迂遠な言い回しは誤解を生むのでなるべく直球で
何も知らない状況の彩斗達は先ず最初に蓮司と奈々からの話を聞く。
空我のスペックや蓮司と奈々目線での評価、そしてずっと此方を見ていたという弦仁郎の誘いに乗って二人は一つの提案を与えられた。
ヴェルサスに安住の地は無い。今後の活動を見据えるなら、何処かの組織と手を結んで一大活動拠点を作るべきである。
その組織は自分が会長を務める会社であると弦仁郎は胸を張って宣言し、その内容についつい彩斗は溜息を吐きたくなる。
選択肢の総取りは古来より破滅を呼んだ。
二兎を追う者は一兎をも得ずと言うように、どちらかを諦めなければならない状況でどちらも追い求めてしまえば最終的に何も得られずに終わる。
それは社会的抹殺かもしれないし、純粋に自身の死かもしれない。目の前の老人は何やら自信満々ではあるが、その提案に彼は何のメリットも感じてはいなかった。
そして、澪は純粋に老人の裏の思惑に殺意を抱く。
ヴェルサスを真に秘密の組織とし、表面上は空我で解決する。どうしようもなくなればヴェルサスを出動させ、自社の損益を限りなく零に収めたいのだ。
この老人が全てを始めた訳でもないのに、家族の誰にも相談していないだろうに、独断専行で動いている。
勝手に動くこと自体は何の感情も抱かせないが、利用しようとする腹積もりが容易に見抜けてしまう時点で手を結ぶにはとても足りない。
――そして、そんな程度の相手に万が一を想像する蓮司にも仄かな怒りを感じさせていた。
『――迂遠な言い回しは止めておこう。 誤解無く、言うべきことだけを言うぞ』
「構いませんとも」
『そちらの提案に乗るつもりはない。 自分から奴隷になろうとする人間が居ると思ったのか?』
「奴隷などと……。 これはどちらにとっても得ではありませんか」
『日本での活動は現状何の問題も無い。 各支部からも問題無しの連絡は此方にも入っている。 お前如きの力が無くとも、世間のあらゆる目から我々を隠すことなど容易だ』
「…………」
『生き汚い性根で擦り寄るな。 今ある手札だけで勝負をしておけ』
あんまりにもあんまりな言い方であるが、これは澪と彩斗の意見が融合した結果だ。
口からは彩斗が発しても、単語単語に澪自身の憎悪が宿っている。必要以上に辛辣となるのも、自分の所有物に触れてほしくない現れだ。
目を丸くする老人に最早興味も無いと、彩斗は蓮司と奈々を見やる。身体から発する仄かな怒気に、全身に鳥肌が浮き出た。
『お前達はこんな小物の言葉で不安を覚えたのか。 ……我々が見せた技術の一端を見て、それでも不安を感じたと?』
「すいません!」
「もう二度と不安になりません!!」
二人は即座に土下座の体勢に移行した。
考えてみればそうだ。透明化が行えて、更に自由に彼等は素材を変換することが出来る。外部を頼らずに全てを調達出来るのであれば、隠れ拠点を作ることなど然程難しくはない。
やろうと思えば宇宙空間でも拠点を作れるだろう。そんな彼等を前に、そもそも拠点について不安に思うなど失礼甚だしい。
侮辱とも取られかねない流れに、今更ながら二人は身体を震わせた。
『……次は無いぞ。 お前達は自分と家族のことだけを考えていれば良い。 それ以外の懸念など我々が全て処理する』
「はい……」
『知識も、技術も、そもそもの力すら足りてないのだ。 そんな奴が我々を不安に感じるなど、メンバーによってはその場で殺されているぞ』
「殺される……って」
『法律は当てにしない方が良いな。 人によってはその程度簡単に許容する。 常識的思考は早々に捨てた方が身の為だ』
蓮司のまさかといった言葉に、しかし今度はフローが言葉を挟む。
圧倒的な強者だからこそ、既存の法律を無視する傾向が超能力者達にはある。勿論強さだけが理由ではないが、軍であろうと止められない力を持っているからこそ自由に振るいたいと考える者は居るのだ。
そんな人にとって、今の蓮司の言葉は格好の餌だ。今後の不安因子として殺しにくるだろう。
その場で良識的な人間が居れば止めてくれるが、そうでないなら自分で退ける必要がある。だが、蓮司にも奈々にもそんな力は無い。
『これで一つは用件が済んだな。 次はお前だ、最上・百合』
項垂れる二人を他所にフローは百合の名を呼ぶ。
衝撃的な言葉ばかりの内容に唖然としていた彼女であるが、呼ばれたことで身体を一瞬跳ねさせながら立ち上がった。
ちなみに弦仁郎は既に放心状態だ。散々な形で否定され、暫くは頭に残り続けるだろう。
はっきりとした物言いはこの時間を快くは思っていない証拠だ。静かな怒気を発する二人を前に、百合は恐怖しながらも何とか口を動かす。
「ど、どうして私を知っているんですか……?」
問いの内容は、彼女の役職を考えれば馬鹿馬鹿しいものだ。
何故自分を知っているのか。それは一般人が言えば当然の疑問となるが、百合に限って言えば知る方法など無数に存在する。
今や時の人となった彼女は、別にヴェルサスの存在が無くとも有名人であった。SNSでもよく話題にされ、ドラマや芸能ニュースでも彼女の存在は知覚出来る。
無駄な質問も同然。それでも彼女が問いを投げたのは、やはりヴェルサスが特殊性の高い組織だと思ってのことだ。
世界中で活動するのなら、暇という暇は恐らくない。特に今年は露出した日である為、人々から隠れる努力も普段以上にしている筈だ。
そんな状況でテレビを見ることなど出来ないだろうし、そもそも彼等が一般人と同じ様な生活をしているとも彼女は考えられなかったのである。
しかし、彼等は紛れもなく人間だ。腹は空くし、喉は渇く。働き続ければ疲れるし、時には休養せねば倒れてしまう。
『お前は我々をアマゾンに生きる先住民族だとでも思っているのか。 ……特別に有名な人間が居れば嫌でも目に入る。 特に最近はSNSを見ることも増えているからお前を知ることは多い』
「そ、そうですか。 そうですよね、ドラマも最近は放送されてますし」
『俺は興味が無いがな』
「……それは別に言わなくても良いじゃないですか」
一喜一憂する姿を視界に収め、もう終わりかと視線で投げ掛ける。
彼女も知りたいことは知れた。故にもう疑問を抱くことはない。――だが、こんな時こそ良からぬ思い付きが突如として湧くものである。
特に彼女の事を快く思っていない澪であればこそ、その思い付きが浮かんだ際の行動速度も尋常ではない。
以前までは肉体が無いからこそ罵倒する程度で留まっていたが、今は肉体があってやろうと思えば蓮司の意思を無視することも出来る。
『気にするなよ、俳優。 私達も特にお前について興味は無いし、干渉する気もさらさらない。 馬鹿な想像をする必要が無いのだからこれでお前も安心するだろう?』
「何を言ってるんですか?」
『なんだ、自分では自覚していないのか。 ――お前、自分がレッドに好かれているんじゃないかと考えていたんだろう?』
「――なッ」
突発的な言葉に深い意味は無い。彩斗は澪の思考を読んで何をしているのかと呆れるが、呆れるだけで直接口には出さなかった。
それは一重に、澪の口から出て来た言葉があながち間違いではないと思ってしまったからだ。
最上・百合は愛されて生きてきた。家族に、学友に、それこそ芸能人の中でも彼女に熱を上げる人間は多いだろう。
未だ想い人も居ない中、彼女を奉る信奉者ばかりなのだ。彼女にとってはそれが当然で、ならばレッドが彼女の名前を呟いたことで一株の可能性を胸に抱くことは然程不思議ではないかもしれない。
それが無意識であっても、彼女自身が忌避していることであっても。
根付いた木は既に成長している。その根を排除することは今更彼女には出来ない。
『特別な人間でも自分の魅力に惹かれる。 その事実を知って愉悦に浸りたいのかと思ったが、存外感性はまともなようだな。 良かったよ、お前を処分する手間が省ける』
「処分って……」
『レッドを愛する資格は誰にもない。 私を除いて』
彩斗が誰かを愛しても澪は構わない。
彩斗が誰かを最優先に考えても澪は構わない。
これもまた遊びの範疇。澪の心は凪の如くに静かで、彩斗もそれは解っている。
いや、傍に居るのが自然なのだ。もし澪が愛を語るのなら、それは彩斗の傍で永遠に笑い続けることである。




