武術大会
(24)
「武術を競う……大会ですか?」
静かな朝――朝食を食べながら、ソフィアが「もうすぐ武術大会がある」と切り出していた。
実亜はココアみたいな温かくて甘い飲み物を飲んで、訊いていた。
その名の通り、武術なんかを競うものだとは想像出来るが、そんな大変そうな――とは言っても実亜の居た世界でもスポーツなどの大会はあるし、最近ではゲームの腕を競う大会もあったなと思い出していた。
「そうだ。雪が積もっている間の街の娯楽だな。普段は魔物討伐なんかで忙しくて出来ない」
「ソフィアさんも出るんですか?」
余計な心配だけど、騎士という立場でそういう大会に出たらいけないのではないだろうか。
負けたら品位とか、何かそういう感じのものが傷付いたり――実亜の思う限りでは。
「いや、私は毎年審判なのだが――」
ソフィアは笑顔で、楽しそうに話している。
「だが――出るつもりですか」
この笑顔は、そのつもりだ――短い付き合いだけど、実亜はソフィアがわかってきた。
率直で、隠しごとをしない。実亜の持つ騎士というイメージそのまま真っ直ぐな人だ。
「ああ、賞品が毎年馬なんだ。ミアの国ではどうかわからないが、帝国では栄誉なことだ」
「馬……リューンが居るじゃないですか」
実亜の居たところでも、何処かの国では馬や牛を贈るのが最大のもてなしだったりするから、特別驚くことはないけれど、ソフィアにはあんなに可愛がっているリューンが居るのに、不思議な動機――リューンがヤキモチを焼かないだろうか。
「ミアの乗る馬にと思ったのだが」
ソフィアは此処で暮らすには馬が居るほうが何かと便利だと言う。
街の人も大半は馬に乗れるそうで、向こうの世界の自動車だとかそんな感じだろうか。
「わ、私、乗馬なんて難しくて出来ませんよ?」
実亜は慌てて頭を振る。
乗馬服は買ってもらったけれど、あれはたまにリューンに乗せてもらうための服のはずだ。
「大丈夫だ、リューンには乗れただろう? あの要領で良い」
確かに乗ってはいるけど、手綱を持っているのはソフィアだし、実亜は単に身体を預けているだけなのだから。
「でも、ソフィアさんが怪我をしたら」
「ふむ、私はこれでも帝国騎士団の中隊長――慢心はしないがそこそこには強いぞ?」
それに訓練用の武器だから怪我はまずない――ソフィアは得意気に笑っていた。
「でね? 『もうすぐ』が次の日だったとは思わないじゃないですか?」
翌日――ソフィアの言っていた武術大会の観客席で、実亜はアルナに少しだけ愚痴っていた。
あまりにも急すぎたので心配とかも吹き飛んで、結果として試合を見守っているのだけど。
「ソフィアさんらしい突然さですけど、ミアさんは驚きましたね」
大体いつもソフィアは説明が突然なのだと、アルナは笑っていた。
「怪我とかしたら……って思うと」
観客席から歓声が上がる。第一試合の選手――というのだろうか――の登場だ。
「ソフィアさんは大丈夫ですよ。今回はもう優勝は決まりだってみんな言ってます」
「でもティークさんも強いって、昨夜ソフィアさんが言ってましたよ?」
実亜は試合を見ながらアルナと話す。
試合は穏やかに――だけど盛り上がっている。
選手は防具――薄手の鎧を身に着けているし、使っている武器は木で出来ているみたいだ。
実亜の知る限りの競技だと剣道とかフェンシングなんかに近いので、大怪我もしなさそう――とりあえず実亜は安心していた。
「自警団の中ではまあまあですけど、流石に騎士様――特にソフィアさんが相手だと……」
ティークの先生だし――アルナは腕を組んで首を傾げていた。
審判らしき人が青い旗を上げた。勝負が付いたようだ。
「今のはどちらが勝ったんですか?」
「右側の槍の人です。青い鎧の人。だから青い旗」
わかりやすいアルナの解説だった。
しかし、鎧の色ごとに旗を用意しているのだろうか。そんなにカラフルなものでもないから、何色かあればなんとかなるのかもしれない。
つくづく、前の世界とちょっと似ていて、ちょっと違っていて不思議――実亜は思う。
「あの、剣と槍だと長いほうが有利じゃないですか?」
「そうでもないですよ、槍は剣で受けて滑らせて懐に入れるので。ここ何年も剣の人が優勝してますし」
アルナは指をクロスさせて「こうして――」と槍を剣で受けて滑らせる様子を表してくれる。
槍は長い分、近付かれたら弱いのだと。
「じゃあ、斧は?」
次の試合は斧を持っている選手が出てきた。木製だからそんなに重さは無いと思うけれど、屈強な人だからそれを持っているだけでも強そうだ。
「一撃の隙が大きいので隙を見て、長い剣で手元を狙うと勝ちます」
アルナは指を使って上手く解説してくれていた。
「……じゃあ剣が一番強いってことですか?」
それなら剣を使うソフィアが強い理由になるから安心だけど――
「でも、剣を折られたら負けちゃいます」
「折れるんですか?」
「訓練用の武器だとそんなには折れないですけど」
そんなには――ということはそこそこには折れるのではないだろうか。
実亜はまた少し不安になる。
「……ソフィアさんは何が来ても大丈夫ですよね?」
実亜は不安を自分の中で抑え込んで、アルナに訊いていた。
試合を見る限り、そんな大事にはならないだろうから実亜があまり不安がっていても、アルナも困るだろうし。
「ソフィアさんだと相手が何でも誰でも勝ちます」
実亜とアルナで話しているうちに、次の試合が終わっていた。斧を持った人の勝ちだ。
「そんなに強いんですか?」
「ソフィアさんが出るって聞いて棄権した人が何人か居たらしいですよ?」
さっきティークが言ってた――アルナは面白そうに笑っている。
「そんなに……」
じゃあ、とりあえずは安心みたいだ――実亜は安心していた。
次回「五人まとめてかかってこい」的な。




