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まだ生きている

今頃ですが異世界転生ものです。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

(0)

 入ってみて初めてわかるもの――ブラック企業。

 結城実亜(ゆうきみあ)は深夜のオフィスで一人、終わらない仕事に追われていた。

 先月の残業は百時間だった。今月も確実にそれに近くなる。充分過労死レベルだ。

 この頃は上手く眠れないし、そろそろ辞め時かもしれない――

 だけど、自分を必要としてくれる場所なんて、簡単に見付からない。

 思考も捗らないし、もう少し頑張ってみてから――実亜はそう考えていた。

「あ、プリント終わった」

 何とか出来上がった書類をプリントして、チェックが終われば今日は帰れる――

 実亜は自分のデスクから立ち上がって、プリンターへ向かう。


 一歩、一歩――歩く足取りが急に重くなった。

 歩いているのに何故か進まない。すぐそこにあるプリンターがとても遠くて、視界が霞む。

 そして――実亜はその場に倒れこむ。


 ああ、死ぬんだ――

「まだ、やりたいことあったのにな……」

 仕事も、恋愛も――あとは流行っているゲームとか――一度くらいはやってみたかった。

 ぼんやりと薄れていく意識の中で、実亜は怖いくらい冷静に考えていた。


(1)

 ゆらゆら――実亜の身体が揺れている。

 誰かに抱かれているような感覚――死ぬってこういうことなのだろうか。

 良い匂いがして、温かくて――実亜が目を開くと、とても綺麗な人の顔が間近にあった。

 整った顔立ちの人は睫毛が長くて、綺麗なサラサラの黒髪で、だけど、何処か西洋を思わせる美人だと言っても良いだろう。

 最近の死神はこういうサービスでもあるのだろうか――何処の企業も大変だ。

「――起きていると体力を消耗する。もう少し眠っておきなさい」

 死神はとても落ち着いた声で、実亜の頭をそっと撫でる。

 その間も身体はゆらゆらと揺れて、何かゆっくりした乗り物に乗っているような――

 これからきっと地獄に連れて行かれるんだ――出来たら天国が良かったな。

 実亜はそんなことを考えながら、また目を閉じていた。


 ふわふわ――さっきとは違う温かい何かに包まれている。

 揺れていた実亜の身体は、今度はふかふかのベッドみたいな場所に寝かされていた。

 何ヶ月ぶりにこんな柔らかい場所で落ち着いて休めたのだろう。

 実亜は身体にかかっているブランケットを顔まで引き上げて――

 って、ブランケットの感触が凄くリアルだ。自分は死んだはずなのに、感触が生々しい。

「――目が覚めたようだ。気分は?」

 実亜の顔を覗き込んでいるのは、さっき見た綺麗な死神――

 死神は手を実亜の額に当てて、体温を確かめている。

 その温かい手は、それだけで実亜の身体を温めてくれるような感覚――

 そこに、物凄く生きている感触があった。

「あの……私、死んだはず……ですよね」

 実亜は目の前の死神に尋ねていた。

「……ふむ。生きているか死んでいるかだと、あなたは生きていると思うが」

 死神は自分の顎に親指を当てて、考え込んでいる。

「え……でも、私、会社で倒れて……」

 そうだ、会社で倒れて死んだはず――実亜はあの感覚を思い出す。

 沢山あったやりたいことを考えながら倒れて――

「カイシャ――この近くにそのような名前の街も村もないが、そこからの旅人か?」

 死神は戸棚から何かの紙を取り出して、指先で辿っていた。地図のようだ。

 というか、さっきから気になっていたのだけど、この死神は不思議な服装をしている。

 物凄くシンプルな服装――コットン素材のヘンリーネックのシャツにおそらくカーゴパンツ。

 それだけならよくあるかもしれないが、腰に剣を下げている。不思議だ。

 そして、視界に入る場所には鎧があった。これも不思議だ。

「あの……失礼ですが、此処は一体何処なんですか?」

 どう考えても地獄ではない。ましてや天国でもない――ベッドは心地良いけど。

「ん? ルヴィック帝国領最北の地、リスフォールだが」

 実亜は、さも知っていて当然かのように聞き慣れない国の名前と地名を伝えられた。

「何処それ……」

 実亜の呟きに、死神――違うかもしれない――は「少し混乱しているようだ」と笑っている。

「そういえば名乗っていなかったな。私はソフィア・ウェル・クレリー。ルヴィック帝国騎士団第五分隊の中隊長をしている」

 付近の森を警戒中に倒れていたあなたを保護した――

 死神改めソフィアはそう言って綺麗な瞳で、寝ている実亜を覗き込んでいた。

「騎士……騎士?」

 そんな職業、現代では聞いたことがないけど。此処は一体何処なのだろう。

 実亜の謎がますます深まっていた。

「あなたの名は? 失礼でなければお聞かせ願いたい」

 ソフィアはベッドサイドに(ひざまづ)いて、視線をベッドの上の実亜に合わせてくれる。

 凄く綺麗な所作で見惚れそうなくらい、様になっていた。

「結城……実亜です」

「ユーキ・ミア、不思議だが素敵な響きの名だ――それではユーキ、何か食べ物を持って来る」

 ソフィアはそう言って優しく笑うと、部屋を出て行った。

「帝国……騎士……どういうこと……」

 わからない――自分は死んだはず。実亜はふかふかのベッドの中でまた目を閉じていた。

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