日本一の、その桃太郎
『桃太郎』
むか~し、むかし
あるところに、
お爺さんとお婆さんが、
鬼ヶ島へ行きました。
朝早くからの、山への柴刈りから帰ったお爺さんは、薪束を納屋に収めながらお婆さんに言いました。
「お婆さんや、都に鬼が出よったらしいからの、一寸いってくるぞい」
お婆さんは、川で洗った洗濯ものをたたみながら、お爺さんにこう言い返した。
「あらあら大変、一寸待ってくださいなお爺さんや、家の戸締りぐらいさして下さいな。
持ってくもんもありますし」
「ついて来る気かの、婆さんや」
「はい、どこまでも、お爺さんと一緒です」
「ふん、勝手にせい」
そして、お爺さんとお婆さんは山を下り、里に降り
「えーい、山犬や山雉や山猿ども、行く手を阻まるでないわ!
お婆さんのキビ団子は、ひとつとて、やらん!」
「まあまあ、爺様や、今日も、この子んらと遊んでやって下せいな」
里を通り、都に向かい
「あっ爺さま婆さま、お元気で。
…で、何処にお出かけで?」
「一寸、都行きじゃ」
里に出会った里人と、お爺さんと、お婆さんと、そして犬猿雉が百八匹。
「…で、この御家来陣は何なんでしょう?」
「知らん、勝手についてきおった」
「騒がして、ごめんなさいね、これからお爺さんと都に行くさかいに」
「それは難儀ですね、では、お気をつけて」
「でぇーい、犬雉猿共、里に入るな、山に帰れ、喰っちまわれちまうぞ!」
「いや、爺さま、食べませんて」
都を通り抜け、海へ目指し
「おや、お爺さまお婆さま、お久しぶりです。
いや~、やっぱ、鬼だけあって強かったですね。
コテンパンにやられちゃいましたよ」
都を衛る兵達が、鬼達との戦いを報告しました。
「ふん、負けたろうに嬉しそうにするでないわい。
…じゃが、よう頑張ったのう」
「あらあら、みなさん無事ですの?」
「なんとか、鬼達を追い帰せましたよ。
でも、衛兵一同、満場一致の満身創痍ですよ、痛ててて。
それで、お爺さまお婆さま、これからどちらに?」
「一寸、鬼へ会いにの」
「鬼ヶ島ですか、お気をつけて下さいよ」
「おう!」
「あらあら、また今度、
そのときは、お爺さんと、ゆっくりとしていきますからね」
海を渡り、
どんぶらこ~、どんぶらこ、
と、鬼のいる島へとひた進む。
そうして、
鬼ヶ島へたどり着いた、お爺さんとお婆さん。
鬼が棲むという鬼ヶ島。
鬼の財宝に溢れた鬼ヶ島。
鬼の咆哮に包まれた鬼ヶ島。
『爺さんと婆さんが来た』
と、騒ぎ立てる鬼どもがいる鬼ヶ島。
鬼どもは言った。
『桃太郎よ、…久しぶりだなぁ』
「おうよ!
鬼どももな!」
鬼どもは更に言った。
『桃太郎よ、久しぶりだな桃太郎よ、老いさらばえたな桃太郎よ』
「うるさいわい!
何しに、都にまで、やって来た鬼どもよ。
また退治してくれようか!
…。
うむ。
これ、袖を引くでない、お婆さんや。
キビ団子を置いて、ちと下がっておれな」
「はいはい」
『…。
桃太郎よ、鬼を退治した桃太郎よ、鬼より強い桃太郎よ。
鬼より怖い桃太郎よ。
都の兵ども震えさせた我ら鬼どもを、その鬼どもをも恐れさせる桃太郎よ。
お前は、鬼より怖がれれたのではないのか? 恐れられたのではないのか?』
「都もんのこと何ぞ知らんわい!
…
じゃが、
持って帰った鬼どもの宝は、元の主に返してやったぞ。
余ったもんは、お前ら鬼どもが悪さしたぶんに使ってやった。
都の兵どもは軟弱だったっからの、儂が鍛え直してやったわ。
…まあ、兵どもには鬼より恐れられたがの。
じゃが、今は鬼どもを追い帰すツワモノどもじゃ
どうじゃ、都の兵は強かったじゃろう」
『桃太郎よ、三匹の家来を連れて来た桃太郎よ、
犬と猿と雉だけ共に来た桃太郎よ。
誰も連れずに、獣とのみ来た桃太郎よ。
知恵なき獣ども、すら従わせえる桃太郎よ。
お前は、不気味な子と周りから言われたのではないのか?
その獣との異能は、気味の悪い子とされたのではないのか?』
「田舎もんなんで、そんなもん気にもせんかったわい!
…みんな呑気なもんじゃわい、ほんとにの。
…。
前の、出立のときもじゃなあ。
一人で行かせてものかと、
爺様も婆様も、
このお婆さんも
近所のガキどもも、
一緒に着いて来ると、
わめき泣きおったでな。
あの犬猿雉を家来にして、
『女子どもと爺様の出る幕じゃないないわい』
『この家来に勝てたのなら連れてってやろう』
『この里と山の守りは、おまえらに任せたぞ』
と、置いてきた。
…
じゃが、
『次に行くときは、どこまでも一緒です』
と、お婆さん達に約束させられたからのう…。
今回は、お婆さんを鬼ヶ島まで連れてきてしもうたわい。
このお婆さんはな、婆様ゆずりのキビ団子作りの名人じゃ。
日本一のキビ団子を食わせてくれる、日本一の嫁じゃ。
どうじゃ、日本一のキビ団子は美味かろう」
『…
……
………
桃太郎よ、桃から生まれた桃太郎よ。
桃からだけ生まれてきた桃太郎よ。
人から生まれなかった桃太郎よ。
父も母すらなく、
血縁など誰もいなかった桃太郎よ。
お前は、孤独ではないのか?
寂しくはなかったのか?』
「爺様も婆様もな、川から拾って食おうとした桃からでも、儂を愛し育ててくれたんじゃ。
爺様はな、毎日山へ柴刈りに行ってたんじゃぞ、儂が寒くないよう薪を取りに毎日な、
鬼も山より大きくなかろうに、厳しくはなかろうに、荒々しくもなからろうに。
毎日毎日、山へ行って、ただの荒山を、豊かな里山に変えていったんじゃぞ、
婆様はな、日本一の美味いキビ団子を食わせたくれたんじゃぞ、
毎日毎日、川へ行って、きれいなベベ着せてくれたんじゃぞ、
最後の最後まで、我が子として愛してくれたんじゃぞ、
血は繋がらなくても、ちゃんと譲り受けとるわい。
鬼退治より、よっぽど大変じゃたろうに…。
儂にはな…、
儂には、爺様婆様がおった。
傍には、お婆さんがおる。
山には、家来共がおる
里には、子達がおる。
都には、孫もおる。
儂はなぁ、
…。
日本一の幸せな、お爺さんじゃ」
『…
桃太郎よ、鬼討伐の桃太郎よ、我ら鬼どもの敵、桃太郎よ。
都を襲った鬼どもを一匹も殺さなかった桃太郎よ。
財宝を奪った鬼どもを許してくれた桃太郎よ。
お前は何故我ら鬼どもを討たなかった』
「なぁんで、たかが桃から生まれたぐらいで、お前ら鬼どもを一々討伐しな、あかんのじゃい!
そんなもんはなぁ、乱暴な鬼どもも、軟弱な都もんも、同じく気に入らんからだけじゃ!
それになぁ、
鬼どもはなぁ、
儂らん山や里には何一つ、
何の迷惑かけとらんかったじゃろうに。
あれはなあ、只のごっこ遊びじゃ。
お前ら鬼ヶ島の鬼どもと、儂と犬猿雉達と、どっちが強いか決める合戦ごっこ。
儂と、その家来の犬猿雉と、鬼どもが都より奪ったお宝を懸けた鬼ごっこ。
鬼ヶ島へ隠れ棲んだお前ら鬼どもと、儂らとの真っ向勝負の鬼合戦じゃ。
遊びがすんだなら、もう儂らは友達じゃよ。
儂の幼き頃に、遊びて強き友、鬼どもよ。
今再び、鬼と対峙しに来てやったぞ」
『…
……
桃太郎よ、日本一の桃太郎よ、
日本で一人だけの桃太郎よ。
決して人ではない桃太郎よ。
桃から生まれ、我ら鬼より強い、
我らの居場所、鬼ヶ島へ来れうる、
日本に唯一人だけのもの、桃太郎よ。
人外の強者として、
我ら鬼と共に来ぬか?
我ら鬼の仲間にならぬか?
この人外の島、鬼の宝の島、
この鬼ヶ島に、住まわぬのか?
お前は鬼の財宝より、なお惜しい、
このまま老いて死なせるのが惜しい。
我ら鬼の仲間となれば、鬼の秘宝により、
我ら鬼どもを退治した時の桃太郎に戻れるぞ
桃太郎よ』
「ありがとよ、
鬼どもよ、
じゃが、
桃から生まれた儂じゃがな、
儂を愛してくれるもんがおる。
柴刈して育てにゃあかん山もある。
薪届けて温めにゃあかん里もある。
美味いキビ団子を食わせてくれる、
このお婆さんが傍にいてくれおる。
儂は、儂のまま、お爺さんとして、
笑って、泣いて、死んじゃるわい」
『…
……
………
桃太郎よ、
鬼対峙に来た桃太郎よ、
鬼ヶ島へ来られた桃太郎よ。
鬼ヶ島へ来てくれた桃太郎よ。
我ら鬼どもの客人たる桃太郎よ。
この島から去る我ら鬼どもの、
日本から去る我ら鬼どもの、
ただ一人の友、桃太郎よ。
あの鬼退治は楽しかったぞ。
このキビ団子は美味かったぞ。
さらばだ、桃太郎よ…、
いや、お爺さんよ、
…さらばだ…
………
……
…』
そして、
…、
静けさに包まれる鬼ヶ島、
もう、鬼がいない鬼ヶ島。
「…。
なんじゃい。
鬼どもの別れの挨拶じゃったか…。
…。
いや、律儀な鬼どもじゃったな。
…。
うん。
そいじゃ、
お婆さんや、
山へ帰ろうかの」
「はい、お爺さん」
そして、鬼ヶ島から帰ったお爺さんとお婆さんは、
………
……
…
お爺さんは、山へ柴刈りに、
お婆さんは、川へ洗濯に行きました。
(おしまい)