生きること食べること
(4)
「休んでと言われても……」
実亜はソフィアの家の中で一人呟く。休むと言われても、休み方がわからないのだ。
家のものは適度に使って良いと言われたが、勝手に何かするのも申し訳ない気がするし。
「……寝る? 寝てても良いんだよね? 休むってことは寝るってこと……だよね?」
実亜は誰に聞かせるでもなく、そう言ってベッドに入っていた。
休み方がわからない――すっかりブラック企業の働き方に染まっていたのかもしれない。
寝転んでしばらく、実亜は部屋の中にある置時計のようなものに気付く。
実亜が居た世界と同じように、円形で十二分割されているが、秒針はない。
此処は少し違う世界だけど、同じような時間が流れている――不思議だ。
そんなことをぼんやり考えていたら、睡魔がやって来る。
実亜はまた、目を閉じていた。
この世界に来てから、眠ってばかりのような気がする――
しばらく眠ったのだろうか、よく眠った気がするけど窓の外はまだ明るい。
陽射しの感じだと昼下がりのような――
実亜はベッドの中で身体を伸ばして、起き上がる準備をする。
寝てばかりだと逆に身体が痛い。ふかふかのベッドでもそうなるのだから不思議だ。
「何かするって言っても……キッチンなんて勝手に触っちゃ駄目だし……」
水を飲むついでにキッチンを色々と眺めて、実亜は呟く。
蛇口は元の世界とほぼ同じ――見慣れないコンロはガスを使うような感じに見える。
食材さえあれば何か作れそうだけど、人の家の食材を勝手に使うなんてもってのほかだ。
だけど、ソフィアにはお世話になっているし、何かしたい。休んでいても良いと言われても。
自分はとことんまで休み方が上手くない――実亜は少し反省していた。
「あ、昨日リューンにあげてた赤い実……」
キッチンの隅の木箱に沢山入っている赤い実はリンゴのようで、でも形はレモンに近い。
実亜は赤い実を一つ手にとって、じっくりとそれを確かめてみる。
皮の質感はリンゴっぽい。持った感じもリンゴのそれだ。少し甘い香りもする。
なんとなく美味しそうだけど、勝手に食べてはいけないから、実亜は元の箱に戻していた。
ソフィアが帰ってきたら、食べて良いか訊いてみよう――そう決めてから。
帰ってきたら。だなんて、すっかり頼り切っている。
とはいえ、この世界で頼れるのはソフィアだけだから、それも仕方ないと実亜は思った。
心配をかけないように、実亜はまたベッドに戻る。
今は待っていれば――これからどうなるのか一切わからないのだけど。
「ポロの実を食べてみたい?」
夕暮れ時にソフィアが帰って来てすぐ、実亜は赤い実のことを訊いていた。
ソフィアがリューンを小屋に連れて行く前に手にしてたからというのもあるけど、実亜が訊いたらソフィアは少し驚いていた。
「ポロの実って言うんですね」
「そうだ。馬が好む果実だが、あまり食べる人はいないな」
ミアは面白い――ソフィアは綺麗なポロの実を一つ渡してくれる。
「食べても良いんですか?」
「ああ、好きに食べてくれ。食欲があるのは元気になってきた証拠だからな」
この実は栄養豊富ではある――ソフィアも一つ手にしていた。
「いただきます――ん、美味しいです」
ポロの実は、水分が少ない桃のような味だった。
甘味が少ない硬い感じの桃――実亜は一気に食べ終えていた。
「気に入ってもらえて何よりだ」
しかし、ポロの実を食べるとは――ソフィアは面白そうに、自分もと齧りついている。
興味本位で食べる人は居るけど、本気で食べる人はあまり居ないらしい。
実亜としては、結構美味しいと思うのだけど。
「ふむ、良く味わってみるとほのかに甘くて食べやすい」
小さい頃に遊びで食べた時とは味わいが違う――ソフィアはそう言って、もう一口囓る。
ドアの外から、リューンの鳴き声が聞こえた。
「おっと、私たちが食べてしまってはリューンに怒られる」
ソフィアはポロの実を持って、リューンの元へ出て行った。