二人で買い物
(7)
「此処がリスフォールの目抜き通りになる」
ソフィアに支えられてリューンに乗って十数分――二人は賑やかな通りに出ていた。
馬車、人、自転車みたいな乗り物が忙しなく行き来していて、華やかだ。
「目抜き……? 通り?」
聞いたことがある言葉だけど、実亜には意味があまりわからない。
見る限り馬車や人の往来が多いので、メインの幹線道路みたいなものだろうか。
沿道にはレンガ造りの立派な建物も多いし、石畳もしっかりと敷かれている。
馬車専用の道らしき部分は轍が出来ていた。
「街の中心部というか、大きな道が整備されているところだな。店も多いぞ」
食べ物を売っている店はもう少し進んだところだ――ソフィアはリューンを歩かせて進む。
リューンはゆっくりと歩いて、店のある方向にしっかりと案内してくれる。
「ああ、その前に服か……リューン、止まってくれ」
ソフィアがリューンの手綱を引く。リューンは静かに止まって、次の指示を待っている。
「え、服って言っても、私お金持ってないです……」
実亜は慌ててソフィアを見た。
スーツのポケットにミニ財布を入れていたような気がするけど、そんなに額も入ってないし、そもそもここではお金として使えないだろう。
それに、スーツはソフィアの家だから、実亜の手元には何もない。
「気にするな。私が買う」
「そんな、申し訳ないです」
実亜はただでさえソフィアの家に保護されて――と言うのだろうか――無事に過ごせている。
それに、実亜自身、プレゼントや誰かに何かを買ってもらうなんて経験もなかった。
こんな感じだから、ブラック企業からも逃げ出せなかったのかもしれないのだけど。
「私の服を着せるのも良いとは思うが、折り曲げたりするのが面倒だろう? それに、ミアに似合うもののほうが良いだろうからな」
第一、私はそれほど服を持っていない――ソフィアはそう言って、リューンから降りる。
そして、ソフィアが手を差し伸べて、実亜に降りるように促す。
「乗った時と逆にすれば良い」と言うので、実亜はぎこちなく降りていた。
ソフィアはしっかりと実亜の身体を支えて、ふわっと軽く地面に着地させてくれる。
「あの、本当に良いんですか?」
店の前にある杭にリューンの手綱を掛けているソフィアに、実亜は確認をしていた。
「今更遠慮をするな。ミアは可愛いな――」
ソフィアが実亜の頭を撫でようとして、寸前で止まる。
子供なら構わないけど、淑女にこういう行動をしてはいけないらしい。
「……ありがとうございます」
撫でても別に良いのに――でも、騎士としては譲れないところなのだろう。
少し物足りなさを感じながら、実亜は礼を言っていた。
「ああ、似合うな。これと乗馬服と、寝間着も買っておこう。あとは寒くなるから外套か」
ソフィアに連れられて入った店は、街の人たちの普段着を扱っているみたいだった。
まず着せられたのは、ワンピースだった。生地は厚手だけど、着心地は軽くて動きやすい。
特にこだわりもないので任せていたら、ソフィアは似た感じのものを五着ほど手にしている。
そして、実亜の身体に合わせた大きさの乗馬服――ズボンの内腿部分に革が貼られていた。
馬に跨がると内側がすぐに擦れるから補強しているらしい。
寝間着はネルシャツのような触り心地で、柔らかい。
ソフィアは実亜に好きな色を訊いて、それも適度に三着――
外套はダッフルコートのような見た目――ウールっぽいけどもっと軽くて、暖かい。
「そんなに沢山……あの、私一着でも大事にします」
普段着とはいえ、そんなに買ったらいくらかかるのか――
この世界の値段の基準だとかがわからないから、実亜としては余計に心配だ。
「気にするな。私もたまには衝動買いをしてみたいんだ」
ソフィアはそう言って「これも」と、ブーツを追加していた。
「いやあ、なかなか楽しかった」
トータルで十着の服を買って、ブーツも二足買って――
思ったより大量の荷物だったので届けてもらうことになった時、ソフィアは満足そうだった。
何処の世界でも、買い物というのは人を高揚させるのかもしれないと実亜は思うのだが――
「あの……本当に良かったんですか?」
実亜はリューンを連れてゆっくりと街を歩くソフィアと並んで、改めて訊いていた。
良いも何も、もう買ってしまったのだけど。
「ふむ、ミアは遠慮がちだな。気にすることはない。自分では買わない服を選べて楽しかった」
「ですけど……」
実亜はソフィアの隣を歩きながら、その横顔を見る。
優しい人――今の実亜にはソフィアしか頼れる人が居ない。
ソフィアもそれを受け入れて色々と助けてくれている。
だけど、騎士の務めというだけで、行き倒れの人にここまでするものなのだろうか。
わからないことだらけだけど、それが一番わからないかもしれない。
「この辺りから食料を扱う店の通りになってくる」
リューンを通りの入り口の人に預けて、ソフィアが歩き出す。
通りは馬の乗り入れが禁止らしく、馬を休める場所があると言う。
「ソフィアさん! 今日は干し魚が入ってるよ! あれ? 妹さんかい?」
通りの端にある店の人が元気よく声を掛けてきた。
軒先には商品が並んでいる。この店は肉や魚を取り扱う店みたいだ。
この辺りは実亜の知る商店街だとかと同じ――最近ではそんなに呼び込みも見ないけど。
「いや、大事な客人だ。そろそろ魚の入荷も終わりかと思ってたが、まだ届くのか?」
ソフィアは実亜の身体をそっとエスコートして、店の軒先で店主らしき人と話し始める。
「そうだなー、雪の前にあと一回か二回来れば良いところって具合かな」
店主はソフィアに答えてから、実亜に「これは素敵なお嬢さん」と一礼してくれた。
「雪の前に食べ納めか……ミア、魚を食べたことはあるか?」
ソフィアは楽しそうに実亜を見る。
そう訊くということは、リスフォールでは魚は珍しいのだろうか。
「はい。どちらかと言うと私の国は魚をわりと食べる国で……」
「ほう、ニホンは海が近いのか?」
興味深そうにソフィアが訊く。
「えっと周りが海です。島国なので」
「成程、では今日は干し魚を買おう」
ソフィアが手にした干し魚は、実亜がわりと見慣れた秋刀魚の干物だった。
干していると言っても、まだ適度な水分があるので柔らかめだ。
「あの、これは焼いて食べます?」
実亜は紙に包まれる干し魚を眺めて素朴な疑問を口にしていた。
「焼くのか……煙は凄いだろうが、それも美味しそうだな」
ソフィアが更に興味深そうにしている。この反応だとソフィアは魚が好きなのだろうか。
「こちらではどんな料理に?」
焼かないとなると煮る――揚げるかもしれない。実亜にはまた素朴な疑問だった。
「煮込んで身を解してから、芋をすりおろしたものとまた煮込むのがお勧めだね」
店主が「おまけだ」と、干し肉の切れ端をまとめたものも一緒に包んでくれる。
これも煮込むと美味しいらしい。
「実亜はどう食べるのが好きなんだ?」
ソフィアは買ったものを小脇に抱えて歩きながら、楽しそうに実亜に「教えてくれ」と言う。
「私の国では直火で焼いて、大根おろしと食べたりします」
実亜は張り切って答える。少し役に立てた気がして嬉しかったからだ。
「ダイコン……?」
「えっと……植物の根が太くなったもの?」
大根なんてどう言い表したら良いのだろう――実亜は出来る限りわかりやすい言葉を選ぶ。
「ふむ、植物の根……これか?」
ソフィアが道すがら、野菜を扱う店で立ち止まってそれを手に取る。
実亜が日本でよく見ていた大根だ。「ラデ」という名前らしい。ラディッシュに似ていた。
「これです! これを生ですりおろして、焼いた魚と一緒に食べます」
「面白い。今夜はそれを食べてみよう」
ラデも煮込んだことしかなかったな――ソフィアはそう言って楽しそうに買い物をしている。
店の人たちもソフィアを見かけると皆笑顔で挨拶や軽い世間話をしていて、ソフィアは物凄く慕われている人――
ソフィアが実亜に優しくしてくれる理由が、なんとなくわかったような気がした。