構いませんよ、イオ!」

「ん!抱きつく癖は変わらないんですねぇ…」


 ヴィクトールくんは幼馴染、です。私たち4人は小さい頃からいつも一緒にいたのですが、学院に入る1年前…5歳のときに隣国へ行ってしまい、それからずっと連絡も来なくなっていました。

 小さい頃のヴィクは灰色の髪と青の瞳でしたし、子どもだったので直ぐには気づくことができませんでした。ですがよく顔を見れば幼い頃の面影がありますし、抱きついてくる癖も変わっていません。


「今までどうしていたんですか?連絡も何もなかったので私たちのこと忘れたのかと…」

「いいえ!そんなことありません。色々とあって連絡ができなかったんですよ。すみません…」


 そういう事情なら仕方ありません。私は彼の背中をあやすようにぽんぽん、と軽く叩きます。


「大丈夫です。こうして顔を見れただけでも嬉しいですよ。あ、シリィとルイもこの学院にいるんですよ。時間ありますか?」

「えぇ。久しぶりですし、会いたいですね。挨拶だけでもしたいです」

「…そう、ですね。えぇと…」

「イオ?」


 さっきからヴィクは手を離してくれません。抱きつき状態ではなくなったものの、手をぎゅっと握ったまま離さないのです。

 さすがにもう子どもではないのですし、恥ずかしいのですが…。


「…いや、でしたか?」

「いえいえ!そういうわけではなく…ええと、婚約者さんとかに失礼ですし」

「あぁ…残念ながら婚約者はいませんよ。内向的で、かわいくて…結界魔法が使える女の子がいいんですけど」


 …まさか。からかっているだけ、ですよね?

 ちらりと見るとヴィクはこちらをにこにこと見つめているだけです。


「あ!し、シリィ!ルイ!」


 気まずくなって視線をそらすと、シリィたちが見えました。呼びかけるとすぐさま駆けてきます。


「ちょっと!あなた、イオに何をしているの!?」

「シリィ、落ち着いてください!彼はヴィクですよ!」

「ヴィク…?なんでいまさらヴィクがここにいるっていうの?イオは騙されているのよ…!」

「本当ですよ!彼はヴィクです……!」


 なぜかむきになって否定するシリィを止めようとしますが、全く聞く耳を持ってくれません。一緒に来たルイはなぜか呆然として使い物になりませんし、執事であるノアさんとブランさんがシリィを止めるわけはありません。ヴィクは「セシリアは相変わらず過保護だね…」なんて苦笑いをしています。

 あぁもう…!


「シリィ!いい加減にしてください!」

「あ、…ごめんなさい、イオ…」

「私こそ声を荒げてしまって、ごめんなさい。落ち着いて話を聞いてくれますね?」

「えぇ。おとなしく聞くわ…」


 自分自身大声を上げてしまったことに驚きましたが、なんとかシリィを落ち着かせることに成功しました…。


「彼は本当にヴィク…ヴィクトールです。家の都合で連絡ができなかったそうですよ」

「……イオがそこまでいうのなら本当なんでしょうね…。それに、この感じ、たしかにヴィクトールね…」


 しおらしくしていたのは最初だけで、シリィはすぐにジロジロと遠慮のない視線をヴィクに向けます。ここまであからさまにされてもヴィクは嫌がる素振りを全く見せません。


「ヴィク…ヴィクトールか!…ならイオの手を握っていたのも許せ…許せるのか…?」


 ルイはなんなんですか…。お父さんよりもお父さんじゃないですか…。


「セシリアもルイも以前よりもだいぶ過保護になってませんか?」

「っ!!当たり前よ!あなたねぇ――」

「シリィ。…言わないでください。自分から話しますから…」

「…そう、ね。そういうことだから、あとでイオから自分で、聞きなさい」

「―――わかりました。そうだ、よろしければ近い内にきちんとしたお茶会でもいかがですか?」


 ――ヴィクは多分、私が話したくないことを察して話題を変えたのでしょう。胸をこっそりとなでおろし、なんでもないように声を発します。


「はい。私もヴィクの話、たくさん聞きたいです」

「そうね、イオが行くというのなら私も行くわ」

「俺もみんなと一緒に行くぞ。都合はそっちに合わせる」


 シリィも行く…ですが、なかなか都合がつかないでしょう。セシリアーナ・バスティアンといえば社交界の華です。週末はもちろん、大変なときには学院が終わった後にもお茶会だとかパーティーだとかにひっぱりだこです。


「シリィ、せっかくですししばらく休みませんか?もちろん、付き合いが大切なのは分かっていますけれど…それ以上にシリィが心配です」

「~~~っ!イオ~~~!そんな事言われたらもぉ~~~!」


 感極まったシリィがぎゅうっと抱きついてきます。苦しいですがシリィの気が済むまでさせてあげましょう…。


「そういえば、ヴィクトールはなぜ今帰ってきたんだ?」

「あぁ…。それくらいは話してもいいかな…。この前、決闘をしましたよね?」

「はい…あ、隣国にまで…?」

「うん。素晴らしい腕の魔術師…魔法使い、かな?まだ少女なのに―って。それで、婚約の申込みが続々来てるというのも聞いてね…」


 婚約!!??


「ま、全く聞いていませんよ!?」

「だろうね。君の父上が全て断っているようだし。なんでも、”本人の意思を聞いてから来い!”っていってるらしいよ」

「だからみんなして遠ざけてたんですね…」

「…ふむ。なら、私は運がよかったのですね」


 ゆっくりと手をつないだままヴィクは地面に片膝を付きました。


「ヴィク…?」

「イオ。私は、あなたを慕っています。初めて会ったときからずっと」


 何故でしょう、今までに感じたことがないほど緊張しています。多分ヴィクのほうが緊張しているというのに。


「アイオラ・チェルカ・ベルベット――、イオ。あなたを愛しています。私の婚約者になっていただけますか?」

「こ、こんやくしゃ」

「はい。すぐ結婚したいくらいなのですが、貴族というものは面倒なものです…。ですが、婚約者でしかできないこともありますし…」


 指を私の頬に滑らすとそのまま髪の毛をすくい、毛先に口づけを落としてきました。


「ほ、本気…なんですね、ヴィク…」

「えぇ。急いできたのですよ?後手に回ってあなたが誰かのものになってしまったらと考えると気が気ではありません」


 そうつぶやくヴィクはとても真剣な顔をしています。

 冗談だとか茶化したりするような場面ではありません。

 でしたら私も真剣に答えなければならないでしょう。


「でも…いえ、ヴィク。私は、あなたがいない間に――随分と、変わってしまいました。それでも、私を好きだと言えますか?」

「――あぁ。イオは、イオだ。以前よりも随分と内向的になったようだけれどその本質は何一つ変わっていないのがこの短い間でもわかった。私は、君が好きだ。」

「―――…ヴィク…」


 私は彼に――


「閣下~もう時間なんですけど…って、お邪魔、でしたか…?」

「あぁ。邪魔だ」

「か、閣下…?ヴィク、彼は…?」

「あー、ベルベット様ですねー!閣下はあなたのこととても、」

「彼はグレン。私の執事です。グレン、すでに知っているようだが、彼女がベルベット嬢だ。私の次に…いや、私以上に大事だから、態度を改めるように」


 ヴィクよりも年上に見える彼―グレンさんは、そんなヴィクの言葉にも慣れた様子でうなずくと、私に対してしっかりとした礼を返しました。


「了解しました。先程は、失礼をいたしました。(わたくし)はヴィクトール公爵閣下の執事を務めさせていただいております。どうかグレンとお呼びください」

「は、はい。あの…公爵?閣下?…ヴィクが?」

「……そうですよ。連絡できなかったというのもこの関係です。この国ではなく隣国の公爵の地位を頂いたので、なかなかこちらに来られなくて…」


 あ、あまりのことに頭がついていかない…。

 ヴィクは隣国の公爵で…私に婚約を申し込んで…。


「―――」

「イオ?…イオ!」


 もう無理です。容量オーバーです…!

 でも、こんがらがった頭の中で唯一しっかりとしていることは…起きたら、ヴィクに―――。


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