秘書から支店長に
次の日から、恵理達のニゲルに旅立つ為の準備が始まった。
ニゲル国に行く間、どんぶり屋を他の料理人に任すことについては、前例(アジュールに行った時に、グルナにお願いしていた)がある上、グルナを取り戻す為なのでむしろ歓迎された。
「絶対、グルナを連れて帰って来てくれな!」
「お願いします、エリさん!」
「あのふわとろオムリーゾを、ニゲルに盗られないで下さいっ」
「解りました!」
常連達の激励に、微笑みながら恵理は頷いた。内心、握った拳を高々と振り上げているが――一応はお客相手なので、実際にやるのは流石に自重した。
そんな恵理をレアンは接客で、サムエルとミリアムは出発前までの依頼をこなし、ティートは旅支度をしたり帝都からの料理人達を紹介することで協力してくれた。
「え? 何ですか、この換気の良さ!?」
「あと、温泉に入り放題ってすごいですよね~」
「この換気扇と、あと温泉を掘ることは無理ですが、辺境伯領の店ではそれに近い風呂を用意しますから……期待していて下さいね」
「「おぉっ!」」
そんな訳で閉店後、ティートと共にやって来た二人に引継ぎをしている。明日は一日、一緒に店をやって雰囲気を見て貰い、明後日からニゲルに旅立つ予定である。
今回、恵理の店を手伝ってくれる二十代半ばの二人は、どちらも料理人だという。故郷を離れるので、無理がないように今回、そして辺境伯領では料理人と給仕を交代で行うそうだ。
「楽しみにしていますね、支店長!」
「お願いしますね、支店長!」
「お任せ下さい」
目をキラキラさせながら言う料理人達に、ティートはクイッと眼鏡のブリッジを上げて答えた。
恵理が知っていたのは会長秘書までだが今回、辺境伯領への居酒屋出店を任せられたことで、ティートの役職は支店長になったらしい。まあ、今までも帝都ではなくロッコにいたので、役職変更になるのは解らなくもないが。
「……出店したら、ティートは辺境伯領で暮らすのね」
考える前に、そう口から出ていて――恵理はハッと我に返って、自分の口を塞いだ。そして、己の我儘に自己嫌悪しながらも笑って言葉を紡いだ。
「ごめんね! ティートには、帝都にいた頃からお世話になってたから……出世おめでとう! ティートの今後の活躍を応援し」
「帝都『以外』の支店長って意味ですから、開店後はロッコに戻ってきますよ?」
「……え?」
誤魔化そうとした が、ティートの言葉が想定外で恵理は思わず間の抜けた声を上げてしまった。そんな恵理に、ティートが眼鏡の奥の青い瞳を細めて話の先を続ける。
「ルベル公国以外とのやり取りが増えたので、僕に一任されることになったんです。名前だけの話なんですが、最近は会長秘書もご無沙汰でしたし」
「そ、そうなの……ごめんね?」
「いえ」
勘違いで勝手に寂しくなったのが申し訳なくなり、恵理が謝るとティートは輝くばかりの笑顔で答えた。
そんなティートを見ながら「支店長、キラッキラだな」「充実してるんだなー」と、料理人達が感心し、レアンが微笑ましく見ていたことに恵理が気づくことはなかった。




