瞬間、浮かんだのは
「恋愛……」
アマリアからの質問を、口にしてみて――恵理の脳裏に浮かんで、消えたものがある。
「……んー、いいかな?」
「そうですか……すみません」
「逆にごめんね、アマリア……お店をやって、美味しいってお客さんが喜んでくれて。私はそれで、十分なの」
けれどそれは口に出さずに恵理がそう言って笑うと、アマリアは申し訳なさそうに声のトーンを落として謝ってきた。それに恵理も謝って話の先を続けると、アマリアはその話に乗ってくれ、恵理も笑いながら言葉を返した。
「もう……エリさんって、相変わらず欲がないですね」
「えー? 逆に欲張りじゃない?」
そうしているうちに、眠っていたアマリアの息子が目を覚まし。
父親譲りの灰色の目をパチリと開いた後、くしゃっと顔を顰めてぐずり出したのを、アマリアがあやしたり。店番をしていた筈のマテオが駆け付け、息子が泣き止むよう参戦しようとして逆に泣かれて、落ち込んだりした。
その後、赤ん坊が泣き止んで眠りに落ちたのを見計らって、マテオ宅を後にした恵理だったが。
(……誤魔化しちゃった)
声に出さずにそう思い、恵理は息を吐いて夏の青い空を仰いだ。
アマリアには、ああ答えたが――実は『恋愛』と言われた瞬間、恵理の頭にはある人物が浮かんだのだ。
「どうだ? 美味いか?」
赤い髪と、鳶色の瞳。
それは美味しい料理を皿いっぱいに載せて、笑ってくれるグルナで。
(いやいやいや、確かにグルナのご飯は美味しいけど)
思い出した途端に頬が緩みそうになったが、すぐに自分にツッコミを入れつつ恵理は表情を引き締めた。
ご飯とセットで浮かぶなんて、何と言うか男女逆ではないだろうか? そりゃあ、彼の料理は美味しいし、胃袋をガッツリ掴まれている自覚はあるが。
(恋愛って単語からの連想だから、多少は気持ちがあるんだろうけど……今のままで、十分だもの。言われなかったら気づかなかった訳だし、逆にそういう風に考えて意識して、ギクシャクする方が嫌だし)
お互い、店があるのでロッコを離れることはない。色恋沙汰で気まずくなっても、出ていくことが出来ないのだ。
このタイミングで何だが恵理の店に明日、閉店後にグルナが来ることになっている。ティート達も来るのだが、変に意識しないようにしなければ。
「店長、お帰りなさい!」
「ただいま、レアン」
そう自分の中で結論付けて、恵理はどんぶり屋の中に入り――定休日だが足音を聞きつけたのか、笑顔で出迎えてくれたレアンに、恵理もまた笑みを返した。