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生きるために必要なこと

(3)

 窓から柔らかな光が射し込んで、その光が実亜の頬をくすぐる。

「ん……朝?」

 実亜が目を覚ましたら、ソフィアはもうベッドから居なくなっていた。

 あの温かさはやはり夢だったのか――寂しい。そんな感情が実亜の胸にやって来る。

 だけど、眠っているベッドのふわふわした感覚は昨日と同じものだ。

 実亜の家のベッドはこんなに寝心地が良くない。

 だから、昨日と同じ場所――ソフィアの家だと確信する。

 さっきまでソフィアが眠っていたであろう場所を撫でると、まだ少し温かい気がした。


「ミア、起きたか。朝食はこっちで食べられそうか?」

 実亜が隣の部屋に行くと、ソフィアが居た。

 テーブルの上には美味しそうなシチューが置かれている。

「はい、もう動けますから何かお手伝いを」

 お世話になりっぱなしだから、せめて何か出来ないか――実亜はそう言っていた。

「無理はしなくて良い」

 ソフィアは静かな笑顔で、実亜の肩を軽く抱いて椅子に座らせていた。

 少し強引だけど、優しい強引さだった。

「口に合うか?」

 実亜が食べるのを見守ってから、ソフィアもシチューを食べて訊いてくる。

「はい。このシチュー美味しいです」

 チーズクリームのような味のシチューは温まる。身体はそんなに冷えてないと思うのだけど。

「なら良かった。体力の回復に良い料理だから、遠慮せず食べてくれ」

 沢山作った――ソフィアは鍋を見ていた。

「……ミアの国ではこのような料理をシチューと呼ぶのだな」

 ソフィアはそう言ってスプーンでシチューの芋を潰している。

 少し潰してシチューを絡ませるとより美味しく感じるらしい。

「え? はい。こちらではなんと?」

 早々に食べ終えていた実亜は、その食べ方を真似したい気分になっておかわりを頼んでいた。

「野菜の煮込みだ。とはいえ、肉も入っている。しかし、シチューのほうが呼びやすいと思う」

 面白いものだ――ソフィアはおかわりを入れてくれる。

「覚えておきます」

 この世界では英語のようなものは通じない。そういえば昨日もソファを長椅子と言っていた。

 言葉から考えたら昔の――時代劇みたいな言葉遣いをしたほうが良いのかもしれない。

 時代劇――こんな時のために沢山見ておいたら良かったかもしれないと実亜は思った。こんな状況が来るとは思わなかったけど。

「ところで、私は騎士団の仕事がある。ミアはまだ休んでいたほうが良いのだが、一人で家に居るのは大丈夫だろうか」

 家の中のものは適度に使ってくれて構わない――ソフィアはそう言って水を飲んでいた。

「え、はい。何かすることがあればしておきますけど……」

 掃除でも、料理でも――実亜はここで何か出来ることはないかと訊いてみる。

 必要とされないのは、実亜にとって何よりも辛いことだから。

 だから、あんなブラック企業に居ても、辞められなかったのかもしれない。

 酷い環境だったが、少なくとも必要とされていた。

 それが錯覚だとわかっていても、実亜にはそれでも良かった。

「焦らず今は休んでおけば良い。明日は仕事が無いから、この街を少し案内しよう」

 少しは動かないと気分も塞ぐから――ソフィアは優しく笑う。

「あとは、風呂か。ニホンとは勝手も違うだろうから、朝食を食べたら一緒に入ろう」

「はい。え、一緒に?」

 思わず返事をしてしまったので、ソフィアはもうその気だった。


「日本のお風呂と良く似てます。使い方も、ほとんど同じです」

 案内された風呂は、バスタブがあって、身体を洗うスペースもあった。

 シャワーが無いのが少し違うけど、手桶があるし実亜の居た世界とほとんど同じ――

 石鹸もあるし、ボディブラシもある。こっちでは何と呼ぶかわからないけど。

 バスタブが大きいから、元々銭湯のように何人かで入れるようになっているのかもしれない。

 それなら一緒に入るのもおかしくはないものだと実亜は理解していた。

「そうか、それなら明日からは一人でも安心だな」

 広いバスタブの中でソフィアが安堵の息をついている。

 ソフィアの身体は鍛えられていて、しなやかで整ったプロポーションをしていた。

 騎士――戦う人の身体なのだろう。

 実亜の視界に入ると、何故かドキッとしてしまう。綺麗すぎて。

 女の人に妙にドキドキすることなんて、今までになかったことなのだけど。

 生まれ変わって、もしくはこの世界に来て、何かが変わったのだろうか。

 実亜は身体を洗いながら考えていた。答えは出ないのだけれど。


「髪を軽く拭いたらコンディをつけると良い」

 風呂上がりに、バスタオルを実亜に投げ渡しながらソフィアが言う。

 これもバスタオルではなくて、こちらではなんて言うのだろう――

「コンディ?」

 実亜はバスタオルで身体を拭いてから、ちょっと豪快に髪も拭いていた。

「これだ。コンディという植物の樹液を加工したもので、髪が絡まらなくなる。ミアは折角綺麗な髪をしているのだから、手入れもしないとな」

 適度な大きさの瓶から、ソフィアはとろみのある液体を少し手に出す。

 そして手のひらに塗り広げてから、実亜の髪を撫でる。

 ヘアオイルのようなもの――もっとサラサラしていて、柑橘系の香りがした。

「ソフィアさんは綺麗な髪ですね」

 綺麗な髪――それを言うならソフィアだと実亜は思う。

 サラサラで、艶のある黒髪は手触りも良さそうだ。

 触って良いものかわからないから触れないけど。

「お褒めに預かり光栄だ。リスフォールでは珍しい髪の色らしいが、自分では気に入っている。ミアとも同じ色だな」

「黒髪の人って少ないんですか?」

 街にはまだ出てないけど、どんな街なのだろう――

 ソフィアの家を見る限り、中世のヨーロッパのような街並みだと実亜は空想していた。

「リスフォールでは私以外の黒髪を見たことがない」

 首都のルヴィックに行けばわりと見かけるのだが――

 ソフィアは実亜の髪にコンディを薄く伸ばして整えてくれていた。

 助けられてからずっと手厚い待遇で、実亜は少しくすぐったくも嬉しかった。

 こんなに誰かに大事にされたこと――記憶の中にはないから。


「格好良い……」

「ん?」

 実亜の言葉に、ソフィアが剣を身に着けながら不思議そうに返す。

 ソフィアが「騎士の制服だ」と着た服に、実亜の言葉の理由があった。

 しっかりした立襟の上着は、実亜の知識の限りでは、軍服のような感じ――

 騎士だからそういう服になるのだろうけど。

 上着は落ち着いた深い青色で、ソフィアの黒髪とも合っている。

 ベージュ色をした細身のパンツの足元は革のブーツで、長いスラッとした足がより際立つ。

 それらを全てさりげなく着こなすソフィアの姿は凛々しくて――

「凄く、素敵です……って、私、何言ってるんだろう」

 何処かの絵から抜け出してきたのではないだろうか――実亜はそんな錯覚を覚えてしまう。

「素敵……ミアには見慣れない服だろうから、新鮮に見えるのかもしれないな」

 少し照れ笑いを浮かべてソフィアはマントを鮮やかに身に着ける。

 そして、外に出るとリューンの小屋に行って、手綱を引いてリューンを連れて来た。

 リューンは脚をかき鳴らして、気合いが入っているように見える。

「では、行ってくる。適当に休んでいてくれ。日が暮れる頃には帰って来る」

 ソフィアはリューンに軽やかに飛び乗ると、賑わいのある街のほうに向かって行った。

「はい。いってらっしゃい」

 実亜はソフィアを送り出して、また家に戻っていた。

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