立ち塞がる壁
レアン達の言い分は、解る。と言うか、他のお客からも同様の要望は出ている。
しかし恵理、そしてグルナには言い分があった。それ故、期待を裏切るようで申し訳ないが、レアン達が見ている前で恵理は口を開いた。
「どんぶりと蒸し料理が、どうも結びつかないのよ」
「そうか? 蒸すのでどんぶりとなると豚の角煮丼とかかな」
恵理の言葉に、あっさりとグルナが答えたのに驚いた。
しかし普通の鍋だと時間がかかりすぎるし、圧力鍋はこちらの世界で見たことがないので、一から作らないといけないと思う。だが今、ロッコにあるのはグルナが提案し、木で作った和せいろだけだ。
「え? 圧力鍋とかじゃなくて?」
「いや、作るだけなら蒸し器で出来るんだよ。ただ、肉や魚は脂がつくから蒸篭じゃなく鍋でやるのと、店でどんぶりメニューにするには時間がかかりすぎる……あと、なぁ」
蒸し料理の有能ぶりに恵理が驚いていると、グルナが口ごもった。
作るのは、ということは調理法『だけは』問題ない。だから、ここで問題なのは材料か調味料だろう。そして、角煮に使う調味料とくれば。
「あぁ……作るなら、豚の角煮は確かに魚醤じゃなく、豆の醤油で作りたいわよね」
「解ってくれるか……あと、俺の店で考えると、蒸し器とくれば茶碗蒸し! だけど、百歩譲ってたけのこは譲るとしても、しいたけとキクラゲがなぁ……この世界では皆、元を知らないんだとしても、どうせなら可能な限り近づけたいんだよな」
「解るわ」
頭を抱えるグルナに、恵理も頷くしかなかった。
そう、今まではティートに頼んでレアンの故郷から、あるいは恵理が体を張って権利を得たアジュールから、可能な限り仕入れて貰っていた。
しかしここに来て、恵理達はいよいよ異世界での料理材料不足の壁にぶち当たったのである。
「味つけまでなら、魚醤パイセン頑張ってくれるけどなぁ……火が通ると、匂いは消えるから一気に火を入れる分には。ただじっくり煮込むとなると、やっぱり豆の醤油の方が良い。味噌のうわずみも使えはするけど、メニューにするには量が足りないし」
「そうよね……あと、醤油やしいたけがあるとすれば、ニゲルだけど。まずあるかどうかが解らないし、その状態で行って無かったら心折れるし」
「解る」
そこまで言って、恵理とグルナは深々とため息をついた。
タイミングもあったが、アジュールには香辛料があると前情報があったから行けたのだ。
しかしニゲルとは多少は交流があるが、絹や宝石までの情報しか入ってこない。中国っぽいイメージだが、食文化がまるで不明なのである。
それ故、二人とも店を休んでまで長期間、しかもそもそもあるかどうかすら解らない材料を求めて、他国に行くことに躊躇していたのだった。