第4話 乙女と猟師(後編)
AM10:05 フレア・ロングコート
「あんた外から来たんだろう?一人で旅してるのか?」
「まあね」
食事を終えた後、アロウと名乗った男が興味深そうに尋ねてくる。
アロウは「へえ凄いんだなぁ」と感心している。
こんな田舎じゃ外から来る旅人は珍しいんだろう。
「どこから来たんだ?」
「ブルーウォーターよ」
私が答えるとアロウはまた感心している。
随分嬉しそうね。
まあ、こんな美人と向かい合って会話してるんだから当然か。
それにしても無邪気な顔ね。
年は私より1つか2つ下ってところかしら。
喧嘩っ早そうな雰囲気だけど、悪い子ではなさそうね。
結局、無防備な私を性欲に任せて襲ったりもしなかったみたいだし。
少しは警戒心を緩めてもいいでしょう。
「あっ、そう言えばあんた名前は?」
「えっ!」
いきなり名前を尋ねられてドキっとする。
ど、どうしよう。そういえば名前考えてなかった。
「・・・・どうしたんだ?」
「え、いや、えっと・・・・」
返答に詰まっている私を見てアロウが不審げに首をひねる。
と、取りあえず適当に名乗らないと。
「な、なまえね?え、ええと、・・・・ふ、フレアよ。フレア・・・ロングコート・・・・」
「・・・・ふ~ん、フレアか」
アロウの反応に一瞬、間があった。
明らかに怪しんでる。
まずい、なにか話題を変えないと。
「ね、ねえ、あなたここに1人で住んでるの?家族は?」
私が尋ねるとアロウが表情を曇らせる。
もしかして聞いちゃいけない事だったかしら?
「両親は死んだよ、それに・・・・兄貴も・・・・」
「そ、そうだったの?ごめんなさい」
アロウはいや、と言って俯いている。
どうやら地雷だったようだ。
何だか気まずくなっちゃったわね。
ど、どうしよう・・・・
「それよりさ。あんた、ここへは何しに来たんだ?」
私が困っているとアロウが尋ねてきた。
「別にここに用があった訳じゃないのよ。ただ流れ着いちゃっただけ。準備が済んだらすぐに出て行くわ」
いつ追っ手が来るか分からないしね。
「どこに行こうとしてるんだ?」
アロウはさらに問いかけてくる。
心なしか、なんだか前のめりになってるような・・・・。
けど行き先かあ。そりゃあ・・・・
私は母さんとアルの顔を思い出す。
「セントラルよ」
答えた瞬間アロウの目が大きく見開く。
「セントラル!あのセントラルオークか!」
いいよなあセントラルオークと呟いて惚けている。
田舎者くさい反応ね。
でもまあセントラルオークはこのユーリエッセ大陸の、いや、この世界で一番大きな都だもんね。
こんな田舎に住んでる子が憧れるのは当然と言えば当然か。
アロウは惚けて天井を眺めていたが、やがてよしっ、となにかを決心したように1人で頷く。
な、なんなのよ?
何、1人で決意かためてるの?
何か目がギラギラしてるし・・・・はっ!
ま、まさか私の美しさに興奮してきたんじゃ!?
私が身の危険を感じていると、急にアロウが媚びる様な目になる。
「な、なあ、一応俺はあんたの”恩人”って事になるんだよな?」
私に確認するように聞いてくる。
な、なんか急に恩着せがましくなった!
「ご、ごめんなさい。実はお金はないのよ。財布落としちゃったの・・・・」
私は少し身を引きながら答える。
すると、
「い、いや金が欲しいわけじゃないんだ!」
金じゃないっ!?やっぱり、こいつ!
「金じゃないって!それじゃあ私の体を!?」
私は胸を押さえながら目の前のケダモノを睨みつける!
ケダモノが顔を真っ赤にして慌てだす。
「ち、ちげぇって!何言ってんだよ!そんなわけないだろっ!」
体じゃない?
「じゃあ!何が望みなのよ!」
私が聞くと、アロウは落ち着きを取り戻すようにゴホンと咳払いをする。
そして息を呑み、意を決したように頭を下げる。
「頼む!俺をあんたの旅に連れてってくれ!」
「・・・・とまあ、そういう訳で俺はなんとしてもこの農園から抜け出したいんだ」
「なるほどねぇ」
このオールドファームの環境を一通り聞いた私は納得して頷く。
やっぱりろくでもないところ見たいね、ここは。
まあさっきのチンピラたちを見る限り、確かにここでの暮らしは苦労しそうだ。
そもそもこの地方は、ここみたいなグリーンガーデンが仕切ってる農園ばかりらしいし。
・・・・だけど、これは渡りに船なんじゃない?
ちょうど、か弱い私を魔物から守ってくれる仲間が欲しかった所だし。
「あなた魔法の属性とランクは?」
私は目を輝かせながら尋ねる。
やっぱり魔物と戦うなら”光魔法”と”境界魔法”よね。
光魔法は回復ができるし、なんと言っても魔物に有効な攻撃魔法が使える。
それに境界魔法の結界があれば魔物の攻撃が防げるわ。
できれば両方持ってるといいな~。
ランクは最低でもCは欲しいかなぁ。
私が期待のこもった眼差しを向けると、アロウはばつが悪そうに目を逸らす。
そして、
「・・・・えっと、空魔法のEだ」
「クソして寝てな」
「! ま、まってくれ!」
私はにべもなく返す。
アロウが別れ話を切り出された男のように、みっともなく縋ってくるが知ったことか。
あぁ~ん?空のEだぁ~?
なめてんのかこのクソガキ!
空魔法なんてお前、戦闘じゃ何の役にも立たないじゃない!
しかもEランクって!
それじゃあ、初級魔法しか習得できないじゃない!
私を守るどころか只のお荷物よ!
はあ・・・・。
まあ、でもそうよね。
普通に考えてみれば、Cランク以上だったらここでこんな生活してないか。
私ががっかりして深くため息をつくと、アロウがくっと悔しそう下を向く。
・・・・まあ、魔法で判断されたくない気持ちは私にも痛いほどよく分かる。
けど、こっちも人生が懸かってるんだもの。
同情していられないわ。
「し、食料調達なら得意だ!何たって猟師だからな。それに魔物が接近してきたら直ぐに探知できるぞ!」
アロウは私に見捨てられないよう、必死に自己アピールするけど、
・・・・う~ん、弱いわね。
私が微妙な反応を見せると
「そ、それに弓の腕だけなら、俺はこのオールドファームで一番だぜ!」
アロウが自信あり気な口調で言うが、よく見るとその目は泳いでいる。
「・・・・ほんとに?」
私がじっと見つめながら確認するとアロウはうっと詰まる。
「・・・・あ、いや、まあ一番ってのは言いすぎたかもしれないけど。その、やる気だけはあるって言うか。あ、でも、初級魔法しか使えないっていう、ハンディ抱えてるから・・・・その分差し引くと、プラマイゼロ、かな。・・・・いや、むしろカスかも」
私が追求すると俯きながら小さい声でそう返す。
最期のほうは蚊が遠くで鳴いたような呟きだし。
この子一見気が強そうに見えるけど、なんだか頼りないわね。
多分、将来嫁さんの尻に敷かれるタイプよ。きっと。
ともあれ・・・・
「悪いけど、連れて行けないわ」
「な、なんでだよ!」
「危険だからよ。魔物がどんな恐ろしい存在かあなたにも分かるでしょ?私だって自分の身を守るので精一杯なのに、あなたを庇いながら旅をすることなんて出来ないわ。悪いけど足手まといよ」
私はビシッと冷たく言い放つ。
アロウは悔しそうに唇を噛んで俯いている。
助けてもらった恩もあるし、こんな言い方するのは気が引けるけどこればかりは仕方ない。
それに恩人だからこそ連れて行けないわ。
この子の力じゃ間違いなく魔物に殺される。
私には闇魔法があったから何とか逃げる事が出来たけど、この子にはそれもない。
ここでの境遇は同情するけど、それでもこの子は外の世界よりここにいた方が安全だわ。
どうやら私がここにいたんじゃ、この子に良くないようね。
そうと分かれば長居は無用だわ。
私は椅子から立ち上がる。
「助けてもらった上にごはんまでご馳走させてもらって本当に感謝してる。でもあなたを連れて行くことはできないわ。何のお返しも出来ずごめんなさい。私もう行くから。それじゃ」
一息に言い切って家を出ようとする。
するとアロウが下を向いたまま「待ってくれ!」と叫ぶ。
「・・・・なあ、あんたさっき財布落として、金がないって言ってただろ?」
「・・・・そうだけど」
嫌なことを思い出させる。
できれば薬とか買っときたかったんだけどなぁ。
そんな私の心情を見透かしたのか、アロウが切り札を出すように言い放った。
「俺、金なら結構持ってんだ!」
「1万G?」
私が確認すると、アロウは頷く。
どうやらアロウはここの連中にこき使われながら、こつこつお金を貯めてたらしい。
「俺、将来オールモストヘブンに行って商人になりたいんだよ」
「どうして商人に?」
「ほら、俺って魔法の素質がないだろ。だけど商人だったらそんなものは関係ない。こんな俺でも成り上がることが出来るんだ。そうしたらラビットだって、こんなところから救い出してやることが出来る」
ラビット?
「ラビットってあなたの幼馴染の?」
確か私を手当てしてくれたんだっけ?
・・・・そして”乙女の嗜み”を使って私を辱めた陰湿な女ね!
思い出して腹が立ってきたわ!
「ああ。あいつとはこの農園で兄妹のように一緒に育ってきたからな。こんな所からは救い出して楽させてやりたいんだよ」
この坊やはそんな陰湿女のために金をためてたわけね。
ふん!
こんな坊やを垂らしこんで、自分は楽して今の生活から抜け出そうって魂胆ね!
嫌な女!
「あんたセントラルオークに行きたいんだろ?それならオールモストヘブンを通るルートが一番近いはずだ」
確かに元々オールモストヘブン行きの馬車に密航してたけど。
「それで、この金でオールモストヘブンまで連れて行ってくれって言いたいのね?」
「・・・・ああ、そうなんだけど・・・・」
確認するとアロウは迷っている様に俯く。
何か言いたげだ。
「何?」
「いや、できればでいいんだけど、オールモストヘブンに行く途中にある”カントリータウン”って町に寄って欲しいんだ」
「? そのカントリータウンってとこに何か用があるの?」
「ああ。兄貴のことで、ハッキリさせておきたいことがあるんだ」
兄貴?
そう言えばさっき、家族のこと聞いたときに兄貴って言ってたっけ?
「何よ?ハッキリさせときたいことって?」
「それは・・・・・」
アロウが答えようとしたその時、玄関の扉が開いた。
「アロウ、いる~?」
言いながら一人の村娘が家に入ってきた。
私はその村娘の胸を見て驚愕する。
で、でかい!
おそらく”J”はあるわね。
私が急に現れた村娘(の胸)に戸惑っているとアロウが、
「紹介するよ。幼馴染のラビットだ、でこっちが旅人のフレア」
ラビットという娘が私を上目遣いで見ながら「どうも」と頭を下げる。
よそ者に対する警戒心なのかその表情は硬い。
・・・・ていうか、この子があのラビットね!
じっくり観察してみるとなるほど、確かに活発そうなかわいらしい顔立ちをしているわね。
あの巨乳といい、アロウが惚れこんでいる訳だ。
だけど、私はあんたの性根が腐っていることはお見通しよ!
きっと私の胸を見て、鼻で笑いながら手当てしたんでしょうね!
ふんっ!憎たらしい女!
「な、なんですか」
私の敵意のこもった目を向けられた陰湿女が怯む。
「・・・・別に・・・・」
当然、私は冷たく返答する。
陰湿女がアロウに対しなんなの?という顔をする。
アロウは不思議そうにさあ?とクビをひねる。
「それより、何か用があったんじゃないのか?」
アロウが尋ねると陰湿女は「あ、そうだった」と言って告げる。
「実は村に珍しい連中が来てるのよ」
珍しい・・・連中?
わざわざこんなクソ田舎に・・・・集団で?
一体だれが・・・・・はっ!!!
私には思い当たるフシがあった。
や、やばい!!
あいつらが来たんだ!!
私を追って来たのね!
いずれ来るとは思っていたけど!
と、とにかく急いで逃げないと!
私は大急ぎで仕度を始める。
え、え~と、護身用の短剣と、あとは、て、これしかなかったんだ!
これだけでどうやって魔物と戦えってのよ!
バッグの中も空だ!
せ、せめて食べ物を!
「な、何してんだよフレア!?」
私は家の主が目の前に居るにも関わらず、キッチンを漁ってバッグに食べ物を放り込む。
アロウはそんな、あからさまに取り乱している私の行動に唖然としている。
「ち、ちょっと!なんなのこの女!?やめなさいよっ!」
ラビットに至っては、まるで泥棒と対峙したかのように私を非難してくる。
だけど気にしている場合じゃない!
あいつらに捕まったら私は・・・・
バッグ一杯に食料を詰め込んで出発しようとする。
「お、おい!どこ行くんだよ!?お前おかしいぞ!」
家から出て行こうとする私の腕をアロウが掴んで引き止める。
「離して!私は行かなきゃならないの!お礼だったら・・・・ああ!もう、この際よ!お尻くらいなら触らせてあげるから、それで勘弁して!」
「いっ、いらねえよ!!とにかく落ち着けって!」
アロウは顔を真っ赤に染めながら私の腕を掴んで行かせまいとする。
そして私を落ち着かせようとしながら、ラビットに向き直る。
「そ、それで、ラビット!一体、誰が来たんだよ?」
「えっ・・・・あ、うん。フード被ってる怪しい連中なんだけど、あれきっと”難民保護ギルド”よ。それも大人数で。なんだか物騒よ」
いつでも私を殴れるよう、フライパンを構えて戦闘態勢に入っていたラビットがアロウに答える。
「スケルトンケアぁ?」
私の腕を掴んでいるアロウが、スケルトンケアと聞いて不快そうに眉をひそめる。
えっ?スケルトンケア?
スケルトンケアと聞いて私はホッとして力を抜く。
そしてそのまま扉の前でペタンと腰を下ろして安心する。
な、何だ、スケルトンケアかぁ。
ビックリさせないでよ。
あいつらじゃなかったのね。
あ~、よかったぁ~♪
・・・・けど、何でスケルトンケアがここに?