二人で眠る
(9)
「風呂は大丈夫だったか? のぼせたりは――」
食事を終えて、今日は実亜一人で風呂に入った。
大浴場でもない限り、大人と一緒に入るのはあまり良くないらしい。
それだけソフィアに子供だと思われていたのだけど、実亜としては少し複雑だ。
今も微妙に心配されているような気がする。
「大丈夫です。ゆっくり出来ました」
元の世界とほとんど変わらない風呂は、温かくて気分が良くなっていた。
湯加減も丁度良くて、心なしか肌がしっとりするような感じにも思える。
「それなら良い。身体が冷えないうちにもう休んだほうが良いな」
ソフィアはそう言うとベッド――ソフィアは寝床と呼んでいる――に実亜を寝かしつけた。
そして、手にブランケットを持って、寝室から出て行こうとする。
「あれ……一緒に寝ないんですか?」
思わず言ってしまったが、言っておいて実亜は少し恥ずかしくなった。
誘っているみたいだ――そんなつもりはないけど、単に寂しかっただけで。
誰かが傍に居てくれる安心感や、温度とか、実亜はそれを一度覚えてしまったから。
「私は長椅子だ」
ソフィアはキッパリと言い切っていた。
そんなに言い切られてしまったら、少し寂しいと実亜は思った。
「でも、冷えるのは同じですし――一緒のほうが」
実際、夜は冷える。雪が近いと言っていたし、もっと冷え込むのだろう。
「夫婦でも恋人でもない大人と一緒に寝るのはあまり歓迎されていない」
そういう決まりというか、社会通念がある――ソフィアはそう言って、困っている。
「……寝てるところを誰かに見られるわけじゃないですよね?」
素朴な疑問として、実亜は訊いていた。
寝室なんて余程でないと誰かに見られることはない場所だと思ったからだけど。
「まあ、そうなるが……」
ソフィアがグッと息を飲んで、更に困っていた。「ミアは鋭いな」と小さく呟いて。
「わかりました。私が長椅子で寝ます」
実亜はベッドから起き上がって、ソフィアの持っているブランケットを手にする。
「それは駄目だ。まだミアは完全に回復していない」
ソフィアはブランケットから手を離さず、実亜をもう一度ベッドに寝かしつけていた。
「でも、ソフィアさんが身体を悪くしたら……」
「しかし……」
しばらく不思議な押し問答が続く。
「長椅子に寝るなら、お世話になってる私があっちです」
「……ミアにはゆっくり休んでほしいのだが、困ったな」
実亜はベッドから起き上がったり、ソフィアに押し戻されたりして妙な時間だった。
「私も、ソフィアさんにはゆっくり休んでほしいです」
何もしていない居候の立場――それどころか命の恩人を、実亜は無碍には扱えない。
最終的な実亜の結論としてはそれだ。
「……ミアは優しいな。わかった、一緒に眠ろう。仕方な――いけない。また頭を撫でそうに」
ソフィアの手がそっと実亜の頭に伸ばされたが、その手は宙を掴んでいた。
撫でても良いのに――実亜は思った。
「誰も見てませんけど……」
それでもやっぱり騎士の規律とかで駄目なのだろうか。騎士は不思議だ。
「まあ、そうなのだが。淑女にする行動ではない」
ソフィアは宙を掴んだ手を自分の髪に持って行って、困ったように笑っていた。
「狭くはないか?」
押し問答の末に観念したソフィアが、ベッドに潜り込んでくる。
最初に「広い寝床で良かった」とソフィア自身が言っていたのに、今日は遠慮がちだ。
このベッドの主はソフィアなのだから、遠慮するなら実亜のほうだと思うのだけど。
「大丈夫です……温かいです」
実亜は小さく答えて、気持ち少しだけソフィアのほうに寄る。
人の体温がこんなにも温かくて心地良いものだと、実亜は今まで知らなかった。
「そうだな。聞いた話だが、人肌があると傷の回復も早いらしい」
ソフィアは初めて一緒に眠った時とは違い、実亜に触れてくれない。
積極的に触れられたいわけではないけど、実亜はあの温もりが欲しくなってしまう。
「あの、おかげさまで、怪我はしてません」
何処も痛くないし、身体の調子としてもそこまで悪くない。
ただ、人恋しさは以前よりも増していた。一人でも大丈夫だと思って生きてきたのに。
この世界に来て、何かが変わってしまったのだろうか。
「ああ、そうだな。そうだった。怪我はなかったのだが、かなり体力を消耗していると言われたから、しっかり回復してほしくて」
ソフィアは困った顔で実亜を見ている。
「……はい。それまで一緒に寝てください」
「わかった――ミア、こうなったらこの名にかけて、貴女を守る騎士になろう」
ソフィアは何かを決意した顔で、実亜の頬にそっと手を触れていた。
そんな言葉、おとぎ話の中でしか耳にしたことがないのに、それが凄く格好良く思えた。
「あの、一緒に寝るって、そんなに大変なことなんですか?」
実亜はまた素朴な疑問を口にする。
ある意味でそんな決意をさせるまでの行為――ただ一緒のベッドに眠るだけなのだけど。
「言っただろう。ルヴィックでは夫婦か恋人しか一緒の寝床には入らないものだ」
だから、そうするしかない――ソフィアはそう言って、手を離していた。
と、いうことは、一応恋人のような扱いになるのだろうか。
違う世界の違う決まりは不思議だった。